一度きりの巻き戻し


「あー、いい天気だなぁ…」

現実逃避のように空を見上げる。本来、そこは空が見えてはいけない場所のはずなんだが。どういうことか、と聞くまでもない。俺の目の前で正座をしている連中がしでかしたことだというのは、とっくに理解していた。後片付けや事故処理に追われる神託の盾兵は、俺らのことは見ないふりだ。それが正しいやり過ごし方である。神託の盾兵もここに二年で逞しくなったなぁ、なんて一人で感心していた。


「ふ、フレイ…!そろそろああ足が痺れてきたんだけ、ど…」
「たったの三十分だぞフローリアン」

周りの神託の盾兵がどよめいたのは理解しています。しょうがねぇよ、だって今のフローリアンはシンクの姿をしているからだ。


ちなみにシンクはイオンに、イオンはフローリアンに成り代わっていた。笑顔でフローリアンに振り返れば、ひぃーとシンクの姿で悲鳴を上げた。やめてくれ、似合わないから。一人ではははーと笑いながら、もう一度空を見上げた。



あ、ちなみに此処、大聖堂。本来ならば絶対に空が頭上に広がることはないのだが。もっとも、あいつらが入れ替わって礼拝に出ていたのがいけないんだけど。そしてそこに現れたテロリストを教会ごと破壊せんばかりにダアト式譜術を連発してた緑っ子がいけないんだけど。神託の盾兵たちがテロリストに同情したくらいだ。相手を選べっての…。


「あー、約束の日まであと数カ月もねーのになー、これ工事終わるのかなー、俺の仕事をどこまで増やしてくれるのかなお前ら本当にどうしたのかなー」

「ちょ、シンク!フレイが壊れた!」
「いつもああですよフローリアン」
「…だからやめようって言ったんだ」

"約束の日"というのが何なのかは聞くまでもない。しかし、そのことについて時間が既に追われている中、教会を破壊されたのでは役職を兼任している俺にとっては最早冗談以外の何物でもない。


トリトハイムがすぐそこで気を失ったような顔をしています。俺も気を失いたいんだけど。緑っ子の暴走を止められるとされている俺は、簡単にはダアトから離れられないからなー、そんなことすれば緑っ子の手によって髭(ヴァン)が確実に死止められている(漢字!)か、大詠師がその辺でハムになっているかどっちかだもんなー、どうしようか。うんうん。



ふと、大聖堂の広く開いた天井から、フレスベルグに捕まったアリエッタが落ちてきたのが見えた。魔物できちんと降り立てばいいのに、アリエッタときたらフレスベルグから手を離し、そのまま大聖堂の中へと落下してきた。正座をさせられていたシンクの真上に落下した。アリエッタは、俺を見た瞬間にシンクを蹴り飛ばして泣きついてきた。…やるな、アリエッタ。

「ちょっ…何するの、アリエッタ…!」
「フレイ!大変です!リンが…!」
「…リンがどうかしたのか?」


狼狽して、リンの名前を呼んだアリエッタに、さすがに何かを感じ取ったのだろう。イオンとフローリアンが心配そうな視線をしてこちらを見てきた。リンといっても、名前を変えたただの被験者イオンだけど。確かマルクト方面に行っていたはずだ、と俺が思い返していたら、予想外の返事が俺に返ってきた。



「も、森、焼いちゃったです…アリエッタの、ママの住んでたところ…。あの、ソードダンサー?倒すって、リンが第五音譜術使ったら…燃えちゃった、です」
「…だぁあぁからあれほど譜術は禁止っつったのに馬鹿じゃねぇのぉぉぉ!?」

せっかくミュウが[戻って]きてるという事実を知って、ライガクイーンは無事だな、よしよしよかったぜ!とか思ってたのに、何してくれやがんだあの腹黒被験者イオンめぇえぇええ!!ちくしょう、助けるべきじゃなかったぜ…。なんで俺、あいつを助けたんだろう…。はは、笑うしかねぇな。


「シィィンク!今すぐリンを引き摺り戻してこい!!」

「じ、尋常じゃなく怒ってるよ…」
「約束の日まで時間がないし、仕方ないんじゃない?とりあえずこの説教から抜け出せそうだから、さっさとリンを迎えに行ってくる」
「あ、ずるいですシンク!」

説教から抜け出せるとあって、シンクは早々に立ち上がった。それを見たイオンは羨ましそうにシンクを見ていた。そのシンクは、アリエッタが先ほど乗ってきたフレスベルグに捕まって、大聖堂から直で空へと飛び立っていった。しかしその間、律儀に今だ正座をしている緑っ子二人にアリエッタは首を傾げていた。


「イオン!動ける譜術士使って森再生させろ!」
「え、えぇえぇぇ!?今すぐにですか?!無理ですよ無理!」
「だぁぁぁぁもう約束の日まで時間ねぇのに何してくれやがんだあのアホォ!」



いつか、言っていた。
"預言を覆すためには、劇薬が必要である"

…どうにも今の俺には、被験者イオンであるリンが劇薬に見えて仕方がないわけで。ていうかそもそもソードダンサーを倒そうと第五音譜術で森を一つ焼き払うって、どんな神経してんだよ。

← |
[戻る]