強がるほどに傷は増えて


せっかくケテルブルクにいるっつーことで、セフィロトからローレライとなんとか交信ができないかとロニール雪山のセフィロトに来てます。一人でって言いたいところだが、街から出る途中で見つかってしまった。あろうことか、イオンに。

「フレイ、確かローレライってヴァンに取り込まれたんですよね?セフィロトに行って接触できるものではないと思うんですけど…」

僕を置いていくならリンを呼びつけますよ。と、にっこりとした非常にいい笑顔で言われたので思わず連れてきてしまった。帰ったらシンクに二人とも怒られるパターンだろう。まぁいいけど。

遺跡の中をパッセージリング目指して歩く。以前ここに来て仕掛けを解除してあるから、比較的楽に進める。今の俺のレベルからしたら魔物も全然強くないから、本当に散歩気分だ。いや気は抜けないんだけど。

「さすがにヴァンにローレライの力全部を取り込むのは無理だろ。いくら素養があるっつっても、その量は莫大なわけだし。欠片くらい地核に残ってるかなーと」
「そう言われればそうですけど…。もう僕、この辺りには死んでたので全くこの先の展開が読めないんですよねー」

実に楽しそうにそんなことを言うイオンの言葉に苦笑する。ここに来る直前に惑星預言を詠んで死んでるわけだもんな、"前回"は。

「ま、なるようになるだろ。俺だってこれからどうなるか予想できねぇし」

正直言ってこの辺りの記憶が曖昧だ。うーん、確かモースがなんか脱獄したりあたりは覚えてんだけど。あとあれだ、エルドラントが出てきたりする辺りは。

「ふふ、そうですね。なんだかちょっと楽しみです」
「そうか?」
「ええ。自分が死んだあと、こんな風に世界は動いていたのかなぁと思うと、なんともね」

実に楽しそうに笑っている姿がとっても似てた。誰にって、俺の正体を知ったときのリンの表情に。そりゃ被験者なんだから似てるんだろうけど。それを思い出して、ちょっとだけ笑ってしまった。

「何を笑っているんですか?そんなに変なこと言いました?」
「いや…、別に。楽しそうで何よりだ」

どうせ生きてるなら楽しい方がいい。そういって笑うと、一瞬イオンが目を丸くしたがすぐにまた笑顔になる。あーイオンはやっぱり一番癒される。フローリアンも癒されるっちゃそうなんだけど…あいつの場合騒がしさの方が勝るから。

それにしても、イオンと二人きりになるのは随分と久しぶりな気がする。この旅が始まってから、二人きりになることもあまりなかったし。

「…フレイ、誰かいます」

なんてぼんやり考えていたら、隣を歩いていたイオンの足が止まった。それにつられて俺も足を止める。もうすぐそこにパッセージリングがある。ここまで来て誰かに遭遇するだなんて、ついてない。

「複数…、じゃねぇな。うーわ、ヴァンだったらどうする?」
「ぶちのめすに決まってます」

にこやかに言い放つ様は随分と楽しそうだ。いや、どっちかっていうと楽しさは楽しさでもそういう楽しさは俺は望んでねぇから、イオン。導師の口から「ぶちのめす」だなんて聞きたくなかったから。

「俺見てくるから、ちょっと待っててくれ」

ぽんっとイオンの肩を叩いて前に進もうとすると、途端にぐいっと服を引っ張られた。「うおっ」と口からそんな言葉が飛び出るけど、さすがに転びはしなかった。

「馬鹿ですかフレイは!もしヴァンだったらあなた一人でどうするんです!第五音譜術使われて死亡ですよ!?」
「勝手に殺すな!!」

出だしが「馬鹿」なところがシンクを思い起こされて、ほんとこいつら…さすが"導師イオン"。そういえば怒るとき、リンも大抵出だしが「馬鹿」な気がする。語彙力ねぇだろ実は。

「だからってなー…」
「おい」
「うおああっ!?」

困ったようにイオンを見て頬をかいていたら、後ろから声を掛けられた。あまりに驚いて飛び上がって、そして目の前にいたイオンにしがみつく。別にお化けだなんだと勘違いしたわけじゃない。誰だって誰もいないと思ったところから声を掛けられたらびっくりするに決まっている。

「……へ、…ルーク?」

驚いて振り返った先には、酷く呆れた顔をしたルークが一人で立っていた。その後ろを見るも連中の姿は見えない。

「一人ですか?」
「ああ。それにしても驚きすぎだろう」
「…は、はははは…」

イオンの疑問に素直に答える。なんだってルークがこんなところに。質問に思わず乾いた笑いで返してしまった。おっとルークの眉間に皺ができている。

「おい、少しこいつを借りてもいいか」
「………本当に一人ですか?」
「そうだと言っている」

何故俺と話をするのにイオンの許可が必要なんだ。淡々と返すルークとは反対に、イオンは非常に嫌そうな顔をしていた。何がそこまで嫌なのかが全く分からない。ていうかなんでわざわざ俺とイオンを引き離す必要があるんだか。

…残念ながら口を挟めそうな状況じゃないが。

「他の皆さんは…」
「ベルケンドだ。ローレライと接触してくると言ってアルビオールで送ってもらった」
「……はぁ、さすが言ってることが同じですね…」

何とも言えない呟きがイオンの方から聞こえてきて、思わずイオンを睨み付ける。おいこら今なんか余計な言葉が聞こえたぞ。ルークも何かしらの意図をその言葉に感じたようで、顔が険しくなっている。

「いいですよ、別に。ただしあまりにも長かったらリンを呼びますからね」

ドン、と背中をイオンに押された。おい、引っ張ったり突き放したり相変わらず行動が読めないぞお前。軽くつんのめりながらも前に出る。ルークにぶつかる寸前でなんとか止まると、抗議の声を上げるためにイオンへ振り返った。

「お前な!俺の意思は無視か!」
「ルークに用事があるって言っていたのはフレイもですよね?」
「……あー、いや、そうなんだけど、」

きょとんと首を傾げて至極不思議そうに言う。それをリンやシンクが言うのであれば「お前ら何を考えてる!?」と言うところではあるが、相手はイオンだ。純粋に何も考えていないだろう、…いない、と…思いたい。

「そうか。じゃあ借りるぞ」
「は?いや、ちょ、待てって…!」

ぐい、と腕を引かれてそのままずるずると奥へと引きずられていく。イオンはめちゃくちゃ笑顔で「いってらっしゃーい!」だなんて手を振っている。お前マジでふざけんなよ。

パッセージリングの前辺りに来たところで手が離された。振り返るとイオンの姿がかろうじて見えるくらいの距離だ。さすがにイオンを一人きりにするのはルークも躊躇われたようで、一応見える距離にしてくれたらしい。ありがたいんだか何だか。

「たく、その様子じゃろくに覚えてねぇんだろ」
「へ?何が?」
「だから、この時期にロニール雪山を訪れることをだ」
「……あー、そうなの?いやさ、大地降下作業から向こう、あんま覚えてねぇんだよな…」

言われて、初めて「そうなのか」と思った。別に忘れているわけでもないらしく、言われてもピンと来なかった。多分ごっそり抜け落ちてるんだろう。

曰く、大爆発が起きたときに近ければ近いほど記憶が曖昧らしい。過去に遡る形で新しい記憶からどんどん持って行かれたようだ。

「あいつらと鉢合わせになるのはマズイだろ」
「あー、まぁ。めんどくせーしな」

苦笑して答える。何がめんどくさいって、あのやりとりが非常にめんどくさい。そして俺は全くこの後の展開を思い出せないでいるわけだから、余計めんどくさい。シンクの相手をするだけで既に厄介なのに、それに付け加えて厄介な相手などしてられるか。

「で、お前何しに来たの?それを言いに来たわけじゃねーだろ?」
「そんなわけねぇだろ。これだ」

ぽいっと投げて寄越されたそれは赤い石だった。ん?と一瞬思ったものの、第五音素の気配を感じたからルークが作ってくれた音素の結晶だろう。いや、ていうか、

「原石そのもの!?お前もうちょっと何とかしてこいよ!!」
「んなことしてる時間なんかねぇよ」
「え、つまり時間があれば加工してくれたってこと?お前いつから俺にそんなに甘くなったの?」

単純に驚いて目を丸くする。てっきり「テメェ相手になんでそんなめんどくさいことしなきゃなんねぇんだ屑が」とか言われると思ったのに。きょとんとしている俺にとんでもないことを口走ったと気付いたらしいルークは、見る見るうちに顔を赤くして、そして。

「調子に乗るな!!」

思い切り頭を叩かれた。理不尽にもほどがある。

「いってぇ…、」
「今のはテメェが悪い」
「どこが!?俺は全面的に悪くねぇだろ!」

一人で勝手に照れて怒ったのはルークの方なのに、なんて理不尽な。

「契約のことはあいつらには言っていない。次いつ二人で会えるか分からねぇんだからそのくらい自力でなんとかしろ」
「…へーへー、なんとかしますよ」

ケテルブルクだし、ていうかピオニー陛下の私邸にいるし、宝石技師とかそのくらいの知り合いくらいいるだろう。なんならグランコクマに寄ってピオニー陛下に紹介してもらってもいいし。アスランもそういうの知ってそうだしなー。なんとでもなるには、なる。

「あと何体だ」
「何が?」
「……残りの契約!そのくらい分かれ!」

怒鳴り返されたけど、これは俺、もしかして心配されてる?それを聞けばまた怒るだろうから聞かないけど。ルークに隠す理由もないので(どうせ全部知ってるし)素直に答える。

「あと4体…かな。そもそも契約者が検討もつかねぇからどうしようとは思ってんだけどさ」
「だいぶ残ってるじゃねーか」

呆れたようにルークがため息を零した。なんだよ、そんな呆れなくても。つーかこっちだっていろいろバタバタしてたから契約だけに時間を割けるわけじゃないんだっての。ヴァンが動き出す前にそれができればよかったんだが。

ダアトに大量の仕事が残っていて、身動きが取れなかっただなんてとてもじゃないけど言えない。

「…第六音素の意識集合体と契約するときは、呼べ」
「へ?なんで?第六音素…っつーと、レム?」
「ああ」

突然のその要求にまた目が丸くなる。なんだってまた第六音素の意識集合体、レムのときだけそんなことを言うんだ。第五音素の意識集合体からなんか聞いたのか?レムだけすげぇ気性が荒いとか…というわけじゃなさそうだ。

「なんでだよ」
「なんでもだ」
「答えになってねぇ」
「いいから!呼べっつったら呼べ!いいな!」

思い切り怒鳴られた。なんだって俺こんなに怒られなきゃいけねぇんだ。

「……めんどくせーなー…」
「おい、今なんて言った」
「へーへー、なんでもありませんよぉーだ」

ふくれっ面してそう零す。ぴきりとルークのこめかみが引き攣ったのが見えた。おお、怖い。これは本格的に怒り出す前触れだ。その嫌な予感を感じ取ってすぐさま歩き出す。後ろから呼ぶ声が聞こえてきたが無視だ、無視。

「わーったって。呼ぶから。イオンがそろそろ拗ねそうだから俺は帰るな〜」
「おい、お前何しに来たんだここに」

ひらひらと手を振って返す。呆れたような声からはさっき感じた怒りの感情は感じ取れなかった。

「ローレライと接触しに。セフィロト来れば向こうから何かしら来るかとは思ったんだが、どうもそんな気配ねぇし。諦めて帰る」

こっちから接触しようにも、ローレライとの回線なんて俺から繋げるわけもない。ローレライと契約しているわけでもねぇから、召喚するなんざ無理だろうし。それに地核に力を残してるからとはいえ、ヴァンに取り込まれている今召喚なんてできないだろう。諦めよう。

「んじゃ、またな〜」

そう言い残してイオンのところまで走る。その音に気付いたらしいイオンが顔を上げて俺を見た。少しだけ走って、駆け寄る。「もういいんですか?」という言葉に「めんどくせぇもん、あいつ」と笑って返す。ちょっとだけ意外そうにイオンが笑っていた。

「思ったより穏やかに会話していましたね」
「そうか?すげー怒鳴ってたけど、あいつ」
「ですが"前"よりも随分と関係は良好みたいで、安心しました」

僕も人のことは言えませんが、とイオンが苦笑する。うーん、と首を捻ってみる。確かに"前"は"アッシュ"と"ルーク"の関係は決して良いものとは言えなかった。と、思い出せるもののその記憶に伴う感情を俺は一切持っていないわけだから、なんて返したらいいのか。

まぁ、他の誰と会話するよりも、一番楽に話ができるのは、事実かもしれない。うーん、なんとも不思議な感覚だ。別に普段無理をしているわけでもないけど。そんなことを言えばアイツは「嘘つけ」というかもしれないが。


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