勝敗を決めるカード


艦橋は騒然としていた。神託の盾兵が忙しそうにあっちに行ったりこっちに行ったり、俺に報告したり、寝ているライガを踏まないようにしていたり。艦橋の一番高い所にいる俺が、神託の盾兵から報告をもらっているのを見ながら、フローリアンとシンクはそちらに近づいた。何故か、俺の操縦席の背後。そこにあるテーブルとイスにアリエッタが座って絶賛お茶中だ。仕事をしている俺の背中を見ながら。そこに艦橋に入ってきたフローリアンは何の躊躇いもなく座り、シンクはため息を零していた。

「うん、進路はこのままキムラスカに入る。マルクトには連絡してあるから問題ない」
「ルーティス響将!」
「ん?」

シンクが椅子に座ったころ、別の神託の盾兵が艦橋へ入ってきた。珍しくファミリーネームの方で呼ばれたから、一瞬気付けなかった。余談だが、シンクとフローリアンのファミリーネームはリンと同じになっている。どうやらリンがめんどくさがったらしいが。本当に余談。一人、その神託の盾兵は何やら紙を持っていた。何だろうか、と思えばその手紙を差し出される。二通あるみたいで。

「響将宛てに、ダアトへ届いたようで」
「俺に?」

その兵は礼をすると、それを俺に手渡して持ち場へ戻って行った。どうやらトリトハイムがわざわざアリエッタの魔物便を使って寄越してくれたみたいだ。やっぱり、教団運営をしばらくトリトハイムに任せてきて正解だったかもしれない。そこそこ偉い奴に指示を回し、アリエッタとフローリアンの間にある空いた椅子に腰を下ろす。目の前にいるのがシンクっていうのは居心地が悪いような、良いような。大体いつも俺の正面はリンかイオンだ。今日ばかりはいないから、仕方ない。

「で、それどこから?」
「んーと、一枚はマルクト…あぁ、なんでか知らないけど陛下からだ」

げ、とあからさまに顔を歪めたシンク。そこまでピオニー陛下を嫌わなくてもいいのに。まぁ生理的に受け付けないらしいが。それはそれで酷い言い方だ。とにかく、中身を開いてみなければどうしようもないから、と開いてみる。一枚はテーブルの上に置いて。神託の盾兵がこの状況(艦橋にテーブルを出しくつろぐ六神将な光景)に酷く慣れているようで、紅茶を出してくれた。うん気がきくな神託の盾兵たちよ!


一枚、陛下からの手紙を開いて中身を取り出す。そこには“すまん、何か知らないが和平の使者に任命したところジェイドが[戻って]きてしまった。俺のせいかもしれないということでジェイドと接触した頃に手紙を書いたぞ!怒られるのは嫌だからな!まぁせめてもの償いとしてだ、壊れていた橋の修理手配はしておいたから、いつでも、マルクト側からアクゼリュス救援は出来るぞ!しばらくしたらアスランをタルタロスの兵の回収させつつ向かわせる。……フレイ、俺を怒るなよ”と書いてあった。

陛下のせいか、とシンクの前で言えるわけもなく。アクゼリュス救援のことについて、とだけ言ってその手紙はそっとしまった。これはあとで破棄しよう。もう一枚を開ける。こっちはアニスからのものだった。そこにはセントビナーでイオンと合流するという内容のもので、流し読みをしてそれをテーブルの上に戻す。シンクもアニスからだと気付いたのか、特に何も言ってはこなかった。

「それでアクゼリュスの件はどうなってるわけ?」
「特務師団と、あとはマルクト軍だけだな。あてになりそうなのは。…どうにもカンタビレは戻ってこれそうにないらしい。間に合うか微妙だから、当てにしない方がいいだろうし」
「パッセージリングをいっそのこと操作しちゃえば?」

聞いていたのか、フローリアンが顔を出した。その手には紅茶のカップが握られていて、そのフローリアンの発言にシンクが目の前でため息をついたのが見えた。それが聞えたのか、フローリアンはむっとなってシンクの方を見ていた。分かっているんだろうけど、自分よりもシンクの方が頭がいいことは。まぁフローリアンの場合経験の差ってところだろうけど。

「それでもいいんだけど、髭に邪魔されるでしょ?」
「フレイの立場が危うくなる、です」
「むぅ〜!だってどうせザオ遺跡行くんだからさ!」


アリエッタにも同じことを言われて、本当に少し不機嫌気味になっている。そのフローリアンに苦笑いしながら、同じことを考えていた。確かに、パッセージリングさえ動かせれば住民を全て避難させずとも、崩落否降下してからでも十分に間に合う。正直言って時間がない。避難民のための物資の調達で既に神託の盾もマルクトも動いてるだろうし、早々に軍を派遣するのは怪しまれてしまう。

フローリアンの言うとおり、ザオ遺跡にどうせ行くことは決まっているんだからそこでやってしまえばいい。けど、アクゼリュスで髭がパッセージリングを見たときに気付いてしまったら終わりだ。俺が操作出来るとは知らないだろうけど、まぁ怪しまれるだろうな。けど、そこで髭がパッセージリングに目が行かないほど動揺するようなことってなかなかない。



「………そうだ、いいこと思いついた」

ぽつり、と呟いた俺に気付いたのか三人の視線がこっちに向いた。俺の知る限り、一人だけいる。髭を存分に動揺させられる人間が、一人だけ。しかし、なんで思いつかなかったのかが不思議だが。何のために用意させたんだっけ、俺。

「ようはアクゼリュスで髭がパッセージリングなんか気付かないほど動揺すりゃあいいわけだろ?なら簡単だ、あー解決解決。」
「何処が!?ていうか、何しようとしてるのさ!!」

一人で勝手に解決と言っていたら、なんかシンクが反抗してきた。それほどきになるのかな。それとも、俺には任せておけない的な?なんだかんだで一番に過保護なのはシンクなんですけど。ちょっとそう思ったり。にこにこと笑顔のまま紅茶を片手に、隣にいるフローリアンの方を向く。ちょっと驚いた風に構えているのは、さっきの甲板でのやりとりのせいもあるだろうけど、俺は特に気にしてない。まぁ気にしないようにしてるんだけど。

「フローリアン、ちょっとお仕事な」
「なに!?」

仕事、と聞いて嬉しそうな顔をしていた。どうせ連絡だけだから、フローリアンで十分だろ。俺がフローリアンを指名した時点でロクなことじゃない、と思ったのかシンクがため息をついていたのが見えた。アリエッタも首を傾げているが、正直シンクも何を分かってないだろうな、と思った。俺が笑顔でフローリアンに頼みごとをした、その内容にほぼ絶叫していたのが耳に残る。

「アッシュに連絡だ」

はぁい!と元気よく挨拶をして駈け出して行ったフローリアンに、少しだけすっきりして笑っていたらシンクに思いっきり頭を殴られた。

|
[戻る]