だからこの手は離さない
「……………さすがにキレるぞ俺も」
ダアトに戻って二時間後。イオンに帰還報告をしに行ったときだった。疲れ切った顔をして大量の書類に向き直っているイオンに戻ってきたことを告げたら、物凄い笑顔で告げられた。
曰く、「ユリアシティにレプリカ難民が押し寄せてるらしくあそこの連中がキレかねないからちょっと行って様子を見て何なら数人引き取ってこい」ということらしい。いや久しぶりに正規の任務なわけなんだが。
ここ数日まともにベッドで眠った記憶がない。必要な人員はあとで送るから、と問答無用でユリアシティへと連行された。アリエッタのライガに乗せられて船より早いと噂のアラミス湧水洞をまっしぐらだ。そして譜陣の上に突き落とされたというこの酷い仕打ち。なんだよ全く。
「これ終わったらぜってー惰眠をむさぼってやる…」
引きこもり時代が懐かしいとはまさにこのことである。とりあえずさっさよここの市長と話をつけて終わらせたい。ちょっと前にイオンが手配したらしい人員ももうすぐこちらに着くことだし、まぁ話もすぐにつけられるだろう。
ユリアシティ内を歩き進んでいく。もうすぐ目の前に市長がいると思われる会議室がある。さて、と意気込んだところで目の前の会議室の扉が開いた。
「あ」 「あ」
同時に同じ単語を発してしまったのは、偶然だ。別に狙ったわけではない。ちょうど会議室から出てきた目の前の人物と同時に顔を引き攣らせる。嘘だろ、ここで遭遇するとか…
「ルーク?どうなさったのです?」
ひょっこり、なんともまぁタイミング悪くナタリアがルークの後ろから顔を出した。そこでようやく俺の存在に気付いて、悲鳴に近い声を上げる。やめろ大騒ぎになる。
「まぁ!フレイではありませんか!」
ちっと舌打ちをしてその場から飛び退いた。ルークが少し困った顔をして、それから続くようにしてぞろぞろと会議室からそろいもそろって出てきた。呆れた顔をしたアニスと目が合う。疲れてんなアイツ。
「お前らがいるなんて聞いてぬぇーぞ…」 「こっちだって聞いてねぇよ」
ギロリと睨まれた。そういえば今回は同調フォンスロットは危険すぎるからと繋いでない。あれ、あった方が便利だったな。いやどうせあれは被験者が優位に働くようになってるから、あったとしてもあまり意味はないかもしれない。うん。
「何故あなたがこのようなところに、」 「うるせーな。いいだろ別に」 「その態度はないじゃない」
ナタリアとティアに立て続けに問われる。俺がどこで何しようが関係ねぇだろ、と言おうとして。そういえば俺ってば六神将だし、こいつらにとっても敵か味方か図りかねてる相手だから関係なくはないか、と妙な納得をした。
だからってちょっと面倒だ。がしがしと髪をかき回しながらまた舌打ちを零して答える。
「たく…、イオンからの勅命でちょっとな。内容までは言わねぇぞ」 「おやー、ではちょうどよかった。イオン様にお伝え願えますか?プラネットストームの停止と預言に関する会議をしたいのでダアトの場をお貸しいただけますか、と」
相変わらず食えない態度のジェイドが最後に会議室から出てきた。ああ、そういえばプラネットストームを止めるだなんて話もあったな。ダアトの場で会談をしていたことはぼんやりと覚えている。"前"はトリトハイムに取り次いでたっけ…。
「なんで俺がお前らの伝言係をしなきゃなんねぇんだよ」 「フレイ様ぁ…」
アニスが困った顔をしてこっちを見ていた。ダアトに戻りたいだろうに振り回されて、さすがに疲れたんだろう。うるっと少しだけ目が潤んだ気がして思わず言葉に詰まった。
「ちっ、分かったよ。貸してくれるかどうかは知らんから確認しに来い」 「おや。随分と素直ですね」 「俺は生まれつき素直なもんで」
誰かさんと違ってな、なんて返す余裕もなくてそれは心の中だけに留めておく。さっさとテオドーロと話をしてレプリカの保護に関しての話をまとめたい。見た感じ、この街にはそれなりの数のレプリカがいた。迫害されて逃げて来たんだろうか。
迫害、と考えて、少しだけ頭が痛んだ。
「もう一点、いいですか」
歩み始めた俺の腕をジェイドが掴んだ。咄嗟に振り払い振り返ったら、真っ直ぐに赤い瞳がこちらを見つめている。いつになく真剣な様子に首を傾げる。
「なんだよ」 「……貴方、兄弟はいますか?」 「はぁ?何を馬鹿なこと。いねぇよ、残念ながらな」
ルークのことを示しているならばまだ分かるが。どうにも違うようだ。顔を顰めて睨み返す。俺からの返答がそれっきりないと知っているはずなのに、ジェイドからの視線は逸らされることもなく口が開かれることもなかった。なんだってんだ。
答えは、予想外の方向から聞こえてきた。
「…モースに第七音素を注入していた」 「…誰が」 「お前が、だ」
答えたのはルークだった。アニスの抗議するような声が聞こえてきたが、残念ながら俺が返せたのは「はぁ?」という呆れた単語だけだった。
「瞳の色は同じで、背丈も同じくらいだったな。違ったのは髪の色か…黒かったが、微かに赤かった。……覚えはねぇか?」
背丈が同じくらいで、瞳の色は緑。黒がかった赤ということは恐らく染めたんだろう。赤に染めるのは難しいから、赤かったのを黒く染めたはずだ。赤い、髪なんて、キムラスカ王族しか思い当たらない。
キムラスカ王族?
「……っ!おい、そいつはどこに行った!?」
ひとり、思い当たった人物がいた。慌ててルークに駆け寄るとその胸倉を掴み上げる。ふざけるな、冗談じゃない。
「ちょ…っ、落ち着け!バチカルでかなり前に会った。もういるとは限らない」 「くそ、なんだって誰も…っ、おいルーク、これをテオドーロに渡しておけ」
ルークに当たったところでしょうがないことは分かっていた。そして今俺がすべきことはここでレプリカ問題について話し合うことでもない。つーかこんな仕事、俺じゃなくてもできるはずだ。
そう思い立って、イオンから預かってきた書状をルークへと押し付ける。疑問すら与える隙もなく捲し立ててそれをルークのポケットにねじ込んで、手を振り払って、走る。ダアトの船を待つよりもアラミス湧水洞に通じる道を使った方が早い。
確かめなきゃ、いけない。ダアトには誰が戻っているだろうか、とぐるぐる余計なことを考えながら走る。そういえばイオンからのおつかいをきちんとできなかったのは初めてだ。怒られないだろうか。
「フレ、イ、様っ!!」
後ろから走ってきた声に、焦って足を取られた。段差を踏み外して後ろへ倒れる。しまった、追いかけてくるとは思わなかった。「危ない!」と悲鳴のような声が聞こえたけれど、振り返った先には真っ暗な闇が広がっていて、何も見えなかった。
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