↓
そしてこれは、イオンがザレッホ火山で笑い転げる数時間前の話である。
「……うわ、来るなんて聞いてねぇぞ」 「まぁ!フレイ、そんな嫌そうな顔をなさらないでください!」
速攻でダアトに戻ってきてみれば、教会の目の前で仁王立ちしているナタリアがいました。逃げ出したいことこの上ない。腰に手を当てて心底めんどくさいという顔をした俺に向かって頬を膨らませている。おいそこの庶民「ナタリア様かわいいー」じゃぬぇ。断じて可愛くない。何を企んでるのか恐ろしいだけだ。
「お前が公務で来るなら俺の方まで報告上がってくるはずだ。それがないってことは私用だろ?めんどくさいから俺を巻き込むな」
手をひらひらと振って「あっち行け」と仕草を見せる。ナタリアに通用するとは思ってないけどな。さすがにキムラスカ王族が来るってのに連絡しないってことはないだろ。確かに少し前からセフィロトの様子見回るのにダアトをちょっとばかし留守にしていたけど。
「失礼ですわよ!れっきとした公務で、きちんと貴方を訪ねると連絡したではありませんか」 「いや聞いてねぇし」 「えへー、ごめんフレイ!手紙渡すの忘れてた!はい!」 「おせぇよ!何してんだテメー!」
顔を顰めた俺の後ろから、ひょっこりとキムラスカ王室の押韻が入った手紙をひらひらと差し出すフローリアン。忘れてたじぇねぇよ。もしかするとセントビナーで受け取っていたのを、もう一枚の手紙を見てキムラスカからの書状のことをすっかり忘れてやがったなこいつ。
フローリアンから押韻の入った手紙を受け取ると、中身も確認せずに懐にしまう。開けて見るのも億劫だからだ。ナタリアは不思議そうな顔をしていたけど。
「…で、直接来るってことは手紙には大したこと書いてないんだろ?なんだよ」 「珍しいこともあるものですわね。貴方がわたくしの話を聞いて下さるなんて」
心底驚いた顔をしたナタリアに、顔がぴくりと引き攣る。本当は相手なんてしたかぬぇーんだよ!さすがに公務で来てるキムラスカ王族、しかも王女を邪見になんて扱えるわけねぇだろうが!
…と、怒鳴りたい気持ちを押さえ込む代わりに、こめかみをおさえた。
「おいフローリアン。キムラスカ王女がお帰りだ。丁重にお帰ししろ」 「あいあいさー!」 「じょ、冗談ですわ!」
途端に慌て始めたナタリアに少しだけ気分がすっきりする。分かればいいんだよ、分かれば。私用で来てるなら無視されてたってことは分かったらしい。元気よく返事をしたフローリアンはちょっとばかり残念そうだ。
「まず最初に謝罪させてくださいまし」 「…………嫌な予感しかしねぇんだけど」 「モースが牢から逃げ出しましたわ」
顔を近づけて、こっそりと内緒話をするような声でナタリアが呟く。残念ながら俺の耳にはばっちりとその言葉が届いてしまって。思わず頭を抱えてしまった。
「何やってんだちくしょう…」
学習しねぇな本当に![前回]だって逃げられたんだから対策くらいしてるだろうと思っていた俺が甘かった。やっぱり一度バチカルに顔を出すべきだったかもしれない。それもルークとナタリアが怖くてしなかったんだけどなー…。
「ですからこうしてわたくしが直々に謝罪にきたわけですわ」
本当に申し訳なさそうにしているが、多分ナタリアがバチカルから抜け出したかっただけだろう。うん。ルークもマルクトへ行ったりダアトに来たりとあちこち飛び回ってるようだし、羨ましくなったんだろうなぁ…。あと(いろんな意味で)厄介払いってこともあるんだろうけど。
「はぁ…そんなことじゃねーかなぁとは思ってたからあれだけどさ…。とりあえずとっ捕まえに行くか…」 「あら。どこにいるか分かるのですか?」
疲れたように呟いた俺の言葉に、かなり近い距離にいたナタリアには聞こえたらしい。驚いたように顔を上げた。
「ああ。ついこの前ザレッホ火山に第七譜石が見つかったんだよ。まだ解読してねーけどな。あの預言信者ならアレ持ち出そうとするだろうから、多分ザレッホ火山だよ」 「第七譜石ですか…」 「一緒に行くか?」 「よろしいのですか?」
何か思い当たることがあるのだろう。(主にイオン関連のことだろうが)神妙な顔になったナタリアに思わず問いかける。そんな言葉が聞けるとは思ってなかったんだろう。目を丸くしたナタリアがちょっと引いていた。引くなよ。
「その辺に王女様放っておくわけにはいかねーだろ。勝手にうろちょろされても困る」 「わたくし、貴方のことを少し勘違いしていたようですわ」 「俺のことなんだと思ってたんだよ」
素っ気なく言ったつもりが、何故かナタリアが楽しそうにくすくすと笑っていた。なんだかとっても居た堪れない。怪訝そうに眉を寄せる俺が面白いのかなんなのか。ナタリアは笑顔のままだ。しかもこれかなり機嫌がいいときの笑顔。
「さぁさぁ、それではモースを捕らえに参りましょう!」 「おいテメー人の話を聞けよ」
← | →
[戻る]
|