遣る瀬無い思いは誰の所為
結論から言おう。ルークに薬を盛るだなんて到底無理な話だった。うん、残念。結局一晩止まっていけと泣きつかれて、さすがに俺も無視はできない。一泊だけ、と苦笑しながら客室で眠りについて、夜が明ける前にこっそり屋敷を抜け出した。
「行くのか」
掛けられた言葉に、顔を上げる。てっきりルークが待ち構えているんだとばかり思っていたが、街の入り口に立っていたのはガイだった。なんだお前、マルクトの方に行ったんじゃないのか。
「…お前には関係ない」
そう言ってそこをすり抜けようとする。けれどやっぱり、腕を取られてしまった。振り払うのも億劫で大袈裟にため息をついた。
「なんだってお前らは揃いも揃って俺に構うんだ。放っておいてくれ」 「放っておけるわけがないだろ」
だって、と続いた言葉はそれ以上は続かなかった。言いたいことはあるんだろう。そして気付いていることも。アニスは子どもだったから吐き出せただけで、こいつらはそう簡単に口にしていい問題じゃないとでも思ってるんだろうか。だったらとってもバカバカしい。
「どこに行くつもりだ?」 「どこって…帰るに決まってるだろう、ダアトに」
何をおかしなことを言っているんだろう。他に俺がどこに帰るというのか。首を傾げながらガイを見れば、ガイは少しだけ傷付いた顔をしていた。
「……本当にか?本当に、ダアトに戻るつもりなら、俺だってこの手を離すさ」 「は?何を…」 「俺はお前を失いたくないんだ、もう二度と」
ぎゅっと手が強く掴まれた。泣きそうな顔をして、そんなことを言われても困る。こいつらが求めてるのは"ルーク"であって俺じゃない。そもそも、なんで俺が失踪するみたいな話になってるんだ。失いたくないって、まるでもう二度と会えない人に向かって言うような台詞だ。
……いや、ちょっと待て。前もこんなことがあった気がする。前?"前"?どっちだかもう分からないけれど。確かに、そんな言葉を聞いた、気がする。どこでだ?
「ダアトに戻るっていうなら、別に今じゃなくていいだろう。どうせ昼頃になれば旦那たちがアルビオールで戻ってくる。そのあとダアトに行く予定だから、一緒に…」 「……会談、か」
そう、会談がある。インゴベルト陛下と、ピオニー陛下と、イオンと、三人で会談だ。"前"はイオンじゃなくてトリトハイムだったけど。会談をしたあとは、エルドラントの攻略が待っている。髭を今度こそ止めなきゃいけない。
「………あれ?」
そこで、おかしいと気付いた。エルドラント攻略のとき、アルビオールで無茶して突っ込んだ記憶がある。その記憶にある空の色は、青だ。そう気付いて空を見上げた。今は、障気で覆われている。
…どこで、障気はなくなったんだ?
「フレイ?どうかしたのか?」
唐突に、呆然と空を見上げ始めた俺の態度にようやくおかしいと気付いたんだろう。手を放して、ガイが顔を覗き込んでくる。視界にそれが映るが、俺の思考はすっかりとガイから離れていた。
会談をダアトでするのは間違いない、覚えてる。なんだか途切れ途切れで何を話したのかは曖昧だけど。
あと、プラネットストームの停止って言ってるくらいだからラジエートゲートとアブソーブゲートには行くんだろう。ここはちなみに全く覚えていない。
それからエルドラント攻略だ。ちょっと待て、順番がおかしい。その前に障気を消さなきゃいけない。プラネットストームを止めたときの空の色は?ああ、やっぱり駄目だ。思い出せない。頭がズキンと痛んだ。
『だったら…、だったら俺が、俺が代わりに消える!』
声が、聞こえた気がした。
「………く、はははは、」
堪えきれなくて笑いが零れた。おい、わざとだな。わざとだろうローレライ。わざとこの記憶をルークへ渡したな。よくもやってくれた。
「お、おい、フレイ…?」
途端笑い出した俺にガイが少しだけ引いた。距離ができたことに感謝して、笑いを噛み殺す。できなかったけれど。
「あー、おかしい。なんだってお前が俺の心配するんだよ。別に変なこと考えてねぇっての」 「いやそういうことじゃなくて…」 「悪いけど仕事が山積みで終わりそうにねぇんだよ。まったなー」
ひらひらと手を振る。そのまま歩き出したところでガイが慌てて手を伸ばそうとしてくる。それに気が付いて、少しだけ振り返ってにやりと笑う。追いつかせるようなヘマなんてするわけがない。
一人だし、いいかと思って術を発動させる。禁術の一つである移転術だ。最近は複数で行動することが多かったから、滅多に使うこともなかったものだ。
名前を呼ぶ声が聞こえたが、それにも手を振って答えるだけで言葉は出さなかった。術が完成する方が早い。どうせ、ガイの手は届かない。
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