ビューティフルノイズ
「あ、にいちゃーん!」
呼ばれた声に反応して振り返る。コツンと足元に何かが当たった気がして視線を下げるとサッカーボールが転がってきてた。あの子たちが遊んでたんだろーなーと思いつつ、転がって来たサッカーボールを蹴り飛ばしてやる。
「にいちゃんありがとー!」 「おう、気をつけろよー」
近くに転がって来たサッカーボールを手に持って、お礼を言いながら走り去る子どもたちをにこやかに見送る。あー、いいなぁアイツら。気が楽で。なんて思いながらも深いため息を零した。
「ふーれーいー!」 「ぐはっ!…お、お前…、もうちょっと穏やかに来いよ…」
背中に物凄い勢いで誰かがタックルを噛ましてきた。誰かなんて言うまでもないんだけど。顔をほんの少しだけ背後に向けるとぎゅうぎゅうと後ろから抱きついてくるフローリアンの姿が。
「フローリアン…お前なぁ、こっそり連れて来てやったんだからもうちょっと静かに…」 「フレイってばひどい!せっかく手紙持ってきたのに!」 「手紙?」
てっきりその辺の店で菓子かなんか買ってるんだと思ったんだが、どうやらダアトからの手紙を受け取りに行ってたらしい。そんな素振り一切気付かなかったのに。背後から可愛らしく顔を覗かせたフローリアンは手紙をちらつかせてにっこり笑った。
「……嫌な予感がする」 「うん!その予感は外れじゃないと思うよー?」 「……いーやーだー」
手紙を受け取らずにくっついているフローリアンを引き剥がそうとその服を引っ張る。「痛い痛い!」だなんて服を引っ張られているだけなのに大袈裟に泣きわめくもんだから、住民たちからの視線が痛い。
俺たちが今どこにいるかというと、セントビナーの街中。外殻大地降下から約一ヶ月。…ようするにあれだ、ヴァンが地核に落ちてから一ヶ月が経った。残念ながら俺もルークもローレライの鍵を持っているからかローレライからの接触は一切ない。いや、ルークには連絡がいったのかもしれないが、俺がルークと接触しようとしなかったから当然分からないまま。何度か俺と連絡を取ろうとしたようだけど、ここ半月は一切何もないから諦めたんだろう。
「時間ないんだってばーっ!もう!現実逃避してないで見てよっ!」 「はー…わかったよ…」
必死なフローリアンの様子に、このまま燃やしてやろうと思った手紙を素直に受け取る。なんだよ、ちょっとパッセージリングの様子を見に来ただけだっつーのに、なんだって扱き使われなきゃならないんだ。明らかにイオンからの手紙を受け取ると深いため息が零れる。
「…………あー…」
始めはどうせ命令書だろうと思って斜め読みしてたが、どうにも雲行きが怪しい。読むごとに表情が険しくなっていくのをフローリアンが不安そうに見つめていた。
「…フレイ?」
少し心配そうに首を傾げてフローリアンが顔を覗き込んできた。未だに抱きついたままであるのは変わらないけど、それがさっきよりは気にならなくなったのは手紙のせいだろう。
「フローリアン、ここで待機な」 「えーーーー!?」
一言に、物凄く不満そうに口を尖らせる。そこでようやく俺から離れた。あからさまに「怒ってます」という表情を浮かべて俺の目の前に仁王立ちし始めた。
「なんで僕は置いてくの!?」 「あー…まぁ察してくれ」 「ひどい!フレイの人でなしー!!」
…さっきからセントビナーの住民の視線が痛い。俺が何かを言うたびにフローリアンが泣いたり騒いだりするものだから、俺が苛めてるんじゃないかと思ってるみたいだけど。ちらりとこちらに視線を投げて来ても、神託の盾騎士団の服装をしているせいか誰も近寄ってこようとしない。警備しているマルクト兵は俺のことを知っているから見てない振りをしてるし。すげぇ居心地悪い。
「すぐ戻ってくるから、ちょっと待ってろ」 「うぅ…っ、不貞寝してやる…!」 「いやフローリアンがついてくるとちょっと面倒なんだって…マジで。1時間…あ、いや、2時間で戻るから」 「絶対嘘だ!」 「努力するっつってんだろーが!」
「ぶーぶー」とああ言えばこう言う状態に入ってしまったフローリアンに何を言っても無駄だ。それは良く分かってる。イオンからの胸糞悪い手紙を握り潰して、フローリアンの手の中に収めた。俺が持ってって落としても嫌だしな。
「それ燃やしとけよ〜」 「もうっ、アリエッタの手紙便で送り返してやるもん!」 「はいはい」
手紙のせいで置いてかれることになった、とはよく分かっているらしい。それでもやっぱり不満は消えないようで「フレイのばかーーー!」と叫んで宿屋の方へと走って行ってしまった。いやだから、これ以上街中で騒ぐんじゃねぇって…。
「…言ったところで無駄だよなぁ」
呆れつつも、別にそれが嫌なわけではないから別にいいか。フローリアンが完全に宿に入って行ったのを確認してから歩き出す。じゃないと着いてくる可能性があるからな。まぁあれだけ言えばついてくることはないと思うけど。
「あー、ちくしょう。かったりぃなー…」
降下作業をしたあとの空はやけに清々しかった。ちくしょう、あの音譜帯にローレライがいてくれれば物凄く楽だったのに。
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