託された記憶は鮮明で


「うげ、」

ルークたちを巻いてシュレーの丘を出てセントビナーへ向かっていた途中だった。目の前に見えた顔と服装に嫌な顔を隠さずに出してしまった。ついでに口から飛び出した言葉はもう戻すことができなくて。青い軍服の集団、その中の一人が俺の声に気付いてくるりと振り返る。驚いた顔をしたのはほんの一瞬で、次の瞬間にはすぐさま胡散臭い笑顔を浮かべていた。

「おや、こんなところで奇遇ですねぇ」
「わざとらしいぞテメェ」

おっとルークっぽい口調が出てしまった。白々しい笑顔ですたすたとこちらに近付いてくるジェイドに、逃げるかどうかの判断に一瞬迷う。そうして迷っている間に手の届く範囲にジェイドが入ってきてしまった。

「嫌ですねぇ、私と貴方の仲じゃないですか」
「気持ち悪いからやめろ。こんなところで何してんだ」
「それはこっちの台詞なんですけれどねぇ…」

そう呆れて頭を振りながら、ジェイドが一瞬振り返る。それに首を傾げて視線の先を追うと。なんとそこにはマルクト兵からお菓子をもらってキャッキャとはしゃいでいるフローリアンの姿が見えた。何やってんだあいつ…。

「……どこで捕まえた」
「セントビナーで騒いでいましたよ?」
「………そうか」

もう呆れて何も言えない。ちくしょう大人しくしておけって言ったのに。まぁあいつあんまりジェイド好きじゃないんだけど、俺のところに連れて行ってやるとでも言ったんだろうなぁ。あいつシュレーの丘の場所は把握してなかったんだろうし。

「騒いでいた理由がまぁ、理由でしたので。こうして確認のために貴方の居場所を聞き出して訪ねたわけですが」
「理由?」

眼鏡をくいっと持ち上げる仕草を見せたから、そのときのジェイドの表情までは見えなかった。どこか声が堅いような気がする。あまり、いい話ではない予感がしているが。ふぅ、とため息を一つ吐いたジェイドに視線でその先を促す。

「セントビナー周辺で神託の盾騎士団兵が一般市民の乗った辻馬車などを襲っているという連絡がありまして」
「おい、どこの馬鹿共だ」

想定していなかったジェイドの言葉に、ぴくりとこめかみが引きつる。明らかに顔色の変わった俺の態度にジェイドが「おや」と声を上げた。

「ご存じなかったのですか?」
「知るわけねぇだろ。さすがに俺だって末端までは把握できてねぇよ…どれだけの組織だと思ってんだ。つーか俺をなんだと思って…」

確かにダアト掌握してるとか言ってた時期はあるけれども。さすがに末端の兵まで何をしているか、どんな任務についているかなんてことは把握出来ていない。一応これでも末端までしっかりと訓練をさせているつもりだったんだけど。軍事訓練内容を見直さないとだめだろうか。

「把握してはいないと思いましたけれどね。その神託の盾兵とフローリアンが戦っていましたから」
「……ん?ちょっと待てどういうことだ?」
「言葉のままですよ」

多勢に無勢だったようで、さすがに教団兵ではないフローリアンを放置することができなかったようで、マルクト兵がフローリアンを助けてくれたようだ。いやそれにしたって意味が分からない。なんで教団兵とフローリアンが戦ってたんだ?

「私も先程到着したばかりで状況はあまり分からないのですが。詳しいことはフローリアンが知っていそうなのですが、これが困ったことに話してくれる様子はないんですよね〜。なので貴方を捕まえて問い詰めようと…」
「そこでなんで俺を問い詰めるっつー選択肢が出てくるんだよ!知らねぇっつってんだろ!」

理不尽極まりない。俺がなんでも知っていると思えば大間違いだこのやろー!引きつった顔を隠しもせずに怒鳴る。ジェイドが至極不思議そうな顔をしているから、俺が何も知らないということは理解してくれたのだろう。

「おいこらフローリアン!帰るぞ!」
「あ、フレイ〜っ!遅いよぉっ」
「なーに余計なことしてくれてんだよ」

俺が声を上げたことで気付いたらしいフローリアンがマルクト兵の間から駆け寄ってくる。むぎゅっと腰あたりに抱き着いたフローリアンの頭をぺしりと叩く。「あいたっ」と小さな悲鳴が上がったのは聞こえたが無視だ。

「まだお話は終わってませんよ〜?」
「俺は話すことなんて何もない。帰るぞフローリアン」

じりじりと近寄ってくるジェイドからじりじりと後ずさりをして遠ざかる。これ以上この場に留まっていたら、またルークたちと鉢合わせしてしまいそうだ。あんなにかっこいい退場の仕方をしたのにこんなところでジェイドに捕まっていたなんて知られるのは…ちょっとな。うん。

「はいはーい!グリフィン呼んだよー!」

用意周到というか、なんというか。俺と合流できたからこれ以上ここにいる理由はないと分かったのだろう。口笛を吹いてアリエッタの魔物を呼んだフローリアンにいい笑顔で答えた。マルクト兵が突然の魔物の登場に驚いたようで騒めき立っている。すぐそばにいたジェイドが小さく舌打ちをしたのが聞こえた。

「逃げられましたか…」
「じゃーなー!もう会いたくねぇけど」

フローリアンに呼ばれて地に降りたグリフィンに二人で乗り込む。悔しそうな顔をしたジェイドに笑顔で手を振りながらそう言い放つ。さすがに術をぶっ放すつもりはないようで、詠唱も聞こえなければそんな様子もない。まぁ以前にシェリダンで第五音譜術を使われて倒れてるのを見られていたから、何が大丈夫で大丈夫じゃないかの検討がつかないからっていうのもあるかもしれないけど。

「もー、フレイが置いていくから僕が捕まっちゃったんだよー?」

二人でグリフィンに乗りながら、背中からぎゅっと抱き着いてきたフローリアンが不満そうな声を上げた。むすっとしてるだろうなぁと思いながら、腰に巻き付いている手をぽんぽんと優しく叩く。

「悪かったって。んで、なんで教団兵と戦ってたんだ?さすがに一般市民に危害を加えるのはどうかと思うけどさー…」

ジェイドから聞いたことをそのままフローリアンに投げかけると、また不機嫌そうにむっとしたフローリアンはそれっきり口を閉ざしてしまった。不思議に思いながら首を傾げて名前を呼ぶけれど、振り返ることはできないから様子が分からない。いや振り返ったらグリフィンから落ちる可能性も出てきちゃうからな!

「…あいつには言わなかったんだけどさぁ」
「うん?あいつってジェイドか?」
「そうそう!あの陰険眼鏡!」

どんだけジェイドが嫌いなんだこいつ。いや、嫌いというよりも馬が合わないって感じなんだろうか。イオンはともかく、リンとかシンクはジェイドのこと苦手そうな感じだもんなぁ。あの二人に感化されたんだろう。ていうかフローリアンは確実にリンの影響を多大に受けている。俺が言うことじゃないけど。

「教団兵の恰好してたんだけどさ、なんていうか、うーん…レプリカ、っぽかったんだよね」
「はぁ!?」
「ちょっ!フレイ前見て!前!」

言いづらそうにぽつりと呟いたフローリアンの声はよく聞いていないと風に取られて聞こえないくらいの声だった。でもしっかりと耳に入ってきてしまったわけだから。素っ頓狂な声を上げながら思わず手を放して後ろを振り返る。途端にぐらりと揺らいだ体にフローリアンが慌てて声を上げた。

「あ、わりぃ。…で、え?なんだって?レプリカ?」
「うん。だからマルクト兵に殺されないよーに、それとなーく逃げるふりして、助けてもらって、捜索されても面倒だったから、フレイとはぐれたー!って騒いでたらあの陰険眼鏡が来て…」
「…ああ、うん」
「僕がパニック起こしてると思ったみたいでさー。何を聞いても無駄だと思ったのか、フレイのところに連れてってくれるっていうから」

なるほど、ジェイドがフローリアンを捕まえたと思ったら逆だったか。フローリアンがジェイドたちが余計なことをしないように見張っててくれたわけか。まぁフローリアンも無邪気なふりしてたから、邪見にすることもできなかったんだろう。ジェイドが来る頃には多分そのレプリカだという教団兵たちの姿も見えなかっただろうし、俺を探すのは妥当な判断だな。

「確かに悪いことしてたけど、でもそんなこと教えてくれる人が近くにいなかったのかなぁ、とか、仲間なのになぁ、とか、考えたら、なんかねー…」

悲しそうな声を出しながら、ぎゅっとフローリアンが抱き着いてくる。フローリアンのおかげで助かった命はあるだろうが、その命がどうなったかなど確認するすべもなくて。ちょっぴり俺も悲しくなりながらフローリアンの腕を優しく叩いた。

「分かった。こっちでも調べてみ………ん?いや、なんかこんなことあったような…気が…」
「フレイ?」

調べる、と言った手前。なんだか頭に引っかかってしまった。記憶を引っ張り出そうにも上手く引き出せないのか、霞がかって思い出すことができない。急に黙り込んでしまった俺にフローリアンが不思議そうに顔を覗き込んできたけれども、上手く答えることができなかった。


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