崩れ消えるトロイメライ
“イオン”の目の前にはヴァンがいた。ルークがジェイドたちと一緒に来たらどうするんだ、と思いながらも、ルークが来ると確信しているヴァンに“イオン”は笑っていた。
「…来たか、ルーク」
その声にばっと振り返ったのは“リン”だった。息を切らして、ヴァンを見ているルークを見て、おかしい、と首を傾げた。[戻って]きているのなら、ジェイドたちと一緒に来てもいいはずなのに。そうは思ったものの、どうやら暗示が掛っているらしい。おおかた、他の連中は魔物にでも手古摺っているのだろう。もしくは、神託の盾兵か。
「イオン様、こちらを開けてもらえますか?」
そして、ヴァンは気付かない。いや、気付けないという方が正しいのかもしれない。だからといって、別にどうということはない。分かってはいたことだが、彼の言った通り過ぎて、逆に笑えてくる。“イオン”はそれに小さく笑いながら、用意されている通りの台詞を難なく声に乗せた。
「この先はセフィロトです。行っても意味がないのでは?」 「いいえ。障気を中和するのに必要なのです」
それ、もう命令じゃん、と“リン”は1人呟いた。“イオン”に命令するなんて、本当に命知らずだ。当然、それが命令形だと分かると“イオン”は一層笑みを深くした。それを見た“リン”はああ、あれは怒ってるな、と思いながら。曰く、神託の盾騎士団でもそうだが、教団で一番偉いのは導師であるイオンのはずだ。今此処にいるのは“イオン”ではある、が。そうだと言っているのだからイオンがトップのはずなのに。何をこの髭は勘違いしているのだ、と。その笑みを浮かべたまま、“イオン”は頷いた。
「…分かりました」
目が笑ってないよ、と小さく“リン”が呟いた。片腹痛い、と呟きながらダアト式封咒を解く“イオン”にヴァンが笑みを深くする。作っている顔だが、ぶっちゃけバレバレだ。ふぁん、と音が鳴って扉が開放されると、ルークを従えて、ヴァンは奥へと進み出した。“イオン ”と“リン”を無視して、だ。
「…詰めが甘いよ」 「全く。さぁ、行こうかシンク」
舞台の幕開けに、ね? そう笑ってすたすたと再び歩き出した“イオン”と、その表情を思い浮かべて、苦笑いというか、そういうような表情を浮かべ、ため息を零した。
「…ほんと、あくどいよね」
そう呟いて、歩き始めた。
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「アニス!」 「ほぇ?あ、みんな。どうしたの?」
坑道の奥を見回って欲しい、と“イオン”に頼まれ、本来なら導師の傍を離れることはいけないのだが、“リン”も傍にいたこともあって、アニスはその“イオン”からの頼まれごとをしていた。
特に人影が見当たらないと首を傾げつつも、背後から聞えた仲間の声に振り返る。やけに慌てたようなジェイドやティアたちの表情が見え、それにさらに顔を顰めながら首を傾げた。
「イオン様は何処に行ったかわかる?」 「え、さぁ…。“リン”がついてるし、あたしは坑道の奥を見てきて欲しいって頼まれてたから分からないんだけど。なんかあったの?」 「それが…」
ティアが困ったように、ナタリアとジェイドを見た。ガイも首を傾げていることから、いまいち状況が掴めていないらしい。しかし、アニスには分かっていた。その次にくる言葉が、何であるか。それを遮ったのはジェイドだ。
「説明はあとです。とりあえずルークとイオン様を追いますよ!」 「え?ルーク様もいないんですか!?」
いち早く駆け出したジェイドとガイの後ろ姿を追うように走り出したナタリアを見て、慌ててアニスも走り始める。アニスの疑問に、走りながらティアが答えてくれた。勿論、何が起こっているのかそれを理解出来ないほど、アニスも馬鹿ではなかったが。
「さっきまでいたのよ。けれど、神託の盾兵が急に現れて…。ルークは1人で奥に行ってしまったの。一体何がどうなっているのか…!」
暗示か、とすぐに気付いた。恐らくバチカルに向かうまでの船の上できっと掛けられたんだ、と。それを言うようなことはしない。ひそかに、小さくため息をついた。色々と何かが間違っているような気がする。たとえば、と言えば。
(リンとかリンとかシンクとかなんか色々と違いすぎるんだけどぉぉ!!)
アニス・タトリン。実は誰にも言っていないが、導師守護役就任時に既に[戻って]来ていたりする。
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