ただ、理由があればよかった
いや、言うとは思っていた。けれどまさかリグレットに言わなくてもいいんじゃないか、と思いながらシンクを軽く睨んだ。左隣では大好物であるハンバーグを頬張るフローリアンの姿を確認しながら、左斜め前のフローリアンの前に座っているシンク。勿論、言うことはあれだ。
「だから、なんとか言ってよ。フレイときたら、アッシュを呼ぶだなんて言ってるんだよ?」
あ、ほら。だから言っただろ、と思いながら。リグレットの眉が寄ったのを見ながら小さくため息をついた。レタスにフォークを刺しながら、右手で頬杖をついている。行儀が悪いと言われることには慣れている。何枚かにレタスを重ねて刺した後に、口の中に運んだ時。リグレットが呆れたように俺を見ながらため息をついた。
「仕方ないだろうな。“進んでいる”ように思わせるにはちょうどいいんじゃないのか」 「リグレットまでそんなこと言って!そもそも調整は済んでないんだよ?超振動の問題だってあるんだから…」
諦めたようなリグレットの言葉に、シンクが再び反発をするように声を上げた。そんなシンクを見て、目の前にいるアリエッタが少しだけ不機嫌そうな顔をしているのに首を傾げた。どうしてアリエッタがそのような表情をしているのか、少し分からなかった。しかしすぐにその理由が分かった。
「でも、[アッシュ]が[戻って]来てるから…」 「はぁ!?」
多分、シンクと言葉が被った気がした。アリエッタの台詞に俺とシンクが驚く中、フローリアンは不思議そうな顔をしていたが、ラルゴも俺らと同じような表情をしていることから恐らく気付いていないだろう。しかし、どうして[アッシュ]が[戻って]来ているということになるのだろうか、と左手にフォークを止めたまま思考に入る。
「どういうことだ?」
ジェイドが[戻って]るだけでも十分に問題だと言うのに、その上[アッシュ]だって?冗談じゃない。これ以上計画を変えるわけにもいかない。 そもそも、俺が響将になったあたりから正確に計画を主にリンと練っていることがあって、他のメンバーが[戻って]来ているということは配慮には入れていない。ジェイドのことに関しての若干の修正は終わっているが、これ以上修正するとなると不可能だ。そもそもの根本から変える必要がある。何故かと言われると、それは[アッシュ]が超振動を使えるからだ。記憶がない状態では、ジェイドの指示の元でするしかない。けれど、[戻って]来ているとすればパッセージリングの操作方法を知っているだけで厄介だというのに。
「だって、外でルークが譜術使ってきたもん」
少し口を尖らせて、アリエッタはにんじんを口に含んでそう言った。譜術、の言葉にリグレットの方を見れば一つ頷いているのが分かった。アリエッタがルークと呼んだのは、恐らくわざとだろうけれど。 ルークが譜術を使えるはずはない。ファブレ公爵邸にいた中で譜術を練習するような場面は恐らくない。[アッシュ]が譜術を使えたのは、神託の盾にいたからだということは分かっている。そもそもあの髭がこれから利用するというルークに対して、あまりの戦力を与えるようなことはしないだろう。俺の方が能力的に高いと、あの髭は知っているはずだから。大体、レプリカ世界を作ろうとしているのならば、さほど被験者を尊重するような考え方ではないような気がする。俺の推測でしかないんだけれど。
「譜術、か。ま、要は向こうが混乱すればいい。アッシュの使い方も問題だけどな」 「その前にジェイドをなんとかしたほうがいいんじゃないですか」 「ディストの言うことも一理あるけど」
スープを飲んで黙っていたディストが急に声を上げた。その言葉に嫌そうに俺が眉を寄せれば、楽しそうにシンクが笑っている表情が視界の隅に移る。それは嫌な顔をするだろうとは思うけど。頬杖をついたまま、先ほど止めたフォークを再び動かす。ベーコンにフォークを突き刺すと、ベーコンが薄かったのか皿にまで突き刺さった。
「…マルクトとダアトは問題ない。ひとまずアクゼリュスまではジェイドのことは封印術だけ何とかすれば、それほど問題はないと思う」 「総長もアクゼリュスに意識が向いているからな。しばらくは動きやすい」 「ラルゴの言うとおりだ、シンク。しばらくは計画を練っている時間もある」
ラルゴとリグレットにまで畳み掛けられ、シンクは不満そうな顔を隠さずに最後のハンバーグを一切れに口に運んだ。見れば、フローリアンも不満そうな顔をしているのを見て、少し不安になった。その様子を見ていたリグレットと目が合って、一つだけ目配せを交わした。
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