「寝てるな…」 「あぁ。ちょっと顔色もマシになったな」 「今日一日中具合悪そうだったんだよ。保健室行くかって言ったけどそれほどじゃないからいいって言って」 「愁は無理しちゃうところあるもんね」 「最近如月くん忙しそうだったよね」 「朝も帰りもバタバタしてるしな」 「泉知ってんの?」 みんなの視線が泉に注がれる。その本人は愁の寝るベッドの近くに置いてあったパイプ椅子に座っている。 「あー、うん」 「理由はなんなんだ?」 「愁のお袋さんが5日前から出張なんだよ。それで家のこととか全部してるみたいでさ」 「え、親父さんは?」 「…いない。もう2年前に亡くなってる」 「あ…」 「だから愁のとこって母子家庭なんだ」 「うん…」 「親父さんが早くに亡くなって、今は愁のお袋さんと愁と妹の桃ちゃんと三人暮らし。親父さんが亡くなってからは愁が親父さんの代わりっていうか、お袋さん支えたり率先して妹の世話したりとかしてさ。最初は部活やんのも悩んでたんだよ。けどお袋さんに背中押されてやることにしたらしいけど…。普段から家のこととかも手伝ったりしてるらしいけど、今回は出張だから全部しなきゃだろ?桃ちゃんの送り迎えとか家事とか学校の事とか」 「それで朝練遅れてきたり、部活も早めに帰ってたんだな」 「それで夜もあんま寝れてねぇみたいでさ。食欲もないみたいだったし。ったく、頑張り過ぎなんだよ。たまには幼馴染の俺を頼れっての」 そういう泉の目は優しげで愁が大切なんだなっていうのを物語ってた。 「…ん…」 僅かに愁の声が聞こえてみんなそっちに目をやる。眉間に皺を寄せたかと思うとゆっくり目を開く。 「ん…ん?…ここ、どこ」 「保健室だよ」 「あれ…孝介じゃん…」 「俺らも居るよ」 「みんな…。え、なんで…?」 「部活が今日早めに終わったからこうして様子見に来たんだ」 「部活が早めに…、……終わった!?」 ガバッと体を起こす愁。それにみんなはぅお!と体を仰け反る。 「ど、どうしたの!愁!」 「迎え!」 「迎え?」 「保育園行かねぇと!今何時!」 「え、今?えっと…8時」 サーと顔が青くなる愁。急いでベッドから降りると水谷と田島が持って来てくれた荷物を受け取り、礼を言ってから帰ろうとする。 「ちょ、待て待て!そんな体でどこ行くんだ!」 「いやだから保育園だって」 「まだ熱あるんだから体休めとかなきゃ!」 「…待ってんだよ、あいつ。俺が来んの」 「桃ちゃんか?」 それに頷く愁。 「寂しくねぇわけねぇんだ。母親が側にいなくて父親もいねぇ。甘えたい年頃なのになかなか甘えようともしない。けど今日朝珍しく我儘言ったんだよ。もっと俺と遊びたいって。小さいなりに我慢してんだ。んで、今も俺が来んの待ってんだ。自分の体も大事だけど、素直に我儘も言えねぇあいつを今は大事にしてやんなきゃなんねぇだろ」 心配してくれてありがとな、じゃあまた明日と走って出て行った姿をチームメイトはただ見ていた。 「…ったく、かっこいいやつ」 誰かがぽそっとそう呟いた。 走って走ってやっと保育園に近付く。僅かに見える灯。 「っすみません!如月です!遅くなりました!」 その声が聞こえたのか奥から先生が出てくる。眠っている桃を抱いて。 「おかえりなさい。お迎えご苦労様です」 「すみません、遅くなって…!桃、寝てるんですか?」 「頑張ってお兄ちゃんが来るまで起きてる!って言ってたんですけどやっぱり眠気には負けちゃったみたいで」 「そうですか…」 桃を受け取り抱き抱える。顔を見ればよく寝ており起きる様子はない。よく今日も遊んだんだろう。 「今日も桃ちゃんいい子にしてましたよ」 「あ、本当ですか?」 「えぇ。それに今日は帰ったらお兄ちゃんと遊ぶんだって喜んでました。いつも以上に元気で、外でいっぱい遊んでお友達ともたくさん笑って何話してるのかなって聞いてみたらお兄ちゃんのお話ばかりしてて。ほんと、大好きなんですね、お兄さんが」 むにゃむにゃと寝言なのかなんなのか、何かを言っている桃を見下ろす。抱き抱えた時にぎゅっと服を掴んでいる手を見て笑う。寝ているときは無意識に甘えん坊だ。普段もそうしてくれてもいいのに。 「疲れていると思いますけど、桃ちゃんと遊んであげてください」 「…疲れてなんていませんよ。帰ったら、この不器用な妹を思いっきり甘やかします」 「そうしてあげてください」 「じゃあ、遅くまでありがとうございました」 「いえいえ。気をつけて帰ってくださいね」 「失礼します」 「さようなら」 保育園の門を出てもう一度抱き直す。ぐっすりと寝ており少しの振動じゃ起きやしない。 「まだちっせぇんだからもっと我儘言いなさい」 少しくらい俺も母さんも困ったりしないから。子供らしくしていい。親父がいない代わりに俺が兄兼父親代わりになってやるから。 「…帰って目ェ覚まさねぇと遊べねぇぞ」 言っとくけどプリキュアごっこは無しな。にいちゃん分かんねぇから。よくキュアなんたらとか言ってるけどにいちゃん殆ど分からずにスゲェなスゲェな言ってるから。 「…ままごとぐらいなら出来るかな」 「おにーちゃん!昨日はありがとう!」 「楽しかったか?」 「うん!たのしかった!」 「本当にあれがやりたかったわけ?」 「したかった!」 結局昨日はプリキュア鑑賞会になった。一話からずらーと見せられた。半分寝かけてて体が傾くごとに間が良いのか悪いのか桃が声を上げるため寝れない。 まぁ、楽しかったのなら良しとしよう。 「で、なんで今日はそんな早く起きたんだ?今日保育園休みだろ」 そう、今日は保育園が休み。なぜなら土曜だから。朝練があるので通常通りに自分は起きる。とはいえ今日は練習が6時から。5時に起きたら5時15分に妹・桃氏が起きてきた。 「眠いだろ、寝ていいぞ。ただし部屋でな」 「ううん!ねないー!」 「なんで。眠くねぇの?てか朝から元気だな」 「桃いつもげんき!」 「あぁ、そうね」 眠気覚ましにコーヒーを飲めばそれを興味深く覗き込んでくる。 「なぁに、それ」 「コーヒー」 「こーひー?おいしいの?」 「桃には苦くて仕方ないかもな」 「にがいのヤダー!」 「もう少し大人になってから挑戦しましょう」 そろそろ出るかと席を立つ。玄関に向かえばてこてこと着いてくる。 「じゃあにいちゃんは朝練行くけど、いい子にしてるんだぞ」 「…んー…」 「ん?」 途端に元気がなくなる桃氏。どした。何があったこの短時間で。 「んー…、ひとり…」 出された言葉にぴーんと働かない頭が働く。なるほどなるほど。そういう事。 「…よし、桃。着替えてこい」 「え?」 「一緒に学校行くぞ」 「いいの?」 「幸い授業なしの練習オンリーだ。しのーかの手伝いでもしてやれ」 「うん!!まっててね!きがえるから!いっちゃダメだよ!」 「はいはい」 数分して着替えれたのかバタバタと走ってくる。 「帽子持ったかー?」 「もった!」 「よし、んなら行くぞ」 「はーい!」 家を出て鍵を閉める。隣の家からも音がする。 「お、愁はよ。体大丈夫か?」 「おー、はよ。昨日夜薬飲んだら完璧」 「そっか。ん?あれ、桃ちゃんじゃん」 「孝ちゃんおはよ!」 「おはよ。でもなんで?」 「まだ母さん帰ってきてないからさ。一人だと寂しいみたいだし連れて行こうと思って。モモカンも許してくれるだろ」 「なるほどな。まぁ、大丈夫だろ」 3人で学校まで行く。電車の揺れで桃はコクンコクンと船を漕ぎ、終いには寝てしまう。 「言わんこっちゃない」 「ははっ、頑張って起きたんだな」 どっこいしょと抱き上げて駅を降りる。そのままグラウンドへ向かう。もう何人か来ており準備運動をしている。 「はよーっす」 「おー、はよー!お、愁だれその子?」 「妹」 「あぁ!桃ちゃん!」 「何で知ってんの?」 「泉から聞いたんだ」 「へぇ」 「でもなんで?」 「お袋さんがまだ帰ってきてないし、1人にするのもあれだから連れてきたんだってよ」 「そっかそっか!今日は朝から夕方まで部活だから家でいたらずっと一人だもんな!」 「泣くとなかなか泣き止まないんで、うちの子」 「でも、部活中どうすんの?」 「ベンチにいてもらって、時たましのーかに見てもらおうと」 「ナイスアイディア!」 「で、そのしのーか来てる?」 「おう!おーい!しのーか!」 田島が向こうの方でボールを出している篠岡を呼ぶ。声に気付いた篠岡はこっちにやってくる。 「どうしたの?あれ、その子は?」 「俺の妹。悪いんだけど、今日一日ベンチで見てもらっていい?」 「全然良いよ!わー!可愛いね!名前はなんていうの?」 「桃」 「桃ちゃんかぁ!ふふ、朝早いから寝ちゃってるね」 「眠いかって聞いたら眠くないって。その割に電車で爆睡だけどな」 「じゃあ、とりあえずベンチで預かるね。如月は着替えてきていいよ!」 「サンキュー」 しのーかに桃を手渡して自分と泉は更衣室へ。着替え終わったらグラウンドに行く。ゾロゾロとグラウンドにはメンバーが集まってくる。 帽子を被り直し、腕をぐるっと回す。 「おはよ、愁。体大丈夫か?」 「おはよ、花井。あぁ、薬飲んだから万全」 「なら良かった。今日は妹来てるんだってな」 「そうそう。しのーかに見てもらってる」 「何歳?」 「3歳」 「3歳かぁ」 「よ、愁、花井」 「お、阿部おはよ」 「はよ、阿部」 「もう大丈夫なのか、体調」 「へーきへーき。悪いな、心配かけて」 「いや、いけんなら良いんだ。あの後田島と水谷が騒ぐから止めんの大変だったけど」 「お役目ご苦労様」 「んな役目いらねぇよ」 モモカンの始めるよー!という声で朝練開始。 中盤になり、カキーンという音が桃の耳に入る。 「むぁー…」 「あ、桃ちゃん起きた?」 「おねーちゃん、だぁれ?」 「ふふ、私桃ちゃんのお兄ちゃんと同じ部活でマネージャーしてるの。篠岡千代って言います。よろしくね」 「ちよおねーちゃん!おにーちゃんは?」 「お兄ちゃんなら、今グラウンドに居るよ。見る?」 「みる!」 篠岡は桃を抱きかかえてグラウンドを見させる。ちょうどバッターボックスに愁が立っており、今から打つところだった。 「今から如月くんが打つよ」 「ほんと!」 「うん。見ていてあげね」 「うん!」 じーっと自分の兄の姿を見る。三橋の投げた球を綺麗なフォームでバットに当て大きな弧を描いて飛んで行った。 「うった!おにーちゃんうった!」 「打ったね!」 「おにーちゃーーん!!うったーーー!!かっこいいーー!!」 その声はグラウンドに響き渡り、言われた本人はびっくりした顔で桃を見る。そんなこと気にせずにまだ大声で兄の名前を呼ぶ。 「愁おにーちゃーーん!!」 「分かったから大声出すな!!」 「おにーちゃーーん!!おこったーー??」 「怒ってねぇよ!!」 「よかったーーー!!」 「はぁ…」 脱力感満載な兄・愁介と笑顔満載な妹・桃。そんな二人を見る西浦ーぜのみんな。 「平和だなぁ」 「平和だ」 「うん、平和」 END |