が、しかし世界はそんなに甘くはなかったようだ。

他に何か変わったことはないかとあたりを観察してみて、気付いた。この場所を知っている。無機質な天井、青色が基調となっている大型の音機関。その向こうに見える高い天井に石畳の冷たい部屋。かなり廃れていて、もはや誰もここを使っていないことが窺える。

「……コーラル城?」

旅の記憶を手繰り寄せてみる。一度だけ立ちよったことがある、この場所。となれば自分が今寝かされていた場所は、フォミクリーということになる。


え、なんで。


なんて考える間もなく、バタバタといくつかの足音が聞こえて来た。その足音は硬いものではなく、普通の靴の音だったからキムラスカ軍や白光騎士団ではないことが分かって、ますます嫌な予感がした。

バタン!と大きな音を立てて開かれたその扉に顔を向けると、見覚えのある顔が見えた。その人は血相を変えて俺の方へ走ってくる。あまりの出来事に逃げることも忘れ、その場に茫然と座り込んだままだ。

「どういうことですか、何故生まれたてのレプリカが起き上って…」

血相を変えて走って来た人、白い髪に派手な衣装…ではなくて普通の白衣を着ていた。何度かあの戦いで戦ったことのある、ディストだ。ディストは俺のことをまじまじと見て、何やら観察しているようだった。非常に居心地が悪い。

なんて思いながら、ふと思い立つことがあって眉間に自然と皺が寄ったのが分かった。


……うん?今、ディストは何て言った?
生まれたてのレプリカ?


「被験者がいないぞ!?」
「どこへ行った!」

研究者と思わしき白衣を着ている人たちが、慌ただしくフォミクリーの周りを調べている。そこでようやく俺と一緒に居た、もう一人の存在がいないことに気付いたんだろう。探せ探せ、と声を上げて研究者たちが散っていく。薬をあれだけ盛ったのに動けるはずがない、という小さな呟きだけが耳に入ってきて思わず舌打ちを零した。

「…貴方が被験者をどこかへやったのですか?」

俺の舌打ちが聞こえていたんだろう。ディストが怪訝そうに、それでもどこか興奮したように俺に問いかけてきた。今更どうしてディストがアッシュのことを被験者と呼ぶのかが気になったが、まぁいいや。

その質問には答えずに、フォミクリーの上に座っていた俺はそこから下りる。ぴょんっと地面に向かってジャンプをすると、ディストが慌てたように俺に駆け寄ってきたが、その手を借りることなく地面に着地して立ち上がる。何故か、ディストが驚いた目で俺のことを再び見て来て……


そこでようやく、俺の視線が異常に低いことに気がついた。確かに身長自体、そこまで高くはなかったが、ディストを見上げるほど小さくはなかったはずで…、


「レプリカはどうした」

声を出そうと口を開けた瞬間に、耳障りな声が聞こえてきた。ディストが無表情で道を開ける。そのおかげで、ディストの後ろから声をかけてきた人物に気付いた。


なんでお前がいるんだ、ヴァンデスデルカ。エルドラントでボッコボコにしてやったばかりだというのに、何でお前が存在してるんだ。

「…ふむ、多少色素が薄いがまぁ問題ないだろう。使えるのか?」
「数値は安定していますし、問題はないですよ。ですが…」

ヴァンが確認するかのように俺の髪に触れてきた。確かに被験者に比べたら、赤の色は少し抜け落ちていて朱色に近い色になっている。毛先に向かうほど毛色は金へと変わっている。ディストが話しづらそうに言葉を切った、その瞬間。

「うざいきもい触るな離れろ」

俺にしてはあり得ないほど冷たい言葉を零した俺にヴァンが目を見開いた。その瞬間を狙って、鳩尾に最大にまで鍛え抜いた吹き飛ばし効果Maxの烈破掌をお見舞いしてやった。その結果、「ぐふぅ!」と間抜けな声を発して壁際まで吹き飛び、目を回す主席総長。弱すぎるだろ。

「……ありえません」

ディストが驚いた顔で俺のことを見ている。ちらっと完全にヴァンが伸びているのを確認して、ディストに向かって俺の中で最上級の笑顔を浮かべてやった。

「どうも、ルーク・フォン・ファブレのレプリカです。被験者なら超振動でバチカル(とか多分あの辺)に飛ばしたので残念ながらもうレプリカ情報を抜き取ることは出来ません。さぁ貴方に選択肢を与えましょう。いち、俺をダアトに連れて行く。に、超振動で跡形もなく消される。さぁどっちがいいですか。まぁ拒否権なんてないけどなさっさとダアトへ連れて行け」

にこにこと笑みを浮かべたまま、そう若い頃のディストに言い放った。かなり高圧的だが、まぁ消される云々よりも俺を調べたいという好奇心の方が強いんだろう。あっさりと承諾してくれたディストに思わず拍子抜けになる。


さて、今までの状況から鑑みると、ここはどうやら<俺>が生まれてすぐの世界らしい。若い頃のディスト、殺したはずのヴァン、死んだはずの自分とアッシュ。それらと今の現状から見て、確実にそう言えるだろう。

一緒に寝ていたという証拠隠滅を図ったためのアッシュへの超振動は、不本意にもアッシュへ陽だまりを返すための超振動になってしまったわけで…。まぁ別にあの場所に帰ってまた箱庭生活されるよりは、多少は自由が効くしマシだろう。アッシュ…ルークを飛ばした今更、キムラスカに戻れはしないだろうし。


それにあれだ、ディストがダアトへ俺を連れて行くことを拒否して殺そうとでもしてきたら、超振動でマルクトへ逃げてジェイドに保護を求めるという方法もあったわけで…、それをしなくて済んだからよしとしよう。うん。

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