囁きはモノクロの雑音に消えて


「お、思ったよりも早かったな」

ライガに加えられているルークを少し可哀想に思いながら、思いのほか早く戻ってきたアリエッタを見た。さっきこってり絞ったばかりだから、まぁ怯えるのは仕方ないと思うけど若干傷付くぞ?


ライガがぺいっとルークを投げる。突然のことで受け身が取れなかったのか、床に打ちつけられたルークは、アリエッタを労う俺と、音機関を弄るディストと、そこで笑顔でお茶を飲んでいるイオンを一通り見回したあと、再び視線を俺に戻した。

「な、何してやがる屑がぁあぁ!!」

あ、素が出たな、と少しだけ思った。内心で苦笑いするだけにしておいた。勿論、この部屋にいる全員が[戻って]きているわけだが、それを知らないのはルークだけだ。ま、髪の色も違うから俺が自分のレプリカだということにも気付いてないんだろうけど。


「何って、あ、イオンは助けておいたぞ?」
「そうじゃねぇ!なんでこんなことしやがるんだと言っている!」
「だってディストの奴がお前のデータ取りたいってうるせぇんだもん」

詰め寄ってくるルークから遠ざかりつつ、片耳に指を突っ込む。耳元でキンキン叫ぶから、響いてうるさいのだ。げんに俺の傍にいるアリエッタが小さい声でうるさい、と呟いているのが聞えた。

「いいだろーが、データの一つや二つ」
「何のデータだ!それを使ってお前らは何をするつもりだ!?」

レプリカ、という言葉がルークの頭に過ってるんだろうな、と思いながら「えー」と返す。事実、本当にルークのデータがディストは欲しいらしい。どうにも被験者のデータがないことには色々と研究が進まない、とのこと。



リンとイオン、…まぁ被験者イオンとレプリカイオンたちのデータもあるが、それでは彼らの研究しか進まない、というのがディストの考えだ。問題は<俺たち>が完全同位体であるということらしい。いくら被験者とレプリカのデータがあったとしても、あいつらは完全同位体ではない。だからと言って、大爆発が起こらないとも限らないが、俺らの方がその確率は高いわけで…。


「知りたい?」
「知りたいにきまってるだろうが!」

まぁそうだとは思ったけど、と呟いてルークの前に手を翳す。何のつもりだ、と聞えた気がするが、気にしないことにした。


「じゃ、おやすみ」

暗転。ばた、と急に倒れこんだルークに、その音にイオンが振り返る。驚いたような顔をして俺の方を見ているのが分かった。倒れこんだルークをその辺に頃がしておいて、とりあえず成功〜と笑っておく。それを見たイオンが、興味津津に転がっているルークへと近付いて行った。


「何をしたんですか?」
「ん?暗示。先手必勝」

俺の時みたいに髭に暗示でもかけられて、アクゼリュス崩落させられても困るわけで。こっちにも色々と崩落させるタイミングとか云々とかあるわけだ。まぁジェイドが傍にいる限り大丈夫だとは思うけど、一応。


「暗示って、どんなの?」
「超振動を使ったら強制ブラックアウト」
「…ありなんですか」
「おう、ありあり。まぁ一番はルークにアッシュの姿を見られたら面倒ってところかな」

間違ってでもアッシュを追いかけに行って、ルークがジェイドたちから離れるのは避けたいし。実際、ルークがアッシュを見かけたら追いかけて行きそうな気がする。そう言えば、どことなく納得したようにイオンもアリエッタも頷いた。



「フレイ、もう充分ですよ」
「お、マジでか。そんじゃ退却するぞー」

ディストの方はフォミクリーのデータを完全にディスクへと移し終えたらしい。昔に此処が使われていた時のデータだ。それだけでも必要ってことだったみたいだけど。とりあえず、怪しまれないようにルークをフォミクリーの機械の上に乗せておく。


「シンクとフローリアン、逃げたって」

チュンチュンがアリエッタの肩に止まっていた。どうやら向こうは上手くいったらしい。心配なのはリンだけど…。まぁリンだから大丈夫だろ。上手くやってると思いたい。ディストが荷物をまとめ終えたのを視界に入れながら、とりあえず、と首を捻る。


「さぁて…俺はどうすっかな…。逃げてもいいんだけど」

元々フローリアンたちを止めるために此処に来た。だから別に、これ以上あいつらと行動する理由もないし、何よりそうしてしまえばジェイドになんか色々と駄々漏れしそうな気がしてきた。


「フレイ、一緒に行きませんか?どうせケセドニアのマルクト領事館に用があるんでしょ?」

だったらケセドニアまで一緒に行けばいい。そう言い放ったイオンに、少しだけ眉を寄せた。おいおい、それって一緒に船旅しなきゃいけないってことだよな?あんな狭い場所でジェイドに詰め寄られた日には俺、死ねるぞ。ていうかたった今ルークに暗示掛けたばっかりだから、こいつにも言いよられるだろ。

「いいんじゃないですか?どうせ次のポイントはバチカルなんですから。シンクには私から言っておきますよ」
「それが怖いんだけど…。じゃあそうしようかな。アリエッタ、悪いけどリグレットに言っておいてくれ」

ディストのあっさりとした言葉に、少しだけ肩を落とした。一番怖いのは、シンクが怒った時なんだけど。別に特に問題もないからいいや、と頷いてアリエッタへと振り返る。少しだけむっとして見えるのは、多分気のせいじゃないだろう。


「うん。廃工場でいいんだよね?」
「そ。よろしく」

くしゃ、っとアリエッタの頭を撫でてから小さく笑った。ふと、アリエッタが大事そうに杖を抱えているのが見えた。確か、あれって俺が上げた奴だよな、と思いながら。じっとそれを見ていたらしく、視線の先にアリエッタが気付いた。

「あのね、これ…譜術の詠唱いらないの」

ディストの読み通りだったな、と笑った。魔杖ケイオスハート。何処からかリンが持ってきた代物で。第一音素の媒介として使えそうだということが分かった。…どうしてそんなものをリンが持っているのか、わからなかったけど。


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