「どうするです?リグレット」
「………面倒だな」

少し遠くに見えた紅の髪を持つ男と、その周囲にいる奴ら。とてつもなく見覚えのある姿にアリエッタが顔を顰めた。当然、同じようにリグレットも。まさかここで出くわすとは思わなかったのだ。

いや、アリエッタには覚えがあったのだが。"以前"もここで"ルーク"たちに会った。ママの敵だからとチーグルの森で待つと告げたことが遠い昔のことのように思う。今は別に、あいつらに特にこれといって特別な感情は抱いていなかったが。

「あいつら、勘違いしてる、です。このまま出てってもいいけど、すごくめんどくさい…」
「勘違い、な」

フレイと敵対しているところを見られている。別にそれがリグレットやアリエッタの偽物だとは言わない。聞いていた、"前"に六神将のレプリカをヴァンが作っていたことを。完全同位体ではなかったとは思うが、完全同位体が生まれてしまう可能性も大いにある。そうなれば悪影響がないとも限らないし、わざわざレプリカを作らせる必要もない。

だから、ディストが協力したふりをして、あたかもヴァンに従うレプリカかのように振る舞っていただけのことである。みすみすレプリカを作らせるほど馬鹿ではない。

「……で、アリエッタはこんなところで何してんの」
「ひゃあっ!?」

瓦礫の隙間からひょっこり。見えたのは大きなぬいぐるみの頭だった。驚いて悲鳴を上げたアリエッタはリグレットに抱き着いて今にも泣き出しそうだ。

「…アニス、もう少しまともな出方はできないのか」
「てへ、ごめんなさーい」

一応は上官であるリグレットにわざとらしく笑って答える。ぬいぐるみの影から顔を出したアニスにアリエッタはさらに目を潤ませた。

「うっ、アニスのばかっ!びっくりしたんだから!」
「だからごめんってば。それよりなんでここにいんのよ。イオン様は?」

アリエッタが導師守護役に戻ったことはアニスとて知っている。そしてアリエッタがフレイを裏切ったとも思えなかったので、ザレッホ火山でのあの態度は何か理由があるのではないかとアニスは思っていた。もちろん、あの時アリエッタのせいでフレイが火口に落ちかけたことは根に持っているが。

「ていうかぁ…、ザレッホ火山のこと怒ってんだからね」
「う…、あれは…アリエッタだって、びっくりして…、あそこでフレイ、来ると思わなかった、から、」

そしてまた泣きそうになる。アニスがぎょっと目を見開いてあからさまに動揺した。アニスはフレイが音素の意識集合体と契約していることは知らない(実際はフレイが契約しているわけではないのだが)。それに伴う副作用のような症状も、知らない。知っていて危険に巻き込んだのだアリエッタだ。

「もういいだろう。アリエッタだって反省している」
「う…、分かってるけど…。ところで、フレイ様たちって来てないの?」

こっそり抜け出してきたのだろう。声を潜めて会話するのは誰がどこで聞いているか分からないからだ。一応周囲に誰もいないことは確認済みなのだが。

「別にアニスには関係ないし」
「……根に持たないでよアリエッタ…」

むすっと拗ねた顔をしてはぐらかすアリエッタにアニスは呆れた顔をした。アリエッタだってアニスがその情報を彼らに漏らすだなんて微塵も思っていないのだが。

「二人とも」
「あらラルゴ。あの二人はどうしたの?」

子どものような睨み合いをしているアリエッタとアニスは放置して、建物の中から出てきたラルゴはリグレットに声をかけていた。あの二人、相手にするだけ無駄である。

「…いや、それが…」

リグレットの質問に何とも歯切れが悪く視線を逸らすラルゴ。その姿に違和感を覚える。どうした、と再び問いかけるとなんとも言えない顔を浮かべたまま口を開いた。

「ここにはいない」
「いない?どこから逃げ出したと…」
「お前が言っていた、あのグランコクマのときの現象と同じだとは思うが」
「……こんなところで?」

もっともな疑問である。ラルゴとてそれが事実かどうかすら分からないのだ。けれど二人が消えたときの状況を思い出すが、あの時の感覚に嫌な感じは全く感じられなかった。アニスには聞こえないように会話を続けているが、それも限界だろう。アリエッタとアニスが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「まぁ…彼も一緒ならば大丈夫だろう。引き上げるぞ、アリエッタ」
「え?兄様とリンは?」

やっぱりいるんじゃん、とはアニスの呟きである。しかしリンもいるとなると下手に探さなくてよかったかもしれない。どうにもアニスはリンが苦手だった。

「大丈夫だ。それより彼らに見つかる前に出るぞ」
「既にアニスに見つかっておいて何を…」
「何か言ったか、ラルゴ」
「いや、何も」

ちゃき、と音を立ててラルゴの頭に向けられたのは譜銃だ。リグレット全く容赦がない。苦笑しながら手を上げて首を振るがリグレットの鋭い視線は消えることはなかった。そんなに苛立たなくても、とはラルゴの心境である。

「アニス、あとは頼んだ」
「へ!?ちょ、冗談でしょ?!やだよあたし!」
「グリフィン、呼んだ」
「ちょっと!?ねぇちょっとってば〜っ!やだよもうあたしも帰りたい〜〜!!」

三匹の魔物に連れられてフェレス島を後にしようとする三人に向かって、アニスは大声を上げた。いっそのこと見つかればいいのにとの思いで声を張り上げる。残念ながら、ルークたちがそんなアニスの姿を見つけたときにはリグレットたちは既に手の届かないところまで行ってしまっていた。


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