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そんなこんなでナタリアを連れてザレッホ火山を訪れていた俺である。はっきり言おう。ものすごく気分が悪い。これはやばいレネスたちが頑なにザレッホ火山に近付くなと言うわけだ。それでもなんとかいつも通りを演じているけど長居はできない。これはやばい。
「なーにやってんだお前ら」
楽しそうだなんてとても見当違いなことを言うナタリアはひとまず置いておこう。なんだか途轍もなく顔色の悪いモースと、目に涙を溜めているイオン。その少し後ろで呆れたような顔をしているシンクとアニスの姿が見える。
「ナタリア!?何故お前がここに…!」 「ちょっとフレイ!あんたなんでこんなところにいるのさ!馬鹿なの!?馬鹿でしょ!!」
ルークの驚く声はシンクの説教に掻き消されてしまった。ナタリアがルークに弁解しようと口を開いていたけれど、シンクのあまりの怒声にびくっと肩をすくめてそのまま口を閉ざしてしまった。こえーぞシンク。
「あーあー、はいはい説教なら後で聞くっつーの。で、なにこれ」
これ、と指差したのはイオンである。いやちょっと待ってくれよ。予定ではここでイオンが捕らえられてて、惑星預言を詠めと言われるから適当なところまで詠んだあとに颯爽と現れた俺(じゃなくて本来はシンク)がモースを捕らえるという筋書きだったはずだ。
なのに、なんであいつ泣いてやがるんだ。あとなんでモースが怯えてるんだ。嫌な予感しかしない。
「フレイ、こんな面白いものなんで隠してたわけ?これ、ずっとここにあったの?」 「……………おいこらこれはどういうことだシンク」
指差したまま顔を引きつらせてシンクを見る。そのシンクもやれやれとでも言うように首を横に振ってお手上げ状態だ。
「ま、まままままさか貴様…!!」 「今更?気付くの遅くない?」
怯えて真っ青になっているモースが可哀想でならない。なんだかデジャヴな気がする。イオンの機嫌がいいだけにやけに笑顔が恐ろしい。
「リン、おっまえなぁ…どうすんだよせっかくの計画が台無しじゃねーか」
呆れたように呟いた俺の言葉に驚いたようにルークたちがイオン(仮)を見る。イオン(仮)は非常に楽しそうなあくどい笑顔を浮かべながら、ずるりと頭からカツラを外した。今回そんなに動く予定もなかったんで、面倒だったからカツラかぶせてたんだけど。バレないとかどんだけだ。
「だってさぁ、星の消滅を詠った預言のために?僕たち、あんな馬鹿げたことしてたわけでしょ?ねぇモース。まぁよく考えればそうだよな。良い未来が書かれた預言なら隠す必要なんてないんだから。その可能性を考えもせずに預言預言と馬鹿みたいに妄信して預言を強いていたなんて、本当に馬鹿げてるよね。これでもまだお前は預言を遵守せよなんて馬鹿なこと言うのかな?ねぇ、モース」
にこやかに告げたリンの笑顔の怖いことったら。腰を抜かしてその場に座り込むモースを上から見下ろすリンの威圧感ったら半端ない。あれはマジで可哀想だ。
「な、な、い、一体いつから!?」 「いつって、あんたが僕をここに連れてきた時からだよ。あー、それにしてもさすがに第七譜石詠むのはしんどい。最近第七音素消費するようなことなかったからな。これ別に僕じゃなくてもよかったんじゃないの?」
すっかり怯えてしまって全く言葉になっていないモースは相手にすることをやめたらしい。肩をぐるぐると回しながら、腰を抜かすモースとそれから一言も話さないアリエッタから離れるようにリンが歩き出す。呆れているシンクは無視して、真っすぐに俺の方に歩み寄ってくる。
「僕ら殺す気!?」
リンの発言が納得いかないのか、シンクが不満そうに声を漏らした。それに振り返るリンの満面の笑顔に思わず顔が引きつる。
「ああ、そういえばそうか。レプリカっていうのは本当に不便だね」 「不便だってわかってて作ったのあんただろ!」 「ああいえばこういう。フローリアンもイオンも可愛いのに、これだからシンクは」 「ちょっと本当にアイツなんとかしてくれる…?!」
ぴくりぴくりとシンクの頬の筋肉が動いている。あれは相当苛立ってるだろうけど、さすがにリンを言い負かすのは無理だ。明らかに遊ばれてる。可哀想にシンク。合掌。
「……どういうことですか?」
兄弟喧嘩のようなやりとりが引っかかったのだろう。ジェイドが鋭い視線でそう投げ飛ばしてきた。その質問にシンクもリンもやりとりをやめて、同時にジェイドを見た。鋭い視線がリンとシンクの間を行き交っている。
「…今のやりとりだけで分かるだろうに」
ぽつりと呟いた言葉は、俺の一番近くにいたナタリアにしか届かなかったようだ。睨み合いするのはいいんだけど、上でやってくんねーかな。俺そろそろしんどいんだけど。
「どいつもこいつも!馬鹿にしよって!アリエッタ、全員殺せ!!」
腰を抜かしているから、とそれまで放置していたモースが急に怒鳴り始めた。その言葉に全員が武器を手に取る。突然降り注いできた殺気に呆れこそするけれど俺は武器自体手に取らなかった。
「はい、です」
アリエッタの頷く言葉が耳に響いてきた。あーあー、めんどくせーことになったなぁ。とは俺の呟きである。
杖を持ったアリエッタが真っすぐ俺の方に突っ込んでくる。正式に言えば俺の方にじゃなくてリンの方になんだけど。やっぱりなぁと口にしながら俺の目の前にいたリンを突き飛ばして振り下ろされた杖を仕方なく剣で受け止めた。
「おいおい、マジかよ」 「アリエッタ、マジです。フレイ、邪魔。退いて」
杖の中からきらりと刃が光ったのが見えて慌てて下がる。目の前でほんの少し服が裂けたのはご愛敬だ。仕込み杖なんて一体どこの誰に作ってもらったのやら。アリエッタはすっかり標的をリンから俺に変えたらしい。めんどくさいだなんて本日何度目だか。
「俺も殺す標的の一人?」 「アリエッタ、フレイは殺りたくない。でも、邪魔するなら、容赦しない」
ぎらりと瞳の奥に光ったのは明らかな殺気。本当にやりづらい。困ったようにぽりぽりと頭を掻いたけど、その様子にアリエッタが戸惑う様子も見えない。これは本当に殺す気だな。さてさて、一体どうするべきか。そもそもこの狭いザレッホ火山の一角で本格的な戦闘はしたくないってのが本音だ。
「敵を蹴散らす激しき水塊、セイントバブル!」 「どわあっ!?」
予測できたはずのジェイドの譜術が、詠唱が完成する頃になってから気付いた。それと同時に多分俺のことは味方識別してないだろうなという予測が頭をよぎって、慌ててその場から退く。同じようにアリエッタも数歩後ろに下がったことで、俺とアリエッタの間に上級譜術が落っこちた。
「何しやがる!殺す気か!」 「ぼさっとしているからですよ。死にたいのですか?」
くい、と眼鏡を上げながら挑発するようにジェイドが睨み付けてきた。アリエッタ相手に躊躇うなとでも言いたいのか。こちとらザレッホ火山という相性最悪な場所で思考能力と運動能力が著しく低下してるんだ。そのせいでうまく体が動かないってのが正解なわけで。そんなこと言うつもりもないが。
「フレイ、一回引くよ!ここじゃ無理だ!」
少し離れたところからリンが叫ぶ。リンのそばにはアニスがいるから心配ないだろう。何が無理なのかを瞬時に悟るけど、この状況ですんなり逃げられるとも思わない。アリエッタは広範囲の譜術も使うから、下手すれば広範囲譜術で狙い撃ちされる。
けどまぁ、こんな状態で戦えるわけもなくて。リンの言う通り素直に逃げようと一歩踏み出した瞬間。ぐらりと視界が揺れた。
「やべ、」
しかも運が悪いことに真後ろは火口だ。おいおい落ちてこのままサヨウナラなんて冗談じゃねぇぞ。なんて言っている余裕があればよかったけれど。
「フレイ!」
走ってきた誰かにぐいっと手を引かれた。なんだかとっても懐かしい手のひらな気がして無意識に握り返していたけれど、それが誰なのか確認することもなく意識がプツリと途切れた。
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