消えた片割れはどこへ行った


「…イオン、なんか苛々してない?」
「してません」

してるでしょ、とは言えずにリンが小さくため息をついた。実際、イオンも気付いているはずだと思っていたので、それ以上何もいわずにため息だけで終わったのだが。目の前に見えているカイツールを目前に、いや、もう少し前から、強いて言うならば既にエンゲーブからイオンの様子がおかしいことにはリンも気付いていた。

(…多分、[戻って]る人間がいるからだろうけど。面倒だな、聞いているだけで実際には何も知らないからフォローにしようがない。だからこそフレイも僕を寄越したんだろうけど)
まさか此処までイオンが嫌そうな顔をするとは思わなかったのだ。

リンが全てを知っているということはフレイしか知らない。どうして言っていたのか、と聞いたら聞かれていないからだと言っていた。大まかにしか聞いていないし、どうしてシンクやイオンが此処まで不機嫌になるのかの理由すら、リンには分からないのだ。



ふと、自分の前を歩いている赤い髪に目が入る。その髪を持ち、翡翠の瞳を持つ人は層々いない。1人、自分の目の前にいるのはキムラスカ王族のルーク・フォン・ファブレだ。元々導師であった自分がそいつに敬意を払うか、と聞かれれば笑うだけだが。
事実、そのルークの態度がタルタロスを出てから急変したこともリンは気付いていた。恐らく、イオンが不機嫌になっているのはあいつも[戻って]きたからということもあるのだろう。以前はフレイが[ルーク]だったことを考えれば、あいつが神託の盾にいたんだろうな、と察していた。本当のところは知らないが。

どうあっても、リンにはフレイはフレイにしか見えなかった。と、いうよりもだ。敵国で何の躊躇いもなく、キムラスカ王族の証である赤い髪を晒していること自体が不思議でならない。襲われても文句は言えないというのに。そんなことあってはならないのだが、恨んでいる人間がいることも事実だ。思慮深いフレイとは大違いの被験者だな、とリンは細くため息をついた。最も、レプリカと被験者があまり性格面では似ないことなどリンは自身で立証済みだが。


「…あぁ、そういえばイオン」
「なんですか?」
「“五番目”から連絡があったよ」

その小さく囁かれた声に、イオンが弾かれたように顔を上げた。“五番目”は示すところにシンクだ。彼らが敵だと思い込んでいる六神将の名前を、口にするのは躊躇われたからだ。ちなみにフローリアンは三番目なのだが。ふと、その名前を聞いてイオンは首を傾げた。どうして今更に連絡するようなことがあるのだろうか。コーラル城が中止になったことはイオンも知っている。タルタロスで既に聞いていたからだ。このままバチカルに向かうはずだが、とリンを見れば。実に楽しそうにくつくつと笑っているのが見えてしまった。

「例の場所に行くってさ」
「…正気ですか。怒られますよ?」
「まぁ、そうだろうね」

とはいっても、あいつは誰も切り捨てられはしない。そう言いきったリンに、イオンは目を見開いた。その言葉の先にあるものに気付いているのか、いないのか。目を見開いたイオンから視線を外したリンは、ほら、着いたよカイツール、と涼しげないつもの顔でそう言い放って歩き出した。

(…僕ら生まれるまでの、五年間。彼はずっとそばにいたんですよね)
仕方ないことではあるが、なんだかしゃくだ。それを言ったら、[以前]がある分、付き合いが長い自分たちのことを羨ましく思っているんだろうか、なんて考え始めた。あぁ、切りがないな、と思考を打ち切ったイオンもリンを追うように歩き出した。


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