フレイがフォミクリーの部屋へフローリアンとリンを置き去りにした時。ルークたちは足止めを喰らっていた。もちろんフローリアンたちに、だ。

「リン!何考えてんのよ〜!!」
「正直、困ってるんだけど。あぁ見えてもフレイは直属上司だから、逆らえないんだよ」
「……げ、あんたって特務師団の副師団長だったっけ…」

アニスの愚痴を聞き流しながらリンはガイを吹き飛ばした。リンの目の前にいるのはアニスだけで、残りのメンバーはフローリアンに悪戦苦闘している様子だった。吹き飛ばされはガイも立ち上がり、辺りを見回した。[戻って]はいるものの、長い軟禁生活のせいかルークの方は少し動きが鈍い。動かない身体を無理に動かそうとしているようにも見え、リンは怪訝そうに眉を潜めた。一方で、そのルークはフローリアンから受け譜術を避けたため、後方のジェイドのところまで下がった。ルークが顔を上げれば、そこにはポケットに手を入れたまま動かないジェイドがいた。

「おい、眼鏡」
「懐かしいですね、その呼び方は」
「うるせぇ!…どういうことだこれは」
「分かりませんよ。…以前ならいなかった方々が数名いますからね」

フレイとイオンの予想通りの会話をしていた。しかし、それが分かる人間は此処にはいないだろう。それ依然に誰も聞いている余裕などない。立ち上がったルークは深いため息をついていた。

「あのフレイとかいう奴、何者だ」
「…そう、ですね。ですが彼は"響将"ですから。アレとは違うような気もしますが」

そう言いながら眼鏡を押し上げる。それなりの実績がある故の地位であることは確かだ。けれど、名誉にも地位にも富にも欲がなく、しかもその実績を嫌うような性格の人間が、あそこにいるはずがない。

「…ところで何故戦わん」
「メテオスォームでも噛ましますか?此処が崩れ落ちても知りませんが」

ジェイドの譜術は期待出来そうもない。その意味を理解したルークはまたため息をついた。思い通りに進まない物事に。致し方ないことであるが、理解しきれてはないのだろう。探し続ける人の影は見えるのに。

「よそ見厳禁!!」

フローリアンが振りかぶった。ガイに呼ばれたルークは、そのフローリアンの二本の細身の剣を頭上で防いだ。ガイはフローリアンに譜術でも喰らったのか、その場から動けない。ティアも治癒術の詠唱中だった。

「あ、気をつけた方がいいよ。フローリアンの剣術はフレイ直伝だから」
「どっちの味方なんだよリンのバカ!」


吹き飛ばされたルークに、ほぼ傍観者なリン。しばしその場が静かになったのだが、ジェイドが舒ろに投げた槍を、リンが避けた。不機嫌そうな顔をしていたが、槍を投げられれば当然だろう。

「何すんの」
「いえ、ついうっかり」
「……」

あからさまに顔に気に食わない、と書いてあった。間に挟まれていたティアがおろおろとしていた、その時に。吹き飛ばされたルークを支えていたアニスがトクナガごと吹き飛ばされた。それを唖然として見ていたルークは、アニスを吹き飛ばしたそれ、ライガにくわえられていた。

「なっ…!」
「ルーク?!」

気付いたティアが叫ぶ。同時にもう一体のライガが現れ、今度はリンをくわえていた。こちらは予想外だったらしくリンはぽかん顔だ。そんな空気の中、リンをくわえていたライガの背に乗っていたアリエッタは武器である杖を抱きしめながら、



「…魔女っ子アリエッタ、参上です」
「……………はっ!いやいや、なに言ってんのアリエッタ!魔女っ子って何?!」
「兄様が、これ…くれました。これでアリエッタも、今日から魔女っ子…」
「意味わかんない!意味わかんないよ」

ぼやくアニスとは反対に、ジェイドはアリエッタの「兄様」発言に険しい表情をしていた。この中に、その「兄様」の正体を知る者はアニス、フローリアン、リンしかいない。名前で呼ばなかったのはワザとだろう。

「行きます、グラビティ」
「ただの譜術…」

がっくりときたアニスは詠唱範囲外だった。が、ただの譜術ではないことにジェイドは気付いた。詠唱がない。「兄様」から貰ったという、あの杖に何かあるのかも、とは気付いたが、術範囲内にいるためにどうしようもない。
ジェイドたちが術を喰らってしまったために、アニスがようやく動き出そうとした、が。上の階から飛び蹴りがアニスに入った!トクナガに、ではなく、アニスに。


「アリエッタ!早く行きなよ!いつまでの何やってんの?!」
「分かってるもん!」

急に現れたシンクにアニスが動揺した。アリエッタは二匹のライガを走らせた。塞がっていた道はアリエッタの譜術で粉砕していた、と言っておこう。



「あーあ、全く。まさかあんたたちにフレイがついてるとは思わなかった。計算外だよ」

アリエッタが行ったのを確認したシンクは、わざとそうぼやいた。フレイが動きにくくなるのは勘弁願いたいところ。だからこそ、あぁ言ったのだ。それを全員が立ち上がったのを見ながら、フローリアンがシンクの側に近寄る。

「フレイも物好きだよねー!こんな連中と一緒にいるなんてさぁ…特にそこの陰険とか、僕嫌い」
「おや、傷付きましたねぇ」
「白々しいです、大佐」

意外にもティアに怒られているジェイドだが、本人はあまり気にしていないようであった。心底から二人は気に食わなかったのだ。フレイが今も自分たちとある理由。それを知っていたから、余計に気に食わないものがあった。人間的な好き嫌いもあるのだろうが。


「……個人的には此処で全員殺したいんだけどなぁ〜…どうかなーシンク」

依然のフローリアンなら有り得ない台詞に、ジェイドは内心で顔を引き攣らせていた。はたしてシンクが気付いたかは分からないが。そんなフローリアンの発言に、呆れたようにシンクはフローリアンの頭を一発、軽く叩いていた。

「僕も異存はない、けどさ。そんなことしたら、またフレイに怒られるだろ(……そろそろいいか)引くよ」

シンクはフローリアンを引っ張った。そのまま出口へ向かおうと歩き出したシンクに、武器を向けたのは扉の側にいたジェイド。引っ張られているフローリアンは首が締まっているが。ジェイドの怪しむような視線に、仮面もなく惜しみ無く笑み零すシンク。


「逃がすと思っているのですか?」
「さぁね。別にやってもいいんだけど?生き埋めになってもいいならね」

これだけの古い屋敷だ。彼等が暴れただけでも一たまりもないだろう。それに、悪戯っ子のシンクだが紛れも無く六神将。フローリアンは補佐。そして此処にはまだアリエッタもいる。敵うはずがないことは分かっていた。

「首!シンク、首ぃぃ!!」
「イオンはこの先じゃない?ま、振り回されてゴクロウサマ」

僕にね、という呟きはフローリアンにしか聞こえなかっただろう。去って行くシンクに、誰も何も言えないまま、しばらく沈黙が続いた。

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