Novel
16
宮野愁という男とは。
「おう!おはよう、鉄」
俺の幼馴染だ。もう一人幼馴染がいる。名前は研磨。だから、俺と研磨と愁はもう何年もの付き合いだ。俺と研磨はバレーを小さい頃からしてる。だから高校もバレー部だ。けど、こいつは
「今日の朝練でさ、やっと初めて杉原がまともに1回だけだけどドリブル出来たんだよ」
バスケ部だ。勿論俺は小さい頃愁を誘った。愁もやってたけど、小学校に上がった時に愁は自分に最も向いているものを見つけてしまった。それがバスケだった。
「鉄!研磨!おれ、バスケする」
「え、バスケ?」
「バレーじゃねぇのかよ?」
「バレーも好きだ。楽しい」
「じゃあ…」
「でもバレーじゃないんだ。おれに合ってるのはバスケだ」
「愁…」
「おれはバスケをする。だから2人はバレーしろよ!おれはお前らがバレーの試合に出たら誰よりも応援する。おれが一番のファンだ!だから鉄と研磨もおれが試合に出たらおれを応援して、おれの一番のファンになってくれ」
愁は俺らが小学校のバレーチームで試合に初めて出た時、1番前の席で応援してくれた。勝った時、誰よりも喜んでくれた。だってあいつ泣いてたもん。
「愁…、泣かないで」
「うぅ〜っ」
「あーっと、俺ら勝ったぜ?お前が1番前で応援してくれたおかげでさ」
「っ、俺の応援で勝ったんじゃない」
「「え」」
「鉄と研磨が頑張って練習したから勝ったんだ!無気力な研磨が頑張って、皆を鉄が引っ張ったから、勝てたんだ。俺、それが嬉しいんだ…!」
「愁…」
「愁…」
「やっぱお前ら俺の自慢の幼馴染だ。バレーやってる2人、かっけーもん」
本当に嬉しそうで、本当に喜んでくれて。それが嬉しかった。だから俺と研磨も愁のバスケの試合があったら1番前で応援した。
「愁!今の凄かったな!」
「どうやって相手にパスしたの?」
「んー…なんとなく、そこにチームメイトが居た気がしてさ。だからパスした」
「分かるもんなのか?」
「分かる」
「どうして?」
「チームメイトだから」
あいつは誰よりチームメイトを信頼していた。だから相手にパスをカットされない。本当に絶妙なタイミングでパスを出すんだ。
中学に上がった頃、ITに愁が出た。まだ1年で。本人は居た堪れないなんて言ってたけど、俺としたら誇りだった。俺の幼馴染はすげぇんだぜって。でも、やっぱり良く思わない奴もいた。クラスが一緒だったから部活に行く時は一緒に行ってた。その時、たまたま聞こえた。
「1年の宮野。俺ら2年差し置いてレギュラーだって」
「はぁ?まじかよ。監督もコーチも何考えてんだか」
「1年のあいつに何ができんだよな」
「あれだろ。パスもカットもドリブルもシュートも天才的。だから選ばれたんだろ」
「あー。天才って良いよな。楽なんだからさ」
「だよな」
「っあのヤロ…っ」
「良いよ、鉄」
「っ、なんでだよ!お前あんな風に言われてんのに…!」
「大丈夫。気にしてねぇよ。それにここで暴力沙汰起こしたら鉄だって部活出来なくなる」
「そう、だけど…」
「1年で2年の先輩押しのけてIT出るんだからそう言われたって仕方ねぇよ」
「っ、愁…」
「それに分かってくれてる人間がいるって分かってたらなんてことねぇよ!」
俺は知ってる。だってずっと見てきた。愁は天才型じゃねぇ。努力型だ。パスもカットもドリブルもシュートも。最初は普通だったし出来なかった。だから練習してた。何度も同じ練習して、何度も失敗して、また何度も同じことをする。汗水流してあいつはいつだって前を向いてた。知ってるんだ。お前は、努力の天才だってことを。
悪態ついてた2年のそいつらは、ITに出た愁のプレーを見て度肝を抜かれてた。当たり前だ。あいつはお前らより何倍も努力してんだ。そして、IT決勝戦。もう時間がない。ブザーが鳴る。その瞬間に、愁は誰よりも離れたその場所からシュートを放った。入った。鳴る。試合終了。多分あれは、愁の言ってたブザービートってやつだ。
それをした本人はチームメイトの先輩から揉みくちゃにされていた。そして…泣いてた。嬉しそうに。だから俺も、貰い泣きした。お前が俺と研磨の初めての試合で泣いてくれたように。
「鉄!研磨!」
「愁、おめでとう」
「本当におめでとさん、愁」
「ありがとう。2人の声聞こえてたぜ」
「え、俺の声が…?」
「研磨の声小さくて聞こえなくね?」
「いんや、聞こえた。「愁、頑張れ」って言ってくれたろ?」
「…言った」
「ちゃーんと聞こえてんだからな。鉄の声だって!」
「マジか…」
「マジだ」
「なんか、恥ずかしいね…」
「な…」
「お前ら2人の声援あったから俺走れたよ。本当にありがとな」
笑う愁を見て、俺と研磨は顔を見合わせた。んで、あいつに向かって言ってやったんだ。
「「だって俺ら愁の1番のファンだから」」
って。そしたらあいつ、めっちゃビックリしてて…でもそのあと、本当に嬉しそうに笑ったんだ。
あれから5年。俺らは高2になってお互いバレー、バスケと頑張ってる。
「おい、鉄。起きろー。昼飯食いっぱぐれるぞ」
「…んー…」
「黒尾の奴完全に熟睡だな」
「だな。ったく仕方ねぇな。夜久、俺鉄の分の昼飯買ってくるから待っててくれ」
「了解」
パタパタと走っていく足音が聞こえる。買いに行ってくれたんだろう。
「…おいこら黒尾さんよ。雑魚寝入りしてんな」
「…あは、バレた?」
「バレバレだわ!宮野がお前寝てるからって買いに行ってくれたぞ」
「知ってる」
「後でお礼言っとけよなぁ」
「おう」
きっと愁は俺が起きてるの知ってた。けどあえて無理やり起こさず寝かしたまま俺の分の昼飯を買いに行ってくれた。多分、俺は言ってないけど今日の体調があんまりよろしくない事を分かってるからだ。だって授業中起こされなかったし、休み時間も寝てても何も言わなかったし、時々椅子にかけてる上着掛けてくれたし。
「…頼りになるよ、愁」
「んぁ?なんか言ったか、黒尾」
「なーんも」
「おーい、買ってきたぞ。…お、鉄起きたか」
「おー。悪ぃな、愁」
「おかえり、宮野」
「ただいま。ほれ」
「サンキュ」
袋を渡されて中身を見る。
「ん?」
「あ?なんだ?」
「…いや、なんでもねぇ」
袋の中に入ってたのは2つのパンと飲み物と、栄養ドリンク。栄養ドリンクなんて購買じゃ売ってねぇだろ。どこで買ったんだよ、本当に。
「俺愁だーいすき」
「はぁ?何言ってんだよお前」
「今更ながらにして何宮野に告ってんだ。周知だわ」
「良いんだって。言いたかっただけだから」
「変な鉄だな。とりあえず飯食おうぜ」
「おー」
あーだこーだと心配されるのを嫌ってる事を知ってるから、「お前今日調子悪ぃだろ」とか、「風邪引いてんなら休め」とか、「保健室行け」とか言わねぇ。
「俺ちょっと飲みモン買ってくるわ」
「あ、夜久!悪いけど俺にも!後で金渡す!」
「おー。何が良い?」
「カフェオレ!」
「了解ー。黒尾は?」
「俺は良いや」
「はいよー」
買いに行った夜久が居なくなって、この机の周りには俺と愁だけ。
「…今日は自主練すんなよ」
「んー?」
「部活休めとは言わねぇよ。言ったって聞かねぇしな。だから自主練はやんな。後、しんどくなったら無理すんな」
「………」
「聞いてんのか、鉄?」
「…おー、聞いてる。分かってるよ。無理はしねぇから」
「ならいい。…それくらいは飲んどけよ」
「おう。…サンキューな、これ」
「気にすんな」
宮野愁という男とは。
顔良くて、性格良くて、頭も良い。国語は壊滅的だが…。
そして決して天才型ではなく努力型。
人一倍仲間想いで優しい。
けど、見え見えな優しなんて見せない。
人をよく見てて世話焼きだ。
けど皆世話を焼かれても嫌そうにしないのは、こいつだから。
信頼も厚くて、完璧兄貴肌。
頼りになる存在だ。
けど、愁が寄り掛かって息ついて休める場所は、きっと俺と研磨の隣だ。
「愁」
「ん?」
「大好き」
「知ってる」
「愁は?」
「…鉄と研磨が大好きだよ」
宮野愁という男とは。
俺の、俺たちの大切な幼馴染みです。