朝に溶けるシャンテ


ずしと上に何かが乗ったのが分かった。それに伴い、まだ開かない目を無理矢理にこじ開けてそこにあるはずの目覚まし時計に手を伸ばす。その針は、七を指していた。夜中に帰ってきた俺にしてみれば、もう少し寝たいところでもあるが。


「フレイ〜」
「………」

ため息を付かずに、自分の上に乗っているそれに顔を向ける。どこか不機嫌な顔をしているフローリアンがいて、小さくため息を零した。ベットの上に散らばっている自分の長い黒髪に眉間に一瞬皺を寄せて、その髪を掻き上げた。顔に落ちてきてうざい。


とりあえずフローリアンに退け、と言えば不満そうでも退いた。むくれたままぺたん、とベッドの上に座っているフローリアンに特に構うわけでもなく、ベッドから起き上がる。寝不足のせいか、少しだけふらふらするのは気のせいじゃないだろう。

「で、どうした」
「リンが行っちゃった」
「結局お前は行かなかったのか…」
「うん。あのね、シンクにリンの方が適任だから任せておけって言われたんだ」


眠気のままそう返せば、フローリアンは少しむくれたようにそう言ってきた。



カンタビレがダアトからいなくなってからも、邸から神託の盾の方に通っていた。宿舎に入ってもよかったんだけど、こういった会話を誰かに聞かれるのもなかなかにまずい。此処から通ってもいいとは言ったけど、シンクは宿舎だ。カンタビレの邸に住んでるのは、俺とフローリアン。あとリンだけだ。七年も此処にいるのか、と自分の部屋を見て、再び髪をかきあげる。…うざいから結ぼうかな。

「何で僕は駄目なの?」
「あー…それは、」
「フローリアンはダアト式譜術苦手でしょ。僕らがダアト式譜術を使うわけにもいかないから、適材適所ってことだよね」

櫛を片手に振り返れば、宿舎から此処まで来ていたらしいシンクが扉に背を預けてこちらを見ていた。あ、シンクだー、と間抜けな声を抜かすフローリアンに小さく笑いながら、やたら絡まってしまった髪を櫛で梳かす。鏡越しで、シンクが呆れるようにため息をついているのが分かった。髪を切れ、ということなんだろうけど。


「ねぇ、その髪いつまで伸ばすわけ?斬られた時考えて切ったら?」
「それもそうなんだけど、[あの頃]と同じになりそうな予感が…」

[あの頃]でシンクはヒヨコヘアーを思い出したらしい。一発でバレる。確かに、斬られたりなんかしたら音素に還ってしまうからすぐにバレるだろう。まぁそうなれば第五音譜術系で誤魔化せばいいし。苦手だけど。そう適当に返せば、あからさまにため息が返ってきて。反抗期か、シンク。なんてちょっと思った。いや、言わないけどな。



最初はイオンにフローリアンがついていく予定だった。護衛云々っていうこともあったんだけど。そういえば、と思い立ったのはフローリアンが教団兵じゃないということだ。それに、ダアト式封呪をどうせ解呪させられるのなら、リンが行った方がいい。その理由を話してはいないし、それに本当の理由はもう一つあった。


「で、なんでリンに行かせたの?眼鏡とかすぐ気付くんじゃない」
「まぁ、不測の事態に対応するには知らない方がいいだろ」
「不測の事態?」
「そ、不測の事態」

髪を結び終えて、振り返って小さく笑った。その意味を理解したのだろう。だってさ、普通此処まで来たら考えるって。陛下もアスランも六神将もイオンも[戻って]きてる。…そうなれば、[あの頃]に深く関わった人間を基準に[戻って]きているんだとすれば。当然、彼奴らだって[戻って]きている可能性はある。無きにもあらずってところだろうけど。それに一応あんな腹黒でもちょっと前までは導師だったはずだ。大丈夫だと、思いたい。


「ねぇ、僕の出番はー?」

振り返れば、ベッドの上で転がっているフローリアンの姿が見えた。小さく苦笑いして、その転がるフローリアンの頭を撫でる。不満そうな声は、役に立ちたいっていう意味なんだろうけど。正直言って、フローリアンは置いていくつもりだったんだけど。…この調子じゃついてくるかな。

「しばらくは僕と一緒。それでいいでしょ、フレイ」
「ん、あぁ…」

曖昧に返せば、シンクが不思議そうに首を傾げているのに気付いた。それでも、それに気付かないふりをして教団服に着替えようと、無駄に大きなクローゼットを広げた。

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