終わらないレクイエム
さてさて、やりますか。
屋上に立って外を見上げると相変わらずな景色が広がるだけだった。あーあー、鬱陶しい。早く青い空が見たい。
「やるのか」 「しつけぇなぁ…」
上空を旋回したあと、また隣に降り立ってレムがしつこく問い掛けてくる。諦めの悪いことだ。何度聞かれたって答えは一緒だ。レプリカたちを死なせるわけにもいかないし、ルークに死んでもらったら困る。
別に俺だって死にたいと思ってやるわけじゃないんだし。死ぬつもりも毛頭ない。いや、この障気を一人で消そうとしてるんだから、死ぬつもりはないってのは間違いかもしれないけど。
そろそろなんだかんだうるさいレムが実力行使に出てきそうな気がしたので、ローレライの鍵を取り出す。第七音素が干渉し合う高い音が聞こえた。さて、レムだって超振動に巻き込まれたくはないだろう。黙らせるにはちょうどいい。
「誰も来ねぇといいなぁ…」
呟いて、力を解放した。足元にローレライの鍵を突き刺すとそこから譜陣が展開する。譜陣が光ると一つに束ねていた長い髪が風に揺れた。溢れ出す第七音素が頭上に広がる障気を集めて、渦を巻いていた。周囲は激しい光に包まれて、レムの姿はすっかり見えなくなった。声ももう聞こえないから、どこかへ姿を消したのだろう。
ああ、やっと静かになった。
「トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ」
大譜歌を詠う。本来はユリア・ジュエの血を継ぐ者がその譜に込められた意味と象徴を正しく理解していないといけないわけだが。よく考えてみろ、ルークはローレライと契約してここにいる。ってことはルークのレプリカである俺が譜歌を使えないわけがない。
しかも過去に契約しているヴァンやティアよりも、その効力は強く発揮できるんじゃないかと思うわけだよ、俺は。しかも大譜歌だ。ヴァンに取り込まれてるとはいえ、ちょっとくらいテメー力を貸せってんだ。
「クロア リュオ ズェ トゥエ リュオ レィ ネゥ リュオ ズェ」
空を見上げたら、ちょっとだけ青い空が見えた。おいこれだけ力使ってそれはねぇだろ。ちょっと気を抜いたら力が弱まってしまいそうな気がして、ローレライの鍵を握る手に力を入れる。
第二、第三と譜歌を詠って、残りは四つだ。それでもそろそろ限界が近いのか手が震える。大譜歌を詠っているせいか、ローレライが力を貸してくれるせいか分からないけど、今のところ身体が乖離する様子はない。最後まで持ちそうだ。
でも、そろそろ寂しくなってきたかもしれない。おかしい、別に寂しいだなんて思うことなかったのに。
あ、いやだ。
いま、なんか、すごく。死にたくないって、思った。
「だから馬鹿なんだお前は」
声が、聞こえた。ここで聞こえるはずがない声だ。はは、ここまできて幻聴が聞こえるとかそろそろやばいかもしれない。
「これで最後にしろ。こんな心臓に悪い我が儘は」
なんで、いるんだよ。と、声にならない声で問いかけたけど、やっぱり返事なんて返してくれはしなかった。
二本目の、ローレライの鍵が地面に突き刺さる。少しだけ弱まった超振動の光が先程とは比べられないほど光を放って障気を巻き込んでいった。背中が温かいのは、誰かが俺の後ろに寄り添うようにして立っているからだ。
「クロア リュオ クロア ネゥ トゥエ レィ クロア リュオ ズェ レィ ヴァ」
第五譜歌まで詠った直後で自分じゃない声で、第六譜歌が聞こえた。うわ、馬鹿だろこいつ。なんでわざわざそんな負担まで負ってんだよ。はは、と口から乾いた笑いが洩れた。背中が少しだけ不機嫌に揺れて、それでも口から零れる詩は止まらなかった。
第七譜歌が聞こえる。
ぶわっと光がより一層強くなった。頭上に集まっていた障気たちが光に包まれて消えていくのが見えた。
あ、青い空だ。
「フレイ!!」
背後から名前を呼ぶ声が聞こえる。ぐらり、と身体が傾いた。手からローレライの鍵が滑り落ちて、地面にかしゃんと音を立てて倒れた。
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