手を伸ばして空を掴んで


がたん、と物音がしてその音に目を開ける。先程までいた謎の空間とは打って変わって、いつもとなんら変わらない風景だ。ただその天井はここ最近ではあまり見ることのないものでゆっくりと身体を起こして周囲を見る。

「あ、起きたかルーク」
「……どこだ、ここ」

視界に最初に映ったガイの姿に問いかける。苦笑しながらガイが「教会の一室だよ」と答えた。その答えにどこか釈然としない。

「フレイはどこだ」

まずそれか、とガイが困った顔をした。見渡せば部屋にはルークとガイの姿しかなく、他のメンバーの姿がない。ちらりと視界に映った時計を見るとザレッホ火山に向かってから半日ほど経っているようだ。

「え、ええっと…」

答えづらいのか、しどろもどろになりながら視線を逸らしたガイにルークの眉間に皺が寄る。そのタイミングでガチャリとドアノブが回される音が聞こえてガイとルークは同時に顔を上げる。

「突然倒れたあなた方をここに運んだ直後にいなくなりましたよ。六神将と、それからイオン様共々」

とてつもなく不機嫌そうなオーラを身にまとったジェイドが現れた。ガイが顔を引き攣らせているのを見ながらルークは、これはもうずいぶん前から機嫌が悪いんだろうなと他人事のように苦笑いを浮かべた。

「結局イオンは見つからなかったのか?」
「ええ。アニスが教会中を導師守護役と探し回ったのですが、どこにも姿はなかったそうです。勿論シンクやフレイの姿も、ですね」

教会内の機密通路なども守護役は知っている。にもかかわらず導師の姿がどこにも見つからなかったのだという。特にイオンが導師の任を解任されただとか、フレイやシンクが教団を辞めたという話も回っては来ていない。それどころか神託の盾兵に尋ねてみれば「六神将は任務に出ております」との回答しか返ってこなかった。

「とはいえアニスも導師派で“フレイ様だいすき〜”ですから、どこまで情報が本当かは怪しいですね」
「気持ち悪い言い方するな」

アニスの声を真似て同じく兆で喋るジェイドに鳥肌が立つ。さらに険しい顔になっていく自覚はあるが、今のはジェイドが悪い。

「イオンが六神将に捕らわれたってことか?どうするんだ?」
「奪還しましょうか、と言いたいところですが。導師守護役長からこんな話を聞きまして」

曰く、「アリエッタ響手が導師守護役に戻られたので心配ありません」ということらしい。どの守護役に聞いてもその返答しか戻って来ず、いない理由についても「機密事項に当たるのでお答えできません」なのだという。

「探そうにも手がかりがなきゃ無理だろう」

フレイがついているならば大丈夫だと、そう言えればよかったのだがシンクたちが何も言わずに消えたということは、それなりの思惑があってのことだろう。さすがにルークがそんなことを口に出せるわけもなかった。

「そうですね。ひとまずはベルケンドに現れたという預言者を確かめに行く方がいいかと」
「それって確か"前"はシンクのことだったよな?」
「ええ。今回もシンクとは限りませんが…、まぁフローリアンにせよリンにせよ、彼らのうちの誰かである可能性は十分に高いかと」

預言者に預言を詠んでもらうことで、レプリカ情報を抜き取られてしまう。そのため"前回"預言者が現れたケセドニアやベルケンドではそれを原因に亡くなってしまう人が多かった。それを阻止するためにも向かってみて損はないだろう。

「…なぁジェイド、あのリンってやつ何者なんだ?」

ふと、ガイが思い出したかのようにその名前を口にした。思い出すのはザレッホ火山で第七譜石をすらすらと詠み上げ、それはそれは可笑しそうに大爆笑を繰り広げていた姿である。今まで何度か行動を共にしたり、対峙したりはしてきたが、その彼の正体について言及したことはなかった。

「あれほどまでに正確に預言を詠みとれるのですから、ただの第七音譜術士ではなさそうですね」
「あいつもイオンのレプリカ、か?」

ルークが首を傾げて告げた言葉に、ジェイドは返答に困った。それを肯定するだけの確証がない。"以前"はレプリカであったイオンは惑星預言を詠んだだけで第七音素を使い切り乖離してしまった。にもかかわらず、あのリンは惑星預言を詠んでもケロっとしている。その力の違いを見たにも関わらず「彼もレプリカかもしれない」など言うことができなかった。ローレライの力が干渉していれば、また話は別なのだが。

そもそもジェイドは被験者イオンについては詳しくは知らない。それこそ六神将であった"アッシュ"の方が詳しいだろう。

「それも本人、またはフレイに聞くのが一番早いとは思いますが」

聞いたところで、答えてくれるだろうか。アニスに聞いてもよさそうなのだが、アニスが知っているとも限らない。自分たちとよく行動を共にするアニスに情報を与えすぎてしまうのもこちらに情報が洩れる原因になるからだ。

「はぁ…、あいつら一体何を考えてるんだろうな…」

ヴァンの敵なのか、それともルークたちの敵なのか。考えたところで答えは見つからなかった。ルークとしては「奴らはくだらないことしか考えてねぇだろうよ…」と呆れたような返事を返したかったのだが何とか飲み込んで、深いため息を零すだけにとどまった

せめて、もうちょっと信用してくれてもいいのにと。思わないでもない。

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