対立の兆し


正直言って。もう既にマルクトとの密約は成っているから、戦う必要はない。まぁその密命はこのタルタロスから落とされた後に、アスランから聞くことになるだろうが。戦闘はさほど大きくならなかったせいか、すっかりと綺麗になっている甲板を見下ろせる位置に俺はいた。

どうして出ないかって?そりゃ俺がいたら混乱するからだろ。ケセドニア北部戦を知っている奴が此処にいるかどうかも分からないけど。六神将が勢ぞろいしているんだ。失敗なんかするわけがない。ていうか陛下に連絡済みだから失敗する方がおかしい。そんなわけで絶賛サボり中である。サボり万歳!シンクに見つかったら確実に怒られるが。



「あ、フレイ発見!」

振り返るまでもないが。後ろを振り返ると、そこにはフローリアンがいた。一仕事終えたあとのような顔で俺の隣に並んだ。下を見下ろしている俺に、不思議そうに首を傾げていたが、特に何も聞かずに言葉を続けた。

「えっと、イオンとリンはリグレットと一緒に―…フォンスロット?ってところに向かったよって連絡と、あとアニスは落としておいたから!手当は出してくださいねー、だって」
「アニスの奴、たくましくなったよな」
「で、一通り終わったから連絡に来ました!」
「よし、お疲れ様」

報告の役をシンクに任されたのだろうか。随分と誇らしげにそう言ってフローリアンが笑う。そんなフローリアンの頭を撫でて、小さく笑った。簡単な仕事をやってもらうことが多いフローリアン。そもそも教団兵ではないのだけれど。役に立ちたいから、と最近はやたらと働いてもらっている気がする。それも、シンクや俺が一緒の時に限定されているが。


んー、と背伸びをしたフローリアンから視線をまた下へと移す。そろそろ来るころだと思っているからだ。まぁ個人的な理由としては、本当にジェイドが[戻って]きているのかどうかが知りたいだけでもあるが。まぁ、なぁ…まさか俺が出て行くわけにもいかないし。

さて、どうするか。なーんて策を練っている間に連中が甲板に姿を現した。いくらかいた神託の盾兵を譜歌で眠らせていたが、俺とフローリアンのいるところまではそれは聞こえてこなかったせいか、譜歌の効力は現れなかった。

「ねぇ、あれってフレイの被験者?」

何かの音に気付いたのだろう。フローリアンも同じように下を見ていた。覗き込むような体制だったから、落ちないか不安だったが。あれ、と言ってフローリアンが指したのはルークだった。被験者、とかいう言い方にちょっとだけ苦笑いしてしまったが。まぁ、そうだと言われればそうなんだけど。違和感違和感。

「そうだよ」
「なんで髪の色が違うの?」
「あぁこれは俺が髪の色変えてるから。バレるだろ?」

同じ色だと、とそう告げれば。ふーん、と言ってまたルークを見ていた。いつの間にか、甲板にはルークだけが残っていた。いや、ミュウもそこにいるが。適当な相槌が返ってきたが、フローリアンも分かっているだろう。赤い髪に翡翠の瞳はキムラスカ王家の象徴だ。だからこそ、俺も髪の色を変えてはいるんだが…。はは、噂ではキムラスカ王家の人間じゃないかって言われてます。黒髪に翡翠の瞳も問題だな。いや、この場合問題なのは翡翠の色、か。

「あいつも外套くらいすればいいのに」

そう言って呟いた言葉に、賛成も出来ずに笑ってしまった。言われてみればそうだが、まぁ買っている時間もなかったのだろう。それとも思いつかなかったのか。マルクトの人間ですらキムラスカ王家の象徴は捉えているはず。

それに、ジェイドが[戻って]いるんだから、買うことを促すこともできたはず、だったんだけど…。俺の気にしていることではないか。ふと、急にフローリアンがそわそわし始めたのが分かった。どうしたんだ、と声をかけたら、何故か言い難そうに言い淀んでから、下を指差した。


「どうせ、捕まえるならさ…ちょっかい出してきてもいい?」

珍しいな、と思った。フローリアンが提案に立候補することはあっても、自分からあれをしてみたい、とかは言わないような奴だった。何か理由があるのか、とも少し思ったが。…どうやら考えている時間もなさそうだ。譜歌の効力が切れ始めたのか、周りの兵士が起き上ろうとしている。いくら命令してあるとはいえ、剣を向けるだけでもまずいというのに。譜歌のせいか、思考回路が鈍っていればそうもいかないだろう。…迷っている時間はない、か。

「いいけど、殺すなよ?」
「うん、善処しまーす」

善処ってなんだ、善処って!そうフローリアンに向かって小さく叫んではみたが、それも無駄だったのだろうか。フローリアンはアイシクルの詠唱を完成させてから飛び降りて行ってしまった。たまに思う。あいつ、[前]を知っているんじゃないかって。そんなわけはないんだけど、そう思っちゃう時があるんだよな。


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