過去と未来の物語を紡ごう


「………なんだここは」

途轍もなく既視感のある場所。さっきまでといる場所は同じなはずなのに、周囲には誰もいないしさっきみたいにザレッホ火山にいると感じさせる暑さも全くない。ただ視界に移る景色が第五音素の高い濃度のせいかふんわりと全体的に赤みがかっているだけだ。

「あああああマジかよりによってルークだったとか予想外だっつーの!!!」

頭を抱えて叫びながらその場に蹲る。いや、確かに体調は悪かったけど、別にザレッホ火山の深部のように音素濃度が極端に濃い場所にいたわけではないのに、突然感じた眩暈にその時から嫌な予感がしていたんだ。グランコクマでウンディーネと出会ったときのような感覚と似ていたなんて気付かないふりをしていたけど。

どうやら火口に落ちそうだった俺を引っ張り上げたのはルークだったらしい。その証拠にさっきまで手を繋いでいた。事実だけ聞けば非常に気色悪い。

「どういうことだこれは!」
「うるせー怒鳴るな頭に響く…あー吐きそうまじで気持ち悪い」

俺の態度から何かを知っているだろうと察したらしいルークが、すぐそばまできて怒鳴り散らす。ただでさえ第四音素の影響で相対音素である第五音素への耐性が著しく低下しているんだ。それに加えてこの音素濃度。どう考えても死ぬ。

「お、おい、大丈夫か?どうした?」

座り込んだまま明らかに様子のおかしい俺に、さすがに何かを感じたんだろう。ルークがおろおろとしているのが視界の隅に映る。そのままうろうろしててくれ。マジでうるせぇから。

「なんだなんだ。予想外に貧弱だなお前」

突如聞こえた第三の声に、そばにいたルークが殺気立つのが気配で分かった。アスランといいルークといい、声をかけられただけで殺気を放つのはどうかと思う。そんでアスランのときの反応と同じように剣の柄を握っていて、いつでも抜刀できる態勢を取っているのが見える。

「…っせーなぁ…誰のせいだと思ってんだ、誰のせいだと…」

かなりだるいけど、さすがにこのまま斬りかかって返り討ちに。なんてのはごめんだから。ルークの剣に向かって手を伸ばし、その手に制止するように重ねた。怪訝そうにルークが見下ろしてくるのが分かったけど、前回と違って顔を上げることすらダルくてしたくない。もうめんどくさい。

「第五音素の意識集合体、イフリート」
「こいつが!?」

ぽつりとルークに聞かせるように呟いた言葉に、弾かれたようにルークが顔を上げた。だから、大声を出すなっつってんのにこいつは本当に聞かねぇな。癖みたいなもんなんだろうか。

「しっかしなぁ、よりによって聖なる焔の光か。他にいなかったのか?」
「あー…それは同意…けどしょうがねぇだろ…もうめんどくせーからこいつでいいよ早くしてくれ…」
「おいどういう意味だ」

かなりガタイの良い男性が火口に浮いている。びっくりするのが真っ赤に燃え盛る服を着ていることだ。うん、本当に燃えているわけではないんだろうけど。

俺とイフリートの意味することが分からないのか、それとも違う意味に捉えたのか。ルークが明らかに嫌そうな顔をしたのが視界にちらりと映った。ちょっとだけ呆れて笑う。口元が緩む程度の笑いだったけど。

「どういう意味って。俺が直接音素の意識集合体と契約せず、他の人を介して契約してる意味考えりゃわかるだろーが…。俺、ローレライと完全同位体でレプリカだぜ?」

ようするに、理論的にはもうローレライと呼んでも過言ではない。つったら大袈裟かもしれないけど。

「なのに、ローレライと完全同位体のルークと契約して、大丈夫かってことだよ…」
「なら俺以外の人間を連れてくればいいだろ」
「めんどくせーよ…事情説明するのもそうだけど、んな力渡していいやつ限られるだろ…あともうこのめんどくせぇ体そろそろやめたいからルークでいい」

いまだかつてない程に無気力に答える俺にルークがぎょっとしたように視線を寄せて来た。いやそんな視線に応えられるほどの気力なんて俺にはこれっぽっちも残ってないわけで。

「おいイフリート、頼むからさっさとしてくれ…ほんとしんどい…」
「なさけねぇなー。こんなんで大丈夫かぁ?」

不服そうな声を上げたイフリートが顔を覗き込んでくる。もう既に悪態をこぼす元気すらなく、元気なさげに左手をひらひらと振ってその存在を遠ざけた。近くに寄るなっつーんだよ余計に気分が悪くなる。

「で、結局のところどうすればいいんだ」
「聖なる焔の光の方はやる気満々だぜ?」

ルークの言葉ににやにやしながらイフリートが俺から少し遠ざかって言葉を投げてくる。ルークがああいったのは本当にどうすればいいのか分からなかったからだろう。断じてイフリートと力試しのために戦いたいという意味ではない。

「俺が動けるように見えんのかよ…」
「つまんねぇやつだなぁ。しょうがねぇか」

ぽりぽりと頭をかきながら心底残念そうにイフリートが呟いた。俺とイフリートの会話が理解できないらしいルークはひたすらに首を傾げていたのだが。

「んじゃ契約の証はー」
「剣ならローレライの鍵があるからいらん」
「ひでぇな!あいつの剣と俺の剣とどっちがつえーと思ってんだ!」

そういいながらポンッと何もない空間から取り出したのは刀身が赤く燃え盛っている剣だ。それもガイが使うような刀身が細身の剣。どう考えてもルークが使うには相応しくない剣で、当の本人も要らないと言っていて二人で押し問答を続けている。

「…なんでもいいから…、まじで…早くしろよ…」

すっかり疲れてしまって、呟くようにそう零したけれどなんやかんやと言い争いをしている二人に届くわけもなく。なんかもうどうでもいいか、と自棄になってその場にごろんと横になり目を閉じた。


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