始動する想い


フローリアンが逃げて行った空を見上げて、小さく笑った。どうせシンクやアリエッタも一緒だろう。だからこそ、わざと逃がしたんだが。やれやれ、といった風に小さくため息を吐けば、ようやく我に返ったのか、ジェイドがこちらを殺気ありありと睨んでくる。そちらに視線を移せば、ルークが困惑しているのも見えた。…あの様子じゃあ、[戻って]来てることを否定出来ないな。俺とは一度、タルタロスで会っているはずだからだ。

真っ先に俺に噛みついてくると予想していたのは、イオンもしくはリンだった。しかし、2人は依然として呆然と俺を見ている。…シンクから何か聞いていた可能性があるなぁ、とぼやいたところで、あのぉ〜とアニスから声が上がり、そちらに意識を向けた。


「フレイ様…街中で譜術はやめてくださいねって此処に来るまでにあたし、何度も言いましたよねぇ…。こんなところで襲ってくるフローリアンに対するものだということは分かっていますけれど…」
「ん?あぁ、そんなこと言ってたな、悪い悪い」

悪いと思ってないが。そうはっきりと声に出して言えば、アニスが肩を落として俺を見ていたのが分かる。苦労してるな、と言えば、誰のせいですか!と言われて、俺、と素直に答えておいた。げんなりとしているアニスの様子に、俺のせいだよなー、とけらけらと笑ってみせた。その様子に、いい加減ジェイドも不審に思ったのだろう。アニスに、ではなく、俺に、訪ねてきた。

「どうして貴方がこんなところにいるのですか?」
「暴走緑っ子一部たちの回収作業」
「…もう少し我々に分かるように説明していただきたいのですが」
「フレイ様、緑っ子なんてダアト上層部にしか分かりません」

散々苦労してますから、とアニスが付け加えて俺に向かって言った。緑っ子に翻弄されているダアト上層部、主に詠師会の人々はもう聞き慣れているだろうが、他国となるとそうじゃないのか、と妙な納得を俺がしていた。勿論、俺の後ろにいる緑っ子たちも本来は含まれるから一部と言ったのだが。めんどくさい、とでも言うように髪を掻き上げた。急いで向かってきたため、髪は結んでいない。あとでアニスにでも結ばせよう。どうにも自分じゃ綺麗には結べない。


「命令違反、職務怠慢、とまではいかないが。フローリアンと他数名。勝手な動きされてもこちらとしては困るってこと。あぁそうだ、連絡こねぇし、あのアホ大詠師の命令だ云々っつってイオンを連れ出す気はしばらくないでそこんとこよろしく」

片手を振って軽く笑う俺に、ジェイドが訝しげに眉を寄せているのが見えた。そんな顔するなよーと俺が本当に軽いノリで言えば、酷く不愉快そうにため息をついていたのが見えたが。俺の言葉の真意が見えないせいだろうか。

「え?お前らは大詠師の部下…じゃなかったのか?」

ガイが驚いたように俺を見て呟いた。あー、と説明しようとして顔をそらした。やめた、というその意味に気付いたリンが首を傾げているのが分かる。こんなところで立ち話も面倒だ。どうせこのまま行けば、此処で一泊することは目に見えている。アレの思惑なんざとっくに理解しているから、そう簡単に軍港へは行かせてくれないだろう。

「立ち話も面倒だ。アニス、案内して来い」
「はぁ〜い…」

後ろから、誰かが名前を呼んだ気がする。それにひらひらと手を振るだけで答えて、先に宿へと足を運んだ。アニスを呼んだのは、それをアニスが知っているから。他でもない、カイツールにつく少し手前でアニスと合流したのだ。俺が宿を取っていることも、アニスは知っている。だからこそアニスを呼んだわけだが。宿に入り、その外套をベッドの上に投げ捨てた。大部屋を髭が取ったのは策略だろうか。そのベッドに腰掛け、ため息をついた。

「…リグレットに監視を頼んでおいて、正解だったかもな」



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