記憶粒子が噴き出しているセフィロトツリーを見て、しばらく“イオン”は止まってた。ただ、ほんのそれは一瞬だけだったけれど。“リン”に名前を呼ばれて、“イオン”はくすり、と笑った。制御盤の前に立っているヴァンとルークを見つめた。

「さぁルーク。制御盤の前に立つのだ」

はい、とルークが頷いたように見えた。見えただけなのかもしれない。実際に、目は少し虚ろに見えた。それにしても、と隣にいた“リン”が…もう今はそうは言わなくてもいいかもしれない。シンクが呆れたように呟いていた。


「僕らのこと放置だよ」
「いいんじゃない?やりやすくて」

にやり、と笑ったリンにシンクはため息をついた。今、此処で色々とやらかすわけにはいかない、とリンを肱で突く。それにすらも少し笑うだけだった。ふらりふらりと、ルークがヴァンに歩み寄る。にやり、とヴァンが笑ったのが背後からでも見えて取れた。


「力を解放するのだ!<愚かな被験者ルーク!>」



そして、

「食らいやがれぇえぇぇ!!」

赤が落ちてきた。


赤い何かが落ちてきたと同時に、ルークは崩れ落ちた。いくら封印術が掛っていようとも、暗示さえあればなんとかなる、というヴァンの考えもむなしく。フレイが掛けた暗示と封印術のおかげで、ルークは意識を失った。


しかし、それにヴァンが気を取られていたわけではない。ヴァンが気を取られていたのは、落ちてきた赤の方だった。倒れているルークを無視して、自分へと飛ばし蹴りを食らわせてれ来た赤の方へと気を取られていた。

「いや、危なかった危なかった!マジ間に合わねーと思ったぜ。ったく、俺のいないところで好き放題してくれてよぉ」
「な…!お、お前は誰だ!?」

笑いを堪え切れなくなっているリンにシンクが再びひじ打ちを入れた。分かってる、と軽く返したリンはそれ以降“イオン”の表情へと作り変えた。落ちてきた赤、は長く結んでいる朱色のような、オレンジのような髪を振った。



ヴァンがうろたえているのも仕方がない。そこにいるのは、オレンジにも見えるが朱色の髪をまとい、顔の左半分は仮面で覆われているが、右目に見える目の色は翡翠の色をしている。その姿は、ルークにも見えるのだ。

「誰っつわれてもねぇ…。お、おぉ?なに、新手さん?」

赤が振り返る。その表情に浮かべて言えるのは、笑いだ。続くように、ヴァンも振り返った。坂の上、そこにある扉の向こうに、ジェイドたちの姿が見えていた。そして、そのジェイドたちも酷くうろたえているのが見えて、思わずリンとシンクは噴き出した。


「な…!貴方は!?」

ナタリアの声が聞えた。やっぱり、とシンクが頭を抱えた。めんどくさくなったーと、髪をかき上げる赤を見ながら、ジェイドたち一行がパッセージリングの前まで降りてくる。ティアが“イオン”を庇うように、前に立った。


「…貴方は、誰ですか」

ジェイドの低い声が響いた。くすくすと声が僅かに聞える。それは赤のものか、“リン”のものか、誰も確かめることはなかったけれど。僅かに、地面が揺れ始めた。地面を見つめていた赤は、顔を上げる。その翡翠の瞳に、倒れているルークを一瞬映して、顔を上げた。


「…アッシュだけど?」

そう言って、赤はにやりと笑う。黒い外套を羽織っているが、それがないはずの風にはためいた。同時に地面の揺れは徐々に大きくなっていく。あ、そうだ、と思い出したように“イオン”がパッセージリングへと顔を向ける。

「見てください!パッセージリングが…!」
「なっ…!?」

“イオン”の声に全員がパッセージリングへと顔を向ける。輝いていたパッセージリングは、一瞬にして、色を失った。それに、ジェイドたちだけではない。ヴァンも、驚いたように見上げていた。


「タイムオーバー!残念でしたぁ」

その声に、弾かれたように全員が振り返る。ケラケラと笑っているアッシュの姿があった。あれ、パッセージリングってフレイが操作したのかな。そうじゃないザオ遺跡で。なんて会話をしている“リン”と“イオン”に気付いているのかいないのか、アニスがため息をついた。

「まぁ、せいぜい生き残ってくれよ?」
「待て!お前は誰だ!何故アッシュなどとふざけた名前を名乗っている!」
「うぜぇよ、髭」

ひゅ、とアッシュがナイフを投げた。それをひらりと交わしたヴァンが空を見上げる。ばさ、と音が鳴ったのに気付いたからだ。それはヴァンが逃げる為に用意していたフレスベルグ。舌打ちをしながら、その魔物に捕まる。


ぐらぐらと揺れる地面は、既に崩落を始めているようだった。あちらこちらが崩れ始めている中、空からヴァンがパッセージリングを見上げる。壊れてはいない。機能が停止しているだけだ。そして、見えるはずの赤は姿がなかった。いつの間に逃げたのか、とまた舌打ちをする。

「兄さん!どうしてこんなことをするの!?」
「生き残れ、メシュティアリカ。お前の譜歌で…」

ヴァンの言葉の続きは、聞き取れなかった。下へと落ち始めた大地の音が、その言葉をかき消したも同然だった。



そしてアクゼリュスは崩落した。


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