ここが悲しみの終着点


「やはり、来たのか」
「ああ」
「ローレライの気遣いを無駄にする気か」
「知らねぇ。決めるのは俺だ」

目の前で見上げる、レムの塔はやっぱり記憶にはなく、欠片も覚えていない。ひでぇの、アクゼリュスの一件は鮮明に思い出せるのに。一万の命と消えたこの出来事は綺麗さっぱり抜けているだなんて。これがローレライの気遣いってんだったらローレライのことを疑う。けどやっぱり、アレも人じゃないからしょうがないのかもしれない。いや、俺も人じゃないけど。

レムの塔を目の前にして、俺に寄り添うように光り輝いているのは第六音素の意識集合体レムだ。大きな光る鳥の姿をしていて、美しいって多分このことを言うんだろうな、と思う見た目だ。

通りで、ルークが「第六音素の意識集合体と契約するときは俺を呼べ」と言っていたわけだ。ここに音素の意識集合体がいることを知っていて、そして、ここでの出来事を覚えていたんだろう。

「あー、思えば音素の意識集合体と契約をし始めた時期、ここにレムがいるんじゃねぇかと思ってた時があったな…。なんでさっぱり忘れてたんだ…」
「ローレライの干渉だろう」
「……アイツ、髭に取り込まれながらなんつーおせっかいを」

どうやらロニール雪山のパッセージリングからローレライの接触しようとしたときに、やられたらしい。思えばあの頃からみんなの態度が少しずつおかしかった。このことを気にしていたんだろうか。

「なぁレム、上まで乗せてよ」
「断る」
「ひでーの」
「我はまだ契約をしていない」
「じゃ、一人で行くわ」

剣があることを確認して、塔の中へ踏み込む。乗せてもらうのが一番早いと思ったんだけど。残念だ。そう零すがレムは残念ながらついてきた。…塔に入れるくらい、身体を小さくして。音素の意識集合体ってのはなんでもありかよ。ちょっとだけ呆れてため息を零した。

「契約してねぇんじゃなかったっけ」
「我は我の好きにしている」
「……時間稼いだって無駄だぜー」

どうせ、ガイは俺がどこに行ったかなど分かりはしないんだから。ダアトでいないと騒ぎになるにはまだ暗すぎる。まぁどうせなら青い空が見たいから、昼間の日が高いうちにやろうかなぁ、とは思ってるけど。

ちょっとだけアルビオールに細工をしてきたから、どうせ飛べない。飛行石はちょっと隠してきた。どうせ全部終わったら飛行石の場所くらい分かるようになってるわけだし。ようするに、俺が持ってる。ざまあみろ。

「そういや、レムの選んだ契約者って誰なんだ?」
「自分で探せ」
「いいだろ、最後くらい。ノームはアリエッタかなぁ」
「何故そう思う」
「ん?魔物に愛されてるから」

大地に愛されるんだったら、きっとアリエッタだ。そういって笑えばレムは呆れたような顔をしていた。他に候補を上げるとすればラルゴだろうか。うーん、そうなるとレムの契約者はリグレット、とかかな。ヴァンだとは思いたくないし、さすがにティアとかはないだろう。今の俺では接点ないわけだし。

今となってはどうでもいいことだけれど。

「レプリカたち、いねぇの?気配が全然ないけど」
「いない。数日前にダアトの者が来て保護をしていた」
「……手が早いことで」

呆れた。イオンだろうか、いやこの時期イオンはもう"いなかった"から、シンクかリグレットあたりだろう。ここに寄越されたのはきっとレネスだ。六神将はまともに動けない状態だし、レプリカたちの健康状態を見るためにもディストは拠点から動けなかっただろうから。

どいつもこいつもお人好しめ。誰だ、俺のことを博愛主義だなんて言ったやつ。俺よりももっといるだろう、その言葉が相応しい人たちが。

「…お前は本当、自分のことに無頓着だな」
「そんな風に考えたつもりはねぇよ」
「あるだろう。いや、そうなってしまったのも仕方のないことなのか…」
「……しょうがねぇな。不慮の事故だ」

そもそも、俺が"ルーク"の記憶を持っていることが既に事故のようなものだ。ローレライの望んだ結末ではないだろうに。

「疲れたか?」
「疲れた。長げぇんだよここ」

半分ほど登り切っただろうか。レネスたちが以前来たせいか、魔物の姿は全くない。入り口にレムがいたから魔物が入り込まないように排除していたんだろう。ちょっとだけ、疲れて足を止める。

「違う。そうではない」
「…何が言いたい」

止めた足が縫い付けられたように動かなかった。風が身体の周りをぐるりと駆け巡った気がしたけれど、気にしないことにした。気にしたってどうしようもない。どうせあいつらは来れない。

「生きることに疲れたか」
「……それは考えたことはなかったな。どうだろう」

少しだけ困ったように笑う。生きたことに疲れただなんて、考えたこともなかった。そもそもそんなこと考える余裕がなかったかもしれない。うーん、と首を捻る。思い起こしてみても、別に死にたいと思うようなこともなかったし、楽しくないと思ったことも、あいにくとない。そりゃ戦場に出るときはすごく逃げたいと思ったけど。

「そうだな。ただ、俺が"俺"じゃないことに対しての後ろめたさは、あるかなぁ」

"ルーク"になりたい、だなんて思ったことは一度たりともない。俺はそもそも"ルーク"じゃないし、残ってしまった記憶の残骸を受け止めてしまっただけの、ただの器だ。この自我だって知識という記憶が混乱して生まれてしまったようなもんだし。

そうなると、俺は一体誰なんだって話なわけだけど。

「いいんじゃねぇの、あとは。"みんな"がうまくやってくれれば、それで"俺"は元通りだろ」

だから別にこれからすることを怖いとも悲しいとも寂しいとも何とも思わない。


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