キミがそれを望むなら


「……あぁあぁ!!」
「…フレイ、お前がそういうことをし出すと士気にかかわるからやめろ」

ケセドニア付近で一旦停止しているタルタロスの艦橋の中。砂漠に入る前に、と一旦整備をしている最中なんだけど。思い出したように叫んだ俺を、リグレットが嗜めるように見てきた。ちょうど点検の報告を聞いていたシンクが、俺の方へと振り返って、どうしたの、と聞いてきた。


「…ザオ遺跡にルークたち誘き出す伏線忘れてた…」
「な、何やってんの!?駄目じゃん!どうするのさ!」

呆然と呟いた俺に、シンクが詰め寄ってきた。こっちでのザオ遺跡での用事が終わってから、ケセドニアでイオン(まぁリンだけど)を返しても全く問題はない。けれど、ザオ遺跡に呼び出すのは、アクゼリュスの救援が終わるまでの時間稼ぎだ。

「向こうの死霊使いと親善大使は[戻って]きているから問題ないんじゃないのか?」
「いや、そうは言ってもさすがにまずいだろ。[戻って]きてない連中が怪しむし。同調フォンスロットは開いてねぇからな…。よし、決めた。シンク!」
「え?何、僕?」

急に名前を呼ばれたシンクが驚いたような顔をしてた。仮面がないから、よく見えるよ。うんうん、なんて1人で勝手に頷いている。その俺の様子を見て、よくないことが起こると思ったのか顔がしかめっ面になっている。まぁ間違ってはないけど。


「お前、今すぐリンの恰好して此処で降りろ」
「…なんで!?」
「いや、だからリンになってルークたちをザオ遺跡に誘き出せ」
「嫌だよ!なんで僕があいつらと先に合流しなきゃいけないわけ!?それにどう考えてもアニスがすぐに気付くと思うんだけど!?」
「上司命令。行って来い」
「…うーわー」

フレイのああいう顔は、ロクなことないんだよ、とぶつぶつぼやいてるシンク。ああいう顔ってどんな顔だよ。文句を言いながらも、ちゃんと言ってくれるところがシンクだ。ツンデレか?ツンデレなのか?…言うとまた殴られるから言わないけど。

アニスが気付くのはそうかもしれないけど、さすがにリンがシンクだということは気付かないだろう。イオンがリンになっていることに気付かれそうだけど。渋々と出て行ったシンクの背中を見て、その哀愁がなんとも言えなかった。悪いことしたか…?


「…割と強硬手段ね」
「悪かったな。ところどころ抜けてて」

くすくすと笑っているリグレットをじと目で見ながら、小さくため息をついた。考えなしなんじゃない。ちょっと…なんていうか、忘れてただけなんです。



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バタンっと荒々しく扉が開いた。それに、どうしたのかとお茶をしていたイオンは驚いて振り返る。そこには、何やら不機嫌な表情をしたシンクがいた。それを見て、驚いたように目を丸くして、着替え始めたシンクへと目をやった。

「シンク?何かあったんですか?」
「これからケセドニア。全く、変なところが抜けてるんだからフレイも…」


フレイの悪態をつきながら、リンの衣装へと着替えているシンクにイオンは首を傾げた。イオンの隣で、同じようにお茶をしていたリンは何が起こったのか気付き、楽しそうにくすくすと笑っていた。その笑いが、さらにシンクを苛々させているのかもしれないが。

「あれでしょ。フレイがルークたちを誘き出す伏線を忘れた、ってことなんじゃない?」
「そう、なんですか?」
「みたいだよ。そろっとザオ遺跡に入るから、あんたたちもさっさと着替えたら」

そう言って、上を着替え終えたシンクを見ながら、リンは自分の髪留めを外して、シンクへと投げて渡した。それを勿論見ていたシンクは受け取って、無造作に髪を結び始める。リンの髪は緑へと元に戻り、代わりにシンクの髪が銀色へと色を変えた。
ディストが作ったという、髪留めの形をした音機関。初期段階のもので、イオンのレプリカであるシンクたちにも使えるようになっている。…実際、それはたまたまだったのだけれど。


「あー、もう面倒だからこれでいいか」
「駄目ですよシンク。やるなら完璧にやらなければ。結んであげましょうか?」
「はぁ?いいって。あとで直すから」

結びたかったのに、と小さく呟いたイオン。イオンがリンに成り替わることは殆どない。そのせいか、あの音機関に多少なりとも興味があるみたいだが。適当に結び終えたシンクが、そういえば、とイオンの方へと振り返る。その行動を見て、イオンが首を傾げた。


「イオンはどうするわけ?フローリアンの方が髪、短いじゃないか」
「……あ!ど、どうしましょう!?切りますか?」
「切るのはまずいでしょ。カツラでも被れば?」
「動いたら落ちちゃうじゃないですか!」

思い出したかのようにあたふたとし始めたイオンに、リンが軽くため息をついた。さすがに切ってしまうのはまずいだろう。髪の長さで言ったら、この中で一番フローリアンが短い。今まではカツラを被っていたが、戦闘をするかもしれない状況でそれはまずい。しかも、ただでさえ使いなれない短剣術だ。

「あとでフレイにでも相談すれば?いざとなればディストもいるし、なんとかなるでしょ。…あーあ、本当にあいつらと合流しなきゃ駄目なのか…」


あたふたするイオンをしり目に、シンクがまだ合流してもいないのに、疲れたように、ため息をついていた。それは至極嫌そうなため息でもあったが。そんなシンクを見て、リンがにやりと笑う。

「いっそもうバラせば?」
「どういう意味で」
「解体の意味で」
「それはまずいだろ!!」

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