引き継ぐ思いは変わらない


グランコクマ宮殿の一室。ピオニー陛下の(散らかった)私室ではないということだけ言っておこう。まぁとにもかくにも、宮殿の一角にある一部屋でピオニー陛下は目の前でにこにこ微笑んでいる白の法衣に身を包んだ人物に頭を抱えていた。

「……えーっと、なんだ。その、導師と呼んだ方がいいのか?」

淀みながらようやく出た言葉に、ピオニーの目の前にいる導師イオンがにこやかに微笑む。

「何をおっしゃるんですかピオニー陛下。どこからどう見ても導師でしょう?」
「いやどこからどう見ても導師じゃないだろ!」
「この僕が導師だと言えば導師なんです。話がややこしくなるからそういうことにしておいてください」

にこにこと笑みを崩さない自称導師に頭を抱える。そう、姿形は誰がどう見てもダアトの最高指導者である導師イオンにしか見えない。

「イオン様、楽しそうで、アリエッタうれしい」

隣にいるのがアリエッタでなければ、だ。実際ピオニーも最初はイオンだと思った。しかしその後ろをひょこひょことついてきたのがアリエッタだと分かった瞬間に、悲鳴を上げそうになった。何故なら本当に彼がイオンであれば、後ろに控えているのはアニスのはず。

つまり、あれは導師イオンではなく元導師イオンだ。ぶっちゃけていうとあれはリンだ。

また厄介なのが舞い込んできたな…という小さなピオニーの呟きは見事にリンに無視された。

「まぁ僕がイオンだろうがリンだろうがどっちでもいいんだよ」
「ぶっちゃけたなお前」
「必要なのは<導師がマルクト皇帝に用事があって来ていた>っていう事実だからさ」

にやり、と口角を上げて笑ったリンに嫌な予感がひしひしと感じる。どいつもこいつも本題を切り出すのに時間がかかる。嫌な予感を感じながら、ピオニーは表情を引き締めた。

「何かあったのか?」
「アリエッタ」
「はい、です」

リンに言われて、アリエッタが書状を取り出す。不思議に思いながらピオニーはそれを受け取ると、リンの顔を見た。リンは「さっさと読め」とそれを顎で示す。その横暴な態度にため息を零したくなるが、まぁ今に始まったことではないので気にしない。

それは書状というよりも、報告書に近い内容だった。読むにつれて次第にピオニーの顔が強張っていく。

「…よくもまぁ、この状況でこれだけ調べたな」
「でしょ。あほだけど頭だけはいいんだよね」

誰のことか、言わずもがなである。

「この内容は理解した。それで、この情報は公開するなということか?」
「そうだね」
「で、そんなこと言い出したのは…聞くまでもないか」

後半、呆れ半分に呟かれた言葉には諦めもあったのだろうか。ピオニーは了承の返事をすると書状をぽいっと部屋の隅へと放り投げた。大事な書類なのに投げるんなんて何を考えてるんだ、とアリエッタが顔を顰めている。

「ああ、それでフリングス将軍は?シンクから聞いた話だと軍事演習中にヴァンの作ったレプリカたちに襲われてそろそろ死ぬって言ってたんだけど」
「もうちょっと言い方あるだろうお前たち」
「別に僕としては死なれても痛くもかゆくもないんだけどさ」
「おいちょっと待て」
「音素の意識集合体と契約してる状態で死なれると、ちょっと困るんだよね」

心配なら心配だとそう言えばいいのに、と。思わないでもないが、素直にリンがそんなことを言った日には惑星がひっくり返りそうだ。怖いことを想像してしまったピオニーは軽く首を振った。

「勝手に殺すな。今のあいつ、普通の一般人じゃないんだぞ」
「誰の話をしているのです、陛下」

突然聞こえた第三者の声にぎょっと目を見開く。慌てて振り返るとピオニーの少し後ろに話の当人であるフリングス将軍が立っていた。軽くホラーだ。

「おま、いつの間に戻ってきたんだ!というかいつ入ってきた!」
「きちんと入室の許可を頂きましたよ?アリエッタ殿に」
「だって、陛下も、リンも、返事しないんだもん…可哀想」
「まったく気付かなかったんだが…」

[二回目]を迎えた軍人ども怖すぎる。とはピオニー陛下の言葉である。そんなピオニーをにこにことアスランが見つめているが、対してリンは顔を潜めてなんとも苦々しい顔をしていた。

「ちっ、生きてたか」
「随分な言い草ですね。そう簡単に死ぬわけないでしょう」
「お前ら仲悪いよな…」

なんだって仲が悪い原因がわかってしまうからこそ呆れて物も言えない。ようするに根っこの部分は似てるのだ。リンがもう少し大人だったら…なんて考えるだけ無駄である。きっと彼はこのまま大人になるに違いない。

「で、いつ戻ってきたんだアスラン」
「はい、つい先程。軍事演習中にキムラスカ軍に扮した<一般市民>に襲われたため、彼らを拘束し現在軍本部の一角にて取り調べ中です」
「…………ん?一般市民?」
「はい、一般市民です」

ピオニーの復唱するかのような言葉に、アスランもにこやかに告げる。一方で驚いた顔をしているのはアリエッタだ。リンは状況が理解できないようで顔を顰めているが、口をはさんでくる様子はない。

「…あの、本当に、一般市民、です?」
「ええ、そうですよ。軍事訓練も受けていない方々を一般市民と呼ぶ以外に呼び方なんてないでしょう?爆弾抱えて突っ込んできたときにはどうしようかと思いましたが。音素の意識集合体と契約していなければ、あれは知っていたとしても死んでましたね」

にこやかにそんなことを告げるものだから、一体何があったかなんて聞くのも怖すぎて躊躇われる。アリエッタがほんの少し怯えたように「アスラン、こわい」と呟いて一歩後ろに下がっていた。にこやかだけに怖さが倍増している。

「…アスラン、お前それ誰かに言われてそういう風に動いているのか?」
「さて。なんの話でしょう。私はマルクト軍人ですよ?陛下以外に私に命令できる人がいますか?」
「いるだろう!どこの誰とは言わないけどいるだろ!」
「ちょっと待って、全然話が見えないんだけど」

さらりとそんな事を言い放つアスランに、もはや呆れて何も言えない。八つ当たり半分で怒鳴ってみたが、アスランはどこ吹く風でにこやかにしている。

「要するに、どこかの悪い人に誑かされたレプリカと呼ばれる人たちも、ただの一般市民ということですよ」
「……ああ、なるほどね」

アスランの端的な説明だけで、なんとなく状況を把握したリンは息を吐いた。ピオニーはアスランにそういう風にするようにと告げたのはフレイだと思っているようだが、リンはそうではないと気付いていた。

もしフレイがそういう風にアスランに言ったのだとしたら、自分でグランコクマの方まで来るだろう。聞けば本来ならアスランは死んでいたはずだし、レプリカもグランコクマ周辺まで来ていたようだ。だとしたら、他人に任せて自分は違う仕事なんてしないはずだ。全て丸投げ、自分はこちらに来ないだなんて方法は取らない。

(…だとしたら、シンク?いや、シンクだったらその名前を言わないのはおかしい)

可能性があるのは数人いるが、その中でも一番シンクが可能性が高い。それでも、それを指示した人物の名前を隠すなんて必要は全くない。それはどの人物にも当てはまるわけだ。そうなるとリンが思い浮かべた人物はどれも正解ではないということになる。


本人を問い詰めたほうが早いと、リンがアスランに向き直ったときだった。こんこん、と扉がノックされる。その音に一番早く反応したのはピオニーだった。

「どうした」
「ジェイド・カーティス大佐がお戻りになられました」

扉越しに告げられた名前に、リンがあからさまに嫌そうな顔をしていた。同時に「げっ」という言葉が漏れてピオニーは苦笑する。

「わかった。すぐに行くから待たせておけ」

どこに、とは言わなかったからピオニーの私室なのだろう。あそこで話すのは気が重い。散らかった部屋はともかく、ブウサギが足元をうろついているのが解せない。

「仕方がない。思惑に乗ってやるとするか…。残念だが導師、もう少し付き合ってもらうぞ」
「はぁ…だから僕じゃなくてイオンが来ればよかったんだ」

アスランが先立って部屋を出る。それに続くようにしてピオニーが退室した。付き合ってもらう、ということはジェイドたちがいる中に同席するというわけで。荷が重い。扉が一度閉まって、近くに誰もいないことを気配で確認してから、アリエッタが心配そうに導師を見上げる。

「………勘違いされたままで、いいんです?」
「ふふ、いいんです。それが狙いなわけですし…」

笑みを浮かべたあとに、少しだけ疲れたようなため息をこぼす。

「しかし、やっぱりあれですね。リンの真似をするのが一番疲れます」
「シンク、代わってもいいって、言ってました」
「嫌ですよ。あっちの仕事の方が絶対に面倒じゃないですか」

頬を膨らませるようにして、不満を訴える。結局どれも面倒だって言うくせに、とは思ったもののアリエッタは何も言わなかった。

「あと少しの辛抱なら頑張ります。行きましょう、アリエッタ」
「はい、イオン様」

疲れた顔をなんとか隠して、いつもの笑みを浮かべるとアリエッタを連れて部屋を出た。


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