水鏡に映るのは誰?


デオ峠を越えている途中だった。銃声が響いた。それに、足を止める。銃声はルーク様の足元で鳴った。それを庇うように、ガイが前に出たのを見て、軽くため息をついた。そして、同時に少し後ろへと下がる。

いくらあたしでも、周りに“導師”と認識されている以上、“イオン”を庇うように前に立たなくてはいけなかった。そんな必要、ないとも思っている。顔を上げると、そこには六神将の魔弾のリグレットがいるのが見えた。正直、あんまり仲良くない。喋ったこともあんまりないけど。


六神将が、何をしたいのかいまいち分からない。それ以上に、フレイ様が和平をどうしたいのか、よくわからない。バチカルでイオン様を連れ出したり。何が目的って聞いても、あの人は恐らく教えてくれないだろうし。


「止まれ!ティア、いつまでそいつらと行動を共にしている」
「モース様のご命令です!教官こそ、どうしてイオン様を攫ってセフィロトを回っているのですか?!」

一段高く、少し崖の上。リグレットが立っているのを見て、ティアが声を上げた。…モースの命令でティアって親善大使に同行してたんだっけ、と今更ながらに思い出した。モース直属ってことは、大詠師派なんだろうか。参謀派のあたしにはあんまりモースに興味はないけど。

いつの間にか、神託の盾騎士団も派閥が沢山に分かれてしまっている。ま、参謀派の殆ど大半は導師派になるんだけど。余談。話がずれた。


「…人間の意志と自由を勝ち取るためだ」

後ろで、くつり、と“イオン様”が笑ったのが分かった。それに、振り返るほどあたしも余裕はない。…それに、“イオン様”の隣には“リン”がいる。リグレットが本気で襲いかかってくることはないと思う。だとしたら、どうしてリグレットが此処に来たんだろう。


見下ろすように、あたしたちを見てそう言った。それに、“イオン様”は笑っていたんだろうか。確かに、この世界は預言に支配されている。何をするにも預言預言。多くの人が預言に頼り、全て身を委ねている人もいる。それが、いいとは思わない。


「この世界はくるっている。誰かが変えなくてはならないのだ」
「それを教官が、兄さんがするというのですか!?私は兄を疑っています。そして、貴方は兄の忠実な片腕。私は、今の貴方は信用できません」

そうか、と呟いたリグレットは、ティアの言葉を聞いて、譜銃を手に構えたのが見えた。それを見て、ルーク様たちも武器を構え始めたのを確認して、杖を握る。フレイ様が守護役就任時に下さった、アークセプター。…今はもう扱えるけど、当時は振りまわされてたな、なんて思いながらそれを握る。


「ならば…!此処でお前を止める!」

リグレットが一歩、その場から跳躍した。それを見て、譜術の詠唱を始める。“リン”は戦うつもりがないのか“イオン様”の傍で待機をしていた。そうだろうな、と思いながら小さくため息をついて、詠唱に集中した。



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障気が立ち込める中、少し悪い空気に何度か咳き込みながら、ある人物の姿を探してアクゼリュスの中を歩く。とぼとぼと歩いて行って、ふと、見慣れた影を見つけて、走り出す。


「アリエッタ!」

アリエッタが振り返る。お疲れ様です、と言って頭を撫でてきた。それに少し嬉しくなって、それでも子供扱いしないで、と手を振り払った。アリエッタはそれすらも嫌そうな顔をしなかった。少しだけ頬を膨らませたところに、フローリアンの視界にもう一人、マルクト軍の軍服が目に映った。此処に来るまでにお世話になった、アスラン・フリングスだ。

「そちらは終わりましたか、フローリアン」
「うん!ばっちりだよ。とりあえず、特務師団がフレイから内容聞いてるみたいで、住民に扮して向こうで待機してる。髭が来たらアクゼリュスから退避するから問題ないって!」


一通り住民の避難を終えて、フローリアンは報告に戻ってきたのだ。それを確認したアスランは、今度はアリエッタへと向き直った。アリエッタは一つ頷いて、たどたどしくも報告を始める。足元にライガはいない。障気が魔物にどのように影響を与えるか、分かっていないからだ。

「坑道の奥の人たちには、タルタロスに行くように指示してます。…八割、くらい終わってますから、もう大丈夫です」
「そうですか。でしたら私たちも退避しましょう。部下からの報告で、グランツ謡将がそろそろ到着するようですから」


げ、髭が?!とぼやいたフローリアンに、えぇ、その髭です。と良い笑顔で答えたアスラン。アリエッタは内心で、「この人、いい性格してる」と思っていたらしい。余談。アリエッタは、此処へ唯一連れて来ていたチュンチュンを肩に乗せて、ある一言をお願いした。それは、デオ峠で足止めしているはずのリグレットへの伝言だ。チュンチュンはアリエッタの肩から飛び立って、デオ峠の方へと飛んでいった。

アスランがマルクト軍の全軍退避を命令しに動き出した時、フローリアンはアリエッタへと近付いた。その気配に気付いたアリエッタは、振り返る。どうしたの、と首を傾げて。


「よかったね、間に合って」

そう言って笑ったフローリアンに、アリエッタは頷いた。

「此処、フレイの、トラウマだから。間に合って、よかったです」
「トラウマ?」
「うん。でも、大丈夫」

本人は、そうは言わないけど。誰がどう見ても、トラウマだったから。此処に連れてきたくなかったんだ。そう言えば、フローリアンもどことなくわかっていたのか、うん、と一つ頷いた。アスランに呼ばれ、2人は走り出す。これ以上此処にいれば崩落に巻き込まれる。

それでもどこか、嬉しそうに駆け寄ってきた2人の子供に、アスランが小さく笑っていたことは言うまでもない。

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