そして世界は動き出す


欠伸をかみ殺しながら、机に突っ伏そうとした瞬間。何かが目の前から飛んできた。何かって、それは丸められている紙だった。渋々と顔を上げればどこか…っていうか不機嫌真っ直中のリグレットがそれを投げてきたらしい。
朝っぱらからあの大詠師に呼び出されていたんだとか。お疲れ様です。恐らく俺じゃなくリグレットが呼ばれたのはイオンのことに関してだからだろう。俺にイオンのことを言ったとしても、俺、基本的に言うこと聞かないし。


「あの大詠師からの命令だ。導師イオンを連れ戻せ、と」
「懲りねぇなぁ…あのハム大詠師」
「あ、フレイ。それ新しいです」

アリエッタは最近、仕事の時は兄様と呼ぶのをやめたらしい。別にいいんだけどね!ちょっと寂しいとか思ってねぇから。隣にいるアリエッタが笑顔でこっちを見てきている。うん、そんな笑顔を向けるような場面でもないんだけどなぁ此処。


ハム大詠師って呼び方をしばらくしていたような気もするんだけど。あぁ、基本は豚とか樽だしな。うん、カエルとか…。哀れ大詠師。はぁぁ、と深いため息を付いているシンクはあきれ顔だ。

「ワンパターンもいいところだよね。まぁ仕方ないけど」
「そういえばフレイ、リンが導師についていったそうだな」
「うぉう、誰から聞いたんだラルゴ」

リンが一緒に向かったことは、特務師団の連中とシンクくらいしか知らない。知っていることに少し驚いて、ラルゴの方を見れば苦笑いっていうのに相応しい表情でリグレットの隣に座ってお菓子を堪能しているフローリアンに顔を向けた。誰も相手にしてくれなくて寂しかったんだな。この際だからフローリアンが六神将ではないのに六神将会議にいることはまぁ気にしないでおこうと思う。いつものことだし。



「どうせあのセントビナーの街道だろうしな。アニスから連絡くるから、ま、大丈夫だろ」
「適当すぎない?」
「最初っから色々やりすぎると手に負えなくなる」
「もう手遅れ…」

おい、今不吉な言葉が聞こえたぞアリエッタ。確かに被験者イオンを助けた時点でもう手遅れのような気もするが、それは言ったら駄目だろ。結構失敗したとか思ってるんだから。いや、失敗したっていうより…ま、いいか。心配なのは他にも[戻って]きているかどうかってことだからな。それも確かめようがないことではあるんだけど。
隣でぽりぽりとクッキーを頬張っているアリエッタが何とも言えないんだけど。フローリアンと一緒になってテーブルに乗っているお菓子を食べているのが分かった。


「とにかくまずはタルタロスだな。外交問題になると面倒だから、一応マルクトに連絡は入れてあるから、大丈夫だろうし」
「乗っているマルクト兵はどうするつもりだ」
「それはタルタロスから落としておけ。そう速いスピードで走行してなければ、よっぽど打ち所が悪くない限り死にはしない」

ラルゴにそう簡単に返せば、シンクからため息が聞こえてきた。悪かったな、面倒で。


それが陛下との交換条件だったんだから仕方ないだろ。一応借りる許可は出たけど、半分脅しだったかな。マルクト民の国税がブウサギの飼育費に〜云々って話を延々としてただけなんだけど。半泣きになりながら了承してくれた陛下ありがとう。ついでにアスランがもの凄く怒ってたけど(陛下に)

生温いコーヒーの味が口の中に残っていて気持ち悪かったので、とりあえずのクッキーで中和。うん美味いさすが。


「でさぁ、ディスト。便利連絡網どうしたらいい?」
「便利連絡網?なにそれ」
「えー、っと、フォンスロットの同調」

首を傾げたのはシンクだけじゃないだろう。ディストには通じたみたいだけど。そういえば、これを最初に言い始めたのってアニスだったか?とちょっと思った。[前]に[アッシュ]が[こちらに接触する為にコーラル城でフォンスロットを開かせた。それを今回もやってもいい。まぁ、今の地位とか今後を考えると、[アッシュ]のように神託の盾を抜けるわけにもいかなくなっている。ていうか今の状態で髭と対立状態だから、抜ける必要もないわけで。そうなってくると、ルークたちの動きが変わってくる可能性もある。だとすれば、フォンスロットの同調で向こうの動きを探れれば一番いいんだけど。


「やめておいた方がいいですね。長時間の同調は大爆発の進行を早める可能性もありますから。それに、被験者の方が優位に立てるのはどうやっても変えられませんから」
「あー、やっぱり?じゃあコーラル城はなしでいいな。うん」

大爆発、という言葉に首を傾げている連中ばかりだ。残念ながら説明する気もない。フローリアンとかアリエッタとか、シンクもか?知れば絶対に五月蠅いから。一番うるさいのはカンタビレとリンだろうが。説明する気は、俺には最初から無いし、ディストには言うなって釘を刺してあるから大丈夫だろう。


何だか色々考えてくれているみたいではあるが、どのみち大爆発を何とかするにはローレライに頼んだりローレライに頼んだりするのが一番早いだろうし。ていうかそのローレライ自体が出てこないっていうまさかの事態。


「んで、俺とアリエッタはチーグルの森に寄ってから合流するから…セントビナー街道集合ってことで、いい?」
「はぁ?なにそれ」

シンクに確認を取ったものの、怪訝そうな顔をしていた。勿論アリエッタもだ。そういえば、アリエッタはライガクイーンが死んだことは知っていても、いつ頃亡くなったのかは分からないんだろう。ルークたちがエンゲーブに到着してからだから…。少なくとも三日後くらいだ。十分に間に合うだろうし。


「あ、ママ!」

チーグルの森で思い出したらしい。クッキーを片手に声を上げたアリエッタに、ようやくその意味を理解したらしく、シンクも頷いていた。そんなわけだから、タルタロス拿捕の作戦よろしく!なんてシンクに向かって言えば、本気で怒られそうになってしまったが。元々は参謀を俺に押しつけたシンクのせいだろうが!

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