交差しない時間を憂いて


アリエッタたちがピオニーの私室を訪れた時には、既にそこにはルーク、ジェイド、ガイとティアというメンバーが居た。何やら深刻そうな話し合いをしているのに気付いて、部屋に入ったイオンは眉を寄せた。

「神託の盾兵が、どうかしました?」
「導師!なぜここに…?」

アリエッタの存在に驚きながらも、さすがにイオン相手に警戒を露わにすることはなかった。ティアが振り返りながら突然部屋に入ってきたイオンに驚いた顔を見せる。

「少し用事がありまして。それで、神託の盾兵がどうかしました?」

きょとん、と目を丸くしながら首を傾げる。何も知らない様子のイオンにジェイドも何らかの確信を得たのか、イオンの方へと振り向きながら先程ピオニーに告げた言葉と同じものを返す。

「セントビナー周辺で神託の盾兵が民間人の辻馬車を襲うという事件がありました」
「まさか!そんなはずは…」

その言葉には素直に驚いた。ティアは知らないだろうが、現在神託の盾騎士団には共通で出されている任務がある。それを放り出して、一般市民を襲うような馬鹿はいないはずだ。それこそ[前]ならともかく、今回に限ってそんなことが起こるはずはない。

「と、いうことがあったのは事実ですが。その神託の盾兵とフローリアンが戦っていたという目撃情報があります」
「……は?フローリアン、が?」

思わず、イオンは驚いた顔をした。同時にアリエッタへと振り返ると、アリエッタも驚いたように目を丸くしてイオンを見ていた。フローリアンがセントビナーにいたというのは、確かな事実だろう。確かフレイと一緒にセフィロトの様子を見に行くと言っていた。だとすればシュレーの丘が近いセントビナーにいてもおかしくはない。

「我々が駆け付けたときにはその神託の盾兵はいなかったのですが…彼に聞いても何も答えてもらえそうになかったので、ルーティス響将を捕まえて問い質しました」

語尾にハートでもついていそうな勢いだ。お茶目交じりに言われたその言葉に、部屋の中が凍り付いた。イオンもさすがに口元を引き攣らせていて、目は笑っていない。

(な、何やってるんですかフレイー!!)

簡単に捕まるとも思えないが。その前に「フローリアンに事情を聴こうと」とた時点で、フレイがジェイドを無視できないのは明らかだ。フローリアンは餌付けでもされていたに違いない。けれども心の中だけで叫び終えたのは偉い。

「彼も何も知らないようだったので、辻馬車を襲ったのは神託の盾兵ではないと思いますが…」
「待て、ジェイド。お前セントビナー周辺で俺たちに会った時にはフレイに会ったなど言わなかったな?」
「おや、そうでしたか?」

忘れていました、はっはっは、なんて笑うのが白々しい。何か意図があって隠したとしか思えないジェイドのその態度にルークは顔を顰めた。

「私たちも、シュレーの丘で彼に出会いました」
「フレイ、セフィロトの調子、見に行くって言ってた。シュレーの丘にいても、おかしくなんてない」

ティアの言葉に、イオンの後ろからアリエッタがティアを睨み付ける。可愛い子大好きなティアはアリエッタから睨みつけられて、ほんの少しだけ哀しそうな顔をしていた。

「いや、別にフレイが何かをしていたわけじゃないんだが…リグレットと戦ってたんだ」
「リグレット、ですか」
「ああ。しかも敵対しているような様子だったぞ。次に会ったら殺す、みたいなことを言っていた」

ガイの言葉にイオンもピオニーも顔を顰めた。なんとなく読めた状況に、それ以上ここで口に出すことはできずに黙り込む。わざと考え込むような仕草を見せたイオンに向かって、ほんの少しだけため息を零したピオニーは顔を上げる。

「アスラン、お前たちを襲ったレプリカ兵と、辻馬車を襲ったやつらは同じだと思うか?」
「時期的に見ても、同じだと考えていいでしょうね。神託の盾兵がそのようなことをするとは思えませんし」

ピオニーの意見に同調したアスランは、それでもどこか難しい顔をしていた。ちらりとアスランが誰かと視線を合わせるような仕草を見せたのだが、その相手が誰だったのかイオンには分からなかった。

「陛下、事実の確認のため僕は一度ダアトに戻ります」
「そうだな…そうしてもらえると、こちらとしても助かる。先程の話はまた日を改めて」

どちらにしても、フレイに一度確認した方がいいだろうと思ったからだ。多分ダアトに戻っているだろう。こうなれば、ヴァンが動き出したことは明白で。今後の対策を練らなければならない。

「我々もご一緒してもよろしいですか?」

予想外だったのは、ついてくると思われたアスランではなくジェイドから声がかかったことだ。驚いてイオンがジェイドを見て、それからピオニーを見るがどう見てもジェイドたちはついてくる気満々だ。ここでピオニーが「だめだ」といったところでなんやかんや理由をつけて、ダアトまで来るに違いない。

「……アリエッタ、やだ」

小さな声で拒絶したアリエッタの言葉が耳に入ってきて、イオンは思わず苦笑した。ジェイドたちが「ついていく」と言った理由なら、予測できる。

ダアトに戻ったタイミングでイオンがモースによって惑星預言を詠まされて乖離してしまう時期がこの頃だった気がする。[前回]はダアトから離れてはいなかったから、正確な時期までは読み取れないが。

「……構いませんよ。神託の盾本部内までは、一緒には行けませんが。それでもいいですか?」
「イオン様!?」

了承の返事を返したイオンに、アリエッタが驚いたような声を上げた。同時についていきたいと言った当人たちでさえ、驚いた顔をしていたのだからイオンも苦笑を零す。

「…ありがとうございます」

素直に礼を述べたジェイドだったが、視線が明らかに「何を企んでいるんだ」という意味を隠せていない。そんなわかりやすいジェイドの態度にイオンはにこやかに微笑みながら「それでは行きましょうか」と促した。


だって、見えないところで何かされるよりも、見えるところでされる方が、まだマシじゃないですか。


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