ほんの少しの意地とプライド


してやられた、と思ったのは目を開けてすぐだった。

「気が付いたか」
「………」

目の前いっぱいに広がったのはどや顔のルークだった。いや、ちょっと待て冷静になろうか俺。

「…………死ねええええええ!!」
「ちょ……っ!!!!」

とりあえずむかついたので目の前にいた紅に烈破掌を叩き込んでおいた。何度も言うようだが吹き飛ばし効果Maxである。この説明は随分と久しぶりな気がする。鳩尾に見事に決まったので紅は真っ直ぐに壁に突っ込んでいきました、めでたしめでたし。

「ふぅ。さて逃げるか」

ベッドから立ち上がると颯爽と窓を開け放って、足を掛ける。よいしょ、とそこから飛び降りると地面に芝生の感触が感じられた。気持ち良い。空を見上げるとやっぱり障気に覆われていて、少しだけ気分が曇る。

「誰が逃がすか!!」
「うおああああこんなところで真剣振り回すな!!」

窓からまた赤色が飛び降りてきた。こいつ、回復するの早すぎる。いやさすがに髭とディストと同じに考えたら悪いか…。なんて思いながら真剣を抜いてきたこいつに咄嗟にローレライの剣で対応する。別にこいつにはバレてるわけだし。

「うるさい!お前が逃げるのが悪い屑が!!」
「責任転換するなよ!!?ていうかなんでここに連れ込まれてんだよ俺はダアトへ戻る…っ」

剣が擦れる嫌な音が響く。冗談じゃない、こんなところにいたら長引くに決まっている。

こんなところ、とは。何がどうなってこうなったのか聞きたいが、俺が目を覚ました場所はルークの部屋だった。嫌というほど見覚えのある景色にいっそ吐き気すら覚える。キムラスカ・ランバルディア王国の首都バチカル。ファブレ邸だ。

「あそこで誰と契約した」
「言うわけねぇだろ。なんでお前に言わなきゃなんねぇんだ」
「……おいというか第五音素の結晶はどこへやった!?テメェ身に着けてねぇだろ!」
「馬鹿かお前!!あの状況であれを加工してる時間なんかあるわけねぇだろ!!」

いや持ち歩いてはいるけれど。ぎりぎりと剣を合わせながら睨み合う。今にも斬り殺してやるという気配が滲み出ているものの、この邸にいる者たちは止める気配がない。どうなってんだ馬鹿なのか、馬鹿か。

「つーか早く逃げさせろよ…!あいつら戻ってきたらどうするんだ!」
「今日は戻ってこねえよ」
「へ?…っと、と、」

急にルークが剣を引いたから、思わず前につんのめる。慌てて剣先がルークに当たらないようにコンタミネーション現象で左手に同化させると、目をぱちくりとさせてルークを見つめた。どういう意味だ?

すると、呆れたようにルークは深くため息を零して。そうして腰に差している鞘に剣を収めてから俺に視線を向けた。

「プラネットストームの停止への合意を求めてそれぞれ国へ戻っている。ナタリアも城から出れねぇだろうから、今ここには俺しかいねぇよ」

ティアはどうやらダアトへ向かっているらしい。そういえばイオンに取り次ぐとか言って、ユリアシティで倒れてたのか。そのままバチカルに運ばせるとか、こいつも趣味悪すぎるだろ。

「それでいい加減お前は」
「ヤダ」
「………おい、まだ何も言ってないだろ」

誰もいないと分かって、少しだけ安心した。ちょっと気が抜けてその場に座り込む。具合が悪いのか、と慌ててルークが顔を覗き込んできたが「なんでもねぇよ」と伸びてきた手を払う。そして睨み付けるようにルークを見上げた。

「言いたいことは分かる。”戻ってこい”って言いたいんだろ」

ぐっとルークが言葉に詰まったのが聞こえた。やっぱりな、と心のどこかで呟く。キムラスカに俺の王籍が残っているのは、当然知っている。破棄したいとは言ってあるけど、どうせあの父上と母上のことだ。破棄なんてしているはずもない。

「やーだよ。そもそも俺、ここに住んでたことすらねぇのに」

押し黙って返事が返ってこない。返す言葉もないんだろう。だってルークは俺が"ルーク"じゃないと知っているから。

「押し付けんなよ、俺に。それは"ルーク"に言わなきゃいけなかったことだろ。俺に言われても困る」

捻くれてるなぁ、とは自分でも思う。ルークが顔を顰めたのがよく見えた。呆れたようにため息を零したがルークが先程の言葉を撤回する様子もなければ、俺の言葉を否定する様子もない。ってことは図星だったってことだ。

「居場所がないわけじゃないんだし、いいだろ。いい機会だからお前からも言ってくれよ。いい加減父上も俺のこと諦めてくんねーかなー」

視界の隅に強く握られたルークの拳が見える。爪が食い込んで今にも血が出そうだった。けれど殴りかかってくる様子も、何かを言う様子もない。かける言葉がないってことだろう。だったら俺なんかここに連れて来なきゃいいのに。

「フレイ?ルーク?」

声が聞こえた。その声に気付いて立ち上がる。ふらり、と。建物の陰から姿を見せたのは以前見た時よりも全然元気そうな母上の姿だった。俺の名前呼んでたことから、ここにいることはとっくに知っていたのだろう。

「どうしたのです、二人揃ってこんなところで…。兄弟喧嘩でも?」

くすくす、と楽しそうに笑っている。俺とルークがこんな風に話をしているのが、とても珍しく、そして嬉しいんだろう。身体が弱くて一人しか子を産めないと言われたいたから、二人も息子がいる事実が。

「そうですね、喧嘩していました」
「あら。仲直りはきちんとするのですよ?」
「大丈夫ですよ。もう仲直りはしたので」

ねぇ?と意地悪く笑ってルークへ振り返る。ぐっと言葉に詰まったものの母上がいる手前か下手なことは言えないらしい。「はい、」と素直に頷いたルークに満足して、俺はまた笑った。うん、悪いやつだなぁ。俺も。

「ふふ、それは良かった。ああ、そうだフレイ。お前はいつまでここに居れるのです?ダアトでも仕事があるのでしょう?」

思い出したように、少しだけ母上が寂しそうな顔を浮かべる。申し訳ないな、とは思うもののそれだけだった。さて、どうするべきか。

「そうですね。今日中には戻らなくては」
「おい…っ!!」

明日になればナタリアがここを訪れてくるだろう。アルビオールを使って、ジェイドも。そもそも俺がここにいる理由もないんだ。ダアトに戻れば山のように仕事は残っているわけだし。ルークが何かを言いたそうに口を開いていたが、結局はそれっきりだった。

「そうですか…、まだ少し時間はありますよね?三人でお茶でもいかが?」
「ああ、いいですね。ですが、外ではなくて中でお茶にしましょう。何なら茶菓子は作りますよ」
「あら、フレイの手作りが食べられるの?それは嬉しいわ」

早急にこの場から立ち去りたい。手頃にできる料理でも作って、そうだ、薬でも盛れば逃げられるだろうか。ルークさえ眠らせてしまえば簡単に逃げられる。早いところ、ダアトに戻りたい。

急かすように母上の背中を押しながらその場から逃げるようにして歩く。途中で母上が「どうしたのです、ルーク」といつまでも動こうとしないルークに声をかけて、早くと促していた。どうせルークは断ることなんてできないだろう。やっぱり、「はい」と頷いただけでついてきた。

ここが嫌いなわけじゃないけど。やっぱりどうしても、俺は"ルーク"じゃないんだよなぁ、って思ってしまう。それがより一層強く感じられるこの場所だからこそ、早くダアトに戻りたかった。

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