踏み出した道を引き返せずに


ダアトに到着したルークたちは暇を持て余していた。イオンがフレイを探してくるといい、アリエッタを伴って神託の盾本部へと消えていったからというのが大きな理由だった。さすがに神託の盾兵であるティアはともかく、マルクト兵やキムラスカ王族であるルークたちが足を踏み入れることはできない。

「げ、あんたたち何してんの」

街をぶらついているよりも教会で待っていた方が早いと言ったジェイドの判断で教会で暇を潰していたのだが。奥の部屋から現れたシンクに心底嫌そうな顔をされた。

「いやー、少しフレイ響将に伺いたいことがありまして」

ジェイドが「ちょうどよい獲物を見つけた」とばかりに憎たらしい笑みを浮かべている。その笑顔を正面から受けたシンクの口元は引きつっていた。

「…フレイなら今はダアトにいないよ」

呆れたような、諦めたようなため息のあとにシンクから聞かされた言葉に顔を顰める。

「どこに行った?」
「言うと思う?」

ルークの問いかけにシンクは肩を竦めて答えた。もちろん、素直に教えてくれるとは思っていない。敵意を剥き出しにしているルークとティアとは別にどこか考え込むような仕草を見せるジェイドに、ガイは不思議そうに首を傾げながら顔を向けた。

「旦那、どうした?」
「…彼がここにいないのならば、イオン様はすぐにこちらに戻ってくるはずです」
「そういえば、そうだな。本部で誰かに聞けばそのくらいわかるだろうし…」
「シンク、本当にフレイはダアトにはいないんですね?」

真剣な表情で何かを考えているジェイドにシンクは今度こそ呆れたようにため息を零して、大袈裟に手を振った。

「だからいないって言ってるだろ」
「だとすればイオン様は一体…」

どこに行ったのだろうか。イオンが神託の盾本部へ向かってから当に1時間は経過している。末端の兵ならともかく、フレイほどのクラスになれば当然本部にいるか否かくらいはすぐに分かるだろう。少しずつ募る不安に顔が強張っていく。

そんな様子をシンクが不審に思ったときだった。

「シンク謡士〜っ!!大変です大変ですぅ〜!!」

聞きなれた声がどこからか降ってきた。「ああ…」と頭を抱えたシンクの姿が見られたとほぼ同時に窓ガラスが割れて、そこからトクナガに乗ったアニスが登場した。派手な登場である。

「アニス!器物破損!」

規定違反などいつも自分も犯しているくせに、こういうときには口うるさい。怨み辛みを零されそうな雰囲気を察して、アニスはトクナガに乗ったまま「てへ」と可愛らしく自分の頭を小突いた。

「はぅわ!ごめんなさぁ〜い。っていうかシンクだっていつもやってるじゃん!」
「い・ま・は、仕事中だろ」
「はい!すみませんシンク謡士!」

いつもの調子で話しかけるアニスに、ギロリと睨み付けるシンク。別にアニスとしては怖くはないのだが、後々が面倒なので素直に訂正して謝った。

「って!!そんな場合じゃないですぅ!」
「なに。うるさいな。それよりこの部外者たち追い出してくんない?」
「部外者…?はれ?ルーク様?なんでこんなところに?」

キャンキャン騒ぐアニスに対して耳を塞いだままシンクはめんどくさそうにルークたちを指差した。突然のやりとりに圧倒されて呆然としているルークたちを見て、アニスは首を傾げる。ルークたちがダアトを訪れるなんて聞いていなかったからだ。

「あ、ああ…。フレイに用が、」

なんだか説明するのも面倒だ。そんな空気が滲み出ている。ルークが言いかけた途端にアニスが血相を変えて叫んだ。耳が痛い。

「ああああっ!!そうだ、シンク!フレイ様どこ!?」
「だから仕事中…」
「イオン様が攫われたんだってば!」
「…はぁ?」

血相を変えて叫ぶアニスの言葉に、ルークやジェイドたちも顔色を変えた。この時期にイオンが攫われる出来事など思い浮かぶことは一つしかない。まずい、と最初に眉を寄せたのはジェイドだった。

またシンクも眉を寄せていたが、ジェイドとは正反対の思いを抱えてだった。

「……それはご愁傷さま」
「シンク?」
「ああ、ごめん。それでイオンはどこだって?」

ぽつりと呟いた小さな言葉は誰にも届かなかったらしい。慌ててアニスに向き直ればどこか冷静なシンクの態度に頭が冷えたのだろうか。アニスが一度深呼吸をしてから、次の言葉を口にする。

「えっと、多分ザレッホ火山だと思います。イオン様をお迎えに行ったんですけど、上の図書館に連れて行かれたって聞いたので」
「守護役は何やってんのさ。まったく役立たずなんだから」
「しょうがないじゃないですかーっ!連れてったのアリエッタなんですから!ほらもう行きますよシンク謡士!」

捲し立てられる事情の説明にルークたちはもはやついていけない。確か、イオンはアリエッタと一緒に神託の盾本部へ行っていたはずだ。それが何故、アリエッタがイオンを図書館に連れていくようなことになるのだろう。首を傾げてみるが全く理解できない。

アニスは捲し立てるようにそう告げると、トクナガでやる気のないシンクの首根っこを掴んで走り出す。もちろんトクナガで、だ。軽く首が締まりかけているシンク。

「ちょ…っ!僕は巻き込まれたくないんだけど!?」
「イオン様がどうなってもいいんですか!?いちいちうるせーな黙って走れ!」
「本性出てるって…」

引き摺られるようにして教会内を走り出すアニスとシンクの姿に呆気にとられる。事情が理解できないのだが、黙って静観していられる状況でもないのはわかっていた。

「何がどうなっているの…?」
「ともかく、イオンが心配だ。俺たちも行こう」

首を傾げるティアを促すように、ガイが告げる。背中を軽く叩きたかったようだが、女性恐怖症のせいか触れることもできずに手は彷徨うだけで終わった。


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