後ろにフレイたちの姿は見えなくなった。その位置まで来て、最後尾を歩いている“イオン”は軽くため息をついた。ちら、と隣にいるアニスが“イオン”を見上げる。そして、前方を歩く仲間たちを見て、距離があるのを確認すると、恐る恐る声をかけた。

「…リン、だよね…?」
「よく、分かったね」

にっこりと、イオンとほぼ同じ顔で微笑まれて、アニスは周りに分からない程度にがくりと肩を落とした。どうして入れ替わってる、なんて聞く理由もない。それはアニスたちダアトの教団兵からしたら、いつものこと、で終わらせられる事実だからだ。

「なんでフレイ様は何も言わないの…!」
「今回はフレイに言われて、だから。ま、事情が色々と、ね」

フレイの指示だと聞いて、アニスは顔を上げた。“イオン”は既にアニスを見てはいなかったが、色々と事情がある、と笑っているその表情は、悪だくみを考えているような顔にしか見えない。苦手なんだよなぁ、と軽く呟いて、諦めた。


アニスが気付かないと、フレイがそのことに気付けないわけではない。アニスにバレてでも、入れ替えた理由がある。そう自己完結して、諦めることにしたのだ。しかし、あれ?とふと思った。少し前を歩いているリンの姿を目にして、あれは誰なんだろう、と少し考えた。

「…リン、あのさ。だとすると、あれってもしかして…イオン様、とか?」
「違う違う。シンク」
「なるほど、そっちか…ってええぇ!?」

大きな声を出さなかっただけ偉いと思う。単純にアニスはイオンとリンが入れ替わっただけだと思っていた。しかし、まさか。リンになって親善大使一行へとついてきているのがシンクだとは思いもしなかった。


「喋っていいの、あたしに」
「アニスはフレイを絶対に裏切れない」

完全にそう言い切って、“イオン”は笑った。知ってるの、と聞くまでもない。知っているのだろう。そうですか、と、アニスは答えるしかなかった。がく、と今度こそはたから見ても肩を落としたアニス。その肩に、ぽんっと手が乗った。



「アニス、ちょっと前出て」
「はぁ?何、シンク」
「喋ったわけ?まぁいいや。とにかく、前出て。リンに話があるから」

はいはい、分かりましたよ。そう言って、アニスは前に出る以外に方法はなかった。前にいるティアへと追いかけるように、歩き出す。それも、“イオン”と“リン”から距離が開くように、だ。“リン”と言えどシンクと言えど、直属ではなくても上司であることには変わりない。


そんなアニスを見送って、シンクは疲れたようにため息をついた。

「何?随分と疲れてる」
「…あんたは知ってるんだろ、僕らのこと。フレイから聞いてると思うんだけど」
「へぇ?どうしてそう思った」

言ってないはずだ、とリンはシンクを見た。ゆっくり歩いているのは、前にいる連中に聞かれたくない話だからかもしれない。そして、それを此処で話すということは、何か不測の事態でも起こったのか。


あぁ、そういえば。カイツールでのイオンの態度と似ているような気がする、とリンは思った。ルークとジェイドが[戻って]きていると知って、酷く、不機嫌になっていたイオンに似ていると。本質的なところは似てるんだろうな、と軽く笑った。

「フレイと腐れ縁っていうほどの仲でも、あいつは絶対に自分の事情に他人を巻き込まない。だとしても、計画にこんなにリンが絡んでるってことは知ってるってことなんじゃないの」
「……前半も後半も当たり。怖いね、[参謀]は」
「からかうのやめてくんない?」


まさに、シンクの言うとおりだ、とリンは笑った。そんなフレイと問い詰めて、言ったのは自分だ。少なくても、一筋縄ではいかないと思った。自分を助けるために、あっさりと本当のことをフレイが話した時は、少し拍子抜けした、とリンは笑う。

その話に、シンクが顔を顰めたのはイオンと同じ理由からだろうな、と思っていた。どいつもこいつも、フレイのこととなると必死になる。しかもシンクは[以前]敵だったんだから面白い。モノクロの世界が明るくなったのは、少なからず、シンクもリンも、同じ人が影響している。それだけのことなのだけれど。


「だったら言っておく。…あの王女も[戻って]きてるよ」
「王女?あぁ、何故かついてきてるナタリア姫のこと?」
「そう。<必ず帰ってくると約束した人>を探しに行くってさ」

馬鹿馬鹿しい、とシンクが一喝した。それだけで[戻って]きているというのもどうかと思うが、と呟いた。それに、間違いないと蹴ったのはシンクだ。その基準がリンにはいまいち、よく分からないのだが。


「おかしいんだよ。ルークのこと[アッシュ]って呼びそうになったり、此処へくれば“六神将のレプリカルーク”でもいると思ったのか、迷わず先頭切って歩き出してるし」

ぷ、と小さくリンが噴き出した。真面目な話してるんだけど、とシンクが怒り出しているののが分かって、さらにおかしくなってリンがまた一つ笑った。大きな声にしては笑ってはいないけれど、シンクの不機嫌をさらけ出すには十分だった。


「フレイが僕らじゃなく、あいつらを選ぶなんてありえない。だって、あいつはフレイなんだから」

取られるとでも思って不機嫌になっていたのか。イオンもシンクもフローリアンもアリエッタも。みんながみんな、子供だな。そう思ったら、おかしくてしょうがなかった。

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