その場に静寂が落ちた。今の今も対立をしている六神将の登場に、少なからず動揺していた。ガイや立ち上がったルークは武器を構えようとしているが、ジェイドはそれをしなかった。少なくとも理解していた。いくらこちらの人数が多かったとしても、フレイという人物に勝てるだけの勝算は持てないということが。若くして響将という地位にいる彼を、甘くみやっていて痛い目にあったのはつい最近のことだ。


そのフレイが、一歩動いた。それだけで場の空気が動いたことに、リンは気付いた。どうしてフレイが此処に、というのがまず第一だったが、アニスの態度も気になりアニスを見た。フレイが自らの計画を自分から、破綻させるようなことをしないということは理解していからだ。その通りで、フレイは一歩、フローリアンに近づき、容赦なく、その脳天に拳骨を入れた。

「いったぁぁあぁ!!」
「痛い、じゃねぇよ。何してる馬鹿」

今までに見た様子の彼と違うことに気付いたのか、それともいきなりのことで呆けているのか。ガイとルークも手から武器を離していた。アニスが杞憂していたのはこれだったのか、と今更ながらイオンとリンは理解した。こんなところで説教をしているところを見たくなかったのだろう。

「ふ、フレイには関係ないもん!」
「上等だ、いい度胸だなフローリアン」
「やっばぁ…」

にこり、と綺麗に笑ったフレイだがその目は笑っていない。そのことに気付いたフローリアンが、全力でダッシュで逃げようとしていた。いくらなんでも背中を見せて走っていくとは思わなかったのだろう。ジェイドとガイの間をすり抜けて走り出したフローリアンに、珍しくジェイドすらも呆気にとられて、その様子を呆然と眺めていた。あ、とティアが呟いた。それにルークが振り返る。するり、とフレイの腰から抜かれた武器。それが太陽に反射し、僅かに光って見えたような気がした。振り上げると、それを振りおろし、切っ先をフローリアンの背中へと向けて、たった一言。

「スプラッシュ」

詠唱は、なかった。
気付いたのはティアとジェイドの譜術を使う者くらいだろう。アニスは勿論知っているから、驚きもしない。ティアとジェイドは詠唱がなかったことに気付き、フレイの方へと振り返る。たった一言で譜陣が発動した。その証拠に、切っ先を向けられたフローリアンは頭上から水を被る羽目になっていた。勿論、味方識別はしているからダメージはないのだろうが。走っていたせいか、水を頭から被ったせいか、フローリアンは唐突にむせて、座り込んでいた。

「う…けほっ!…みず、のん…だぁー」
「それは良かったな」

こつ、と音がして振り返る。ほんの数メートルの距離だった。フレイがフローリアンの目の前に立ち、剣をしまわずににっこりと笑っている。その笑顔に、フローリアンはさぁっと先程以上に顔を真っ青にしていた。混乱している面々はその様子を見ていることしか出来ないのか、それとも状況把握が出来ていないのか。呆然とフローリアンと…この場合フレイを、かもしれないが見ていた。

「っ…!フレイの、馬鹿ぁあぁぁ!!」
「お?」

地に手を着けて、左足でフレイの剣を蹴り飛ばした。勿論、手から離すほどフレイも落ちぶれてはいない。正確に剣に蹴りを入れたフローリアンはその反動で立ち上がり、右手でフレイの頬を狙って平手打ちを噛まそうとしてみるが、あっさりとかわされてしまう。フレイが自身で遊んでいることはフローリアンも知っていた。フレイに決して勝てないことも。だからこそ、距離を空けるように二歩下がった。また攻撃をしてくると思っているのか、それとも見逃してくれるのか。フローリアンには見分けはつかなかった。しかし、逃げるなら今しかない。左手を掲げ、その手に向かって飛んできた魔物の足に捕まる。空高く上昇し、下に見えるフレイが武器を納めているのを見て、逃がされたと気付いた。見上げて、にっこりと笑ったフレイが、あとでお仕置きだ、と言っているように聞えてしまった。




「…フレイの馬鹿」

知ってる、と返事が返ってきたような気がする。


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