ざり、と砂を踏む音が聞えた。わざわざ振り返る必要もないだろう、と思っている。ぷ、とリンが噴き出したのを見て、恭しくため息をついた。恐らく、“リン”の姿をしているシンクを見て笑ったんだろうけど。そういう場面じゃないだろ、と肱で突いた。


「導師は儀式の真っ最中だ。静かにしてもらおうか」

それ、必要ないと思います。
おいイオン、お前素が出てるぞ。今はフローリアンの恰好をしてるんだから、フローリアンの口調で喋ってくれ。小さな声で呟いていただけだから、恐らく聞えてはいないだろうけど。

「なんですか!仕えるべき者を拐かしておいてふてぶてしい!」

ナタリアがびしっとこちらに向かって指を差した。それを少し、横目で見て小さくため息をついた。結局ついてきたのか、と呆れたように、だ。視界の中でシンク(今はリンの恰好している)を見て、あれ?と軽く首を傾げた。なんだか、様子が違う。


「…ふ、フローリアンがいる…。じゃない!ちょっと!イオン様を返して!」

フローリアンがいるとは思わなかったのか、アニスの呟きが聞えた。あの様子じゃまで気付いてないだろうな。向こうに返せば、すぐに気付くだろうけど。


「もぉ〜、うるさいなぁ。そういうわけにもいかないんだよ」
「…なら、力づくでも…!」

イオンがフローリアンの口調っていうのもなんかおかしいけど…。まぁイオンがけらけらと笑ったのを見て、ルークが剣を抜いた。ほぼ同時に、ルークの後ろにいるジェイドたちも武器を抜いたのが分かる。ただ、アニスだけが戸惑ったような顔をしているが。

…ていうかこれ、シンクも戦うのか?え、ちょっと。シンクも向こうに混ざって戦うの?やめてくんないかなぁ、それ。


「フレイ!やっちゃっていい?」
「…あぁ、そうだな」

振り返ったイオンが何やら意気揚々としているような気がするが、気のせいか。短剣を握って、笑っているイオンに一つ頷いた。それを見て、ラルゴが武器を手に取ったのが見える。

「六神将黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝負!」
「六神将かっこかり、フローリアン。本気で行くよ!」

おい、イオン。そのかっこかりってなんだ。眉を寄せてイオンの口ぶりを見ながら、軽くため息をついた。此処が崩壊しない程度の働きにして欲しい。ついでに、あんまりダアト式譜術は使わないで欲しい。久々の発散の場だ。無理かもしれないけど。



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で、結果なんだけど。そりゃいくら向こうにジェイドとルークの[戻って]きてる人が2人いるとはいえ、こっちはイオンとラルゴだ。イオンはローレライの加護により(この場合過保護のほうが正しいかもしれない)結構体力はあるし、ラルゴも六神将。何より、向こうでシンクが物凄く足を引っ張っている。わざとだろうけど。それのフォローで陣形がバラバラ。気付いてないだろうけど、ルークたちは。


「フレイ、いいの?いい加減とめないと、地盤弱いし、危ないんじゃない?」
「一理ある。そろっと止めようとは思ってた」

リンに言われて、激戦になっているところを見渡す。いくらこっちが六神将といっても、多勢に無勢。それにイオンに無理をさせるわけにはいかないから、早めに切り上げるのがいいだろうし。ザオ遺跡が崩れてしまえば、元も子もない。


はぁ、と小さくため息をついて剣を抜いた。誰も気付きはしないだろうけど。ジェイドは恐らく気付くだろうけど、と前置きを置いてリンに向かって笑顔を向ける。その表情とは裏腹に、剣先に集まる音素の量を見て、リンが目を見開いたのが分かった。

「…え?それ、此処で使う気…?」
「手加減するって」

そういう問題じゃない、とリンが言う時には既に。足元に譜陣が浮かんでいる。その色は、黄色だ。あまり得意分野じゃないんだけどな、第二音譜術系統は。しかし、此処で俺が得意譜術を撃ちこんじゃえば、…多分崩れるだろうし。


「其は怒れる地龍の爪牙」

その詠唱に、今度こそ完全にリンが慌て始めた。

「待って!フレイの詠唱譜術は…!!」

その声に、イオンとラルゴが止まった。勿論、シンクもだ。ただシンクはルークたちの方にいるせいか、それ以上動けずにいた。2人の、特にイオンの表情がさっと青くなったのが視界の端で見て取れた。ひゅ、と剣の切っ先を地面に下ろす。瞬間、譜陣が光った。


「グランドダッシャー」


ぎゃぁあぁ!と、イオンらしくないフローリアンっぽい悲鳴が響いた。グランドダッシャーはルークたちとイオンとラルゴの間に走った。被害を被ったのは、一番譜術が発動した場所に近いイオンだったんだろう。それでもフローリアンの口調だったのは偉いが。尻もちをついたイオンを見て、ラルゴが手を差し伸べていた。

威力が、普通の譜術の倍ほどあったことは言っておこう。ちなみにわざと詠唱をつけて譜術を発動させました。それでも簡易詠唱に留めたことは褒めて欲しい。

「ちょっと!フレイの詠唱譜術は常人の二倍以上の威力あるんだから、気をつけてよ!っていうか僕らがいるのに詠唱譜術使うなぁ!」

ラルゴに手を借りて立ち上がったイオンが詰め寄ってくる。それに笑って返しながら、さすがにびっくりしたのか唖然とするルークたちを見やる。ジェイドだけが平然としているのは、この中で俺の譜術の威力を知っている1人だからだろう。


「悪いが此処でお開きだ。これ以上こんな地盤の悪いところでやりたくはない」
「イオン様は…!」
「あぁ、ちゃんと返す」

ティアに頷いて、心の中でリンだけど、と思いながらリンの背中を押す。振り返ったリンは、至極嫌そうな顔をしていたが。…ぶっちゃけ、リンとシンクの組み合わせは不安なんだが、大丈夫だろうか。アニスもいるし、問題ないと思うんだけど。


「此処でお前たちを倒してしまえば、そんなことは関係ないな」

それでもなお、武器を構えるのはやはり“ルーク”だからなのか。それとも単にこっちの行動が気に食わないだけなのかもしれないけど。って、俺、さっき地盤が悪いからってちゃんと言ったような気がするんだが。耳悪いのか、あいつ。


「僕らも全然いいけどね、やっても」
「しかし、こちらにはフレイもいることを忘れないでもらおうか」

シンクもいますけど、と小さくイオンが呟いた。どうとっても、ルークたちが形勢的に不利だということには変わらない。こちらが本気じゃないことは、恐らく気付いているだろう。ラルゴの言葉に、ジェイドが眼鏡を押し上げた。


「…今は引きましょう」
「ジェイド!」
「此処で彼と剣を交えるのはいささか危険すぎます。それに、イオン様は取り戻しました」

彼、というのは俺のことだろうな。物凄く睨まれてるのが分かる。ルークがジェイドに食いかかるが、アクゼリュスのこともあるのか、それ以上ルークも何も言わなかった。嫌がるリンを無理矢理向こうへと送り出す。


「迷惑かけましたね、アニス」
「いえ、ご無事でよかったで、す…?」

首を傾げたアニスに、リンは人差し指を当てて、軽く振った。それは緑っ子とアニスの暗黙の了解、あとで説明する、の意味だった。それだけで通じたのか、アニスが俺を見て、僅かに項垂れた。

「じゃ、そのまま戻ってもらおうかな〜。引き返してきたら、今度こそ容赦しないから」

イオンがフローリアンの恰好には似合わずに、黒い笑顔で笑っていた。あれは被験者の影響か。うん、そうだと思う。なんてラルゴと目線でやりとりをしながら、ルークたちを見送った。

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