柳宿はあの後宿に戻ってきた。足取りはどこか重たい。


柳「ただいま」

美「あ、おかえりー」



宿の中を見るけども睡蓮が見えない。安心したような、残念なような。



柳「…ねぇ、美朱。睡蓮は?」

美「え、柳宿見てないの?」

柳「え?」

美「柳宿が遅いからそろそろ迎えに行ってくるって言って出て行ったんだよ」



ね、翼宿、星宿、軫宿!と3人に確認を取る美朱。その3人もそうだと頷いている。


星「外にいては冷えるだろうからと布を持って出て行ったぞ」

翼「柳宿、お前会わんかったんか?」

柳「…見てないわ」

軫「おかしいな。出てもう30分は経つ。お前と一緒に帰ってくるものだと思っていたが…」




ドクン




嫌な予感がした。言葉には出来ない、嫌な感じ。これはそう、もう随分前にも感じた。あの時、今と似たような予感を感じて駆け付けた。その時、睡蓮は…。





柳「っ、あたし見てくるわ!」

翼「あ、おい!柳宿!って、あいつ足速いな!俺らも行くっちゅーねん!」








睡蓮は、血を流していたんだ。涙を流して、座り込んでいた。覚えている。鮮明に。




柳「睡蓮…っ!」




あの時と同じようなことは起こさせたくない。あの子の血に濡れた姿なんて見たくない。





















「…もう宿に帰っちゃったのかしら…」


池の畔まで来たが探していた人物はいない。ぐるりと見渡すも、やはり見つからない。



「居ないみたいだし、きっと帰ったのね」


ならここには用はないと池に背を向け歩き出す。
向けたと同時に池から音がする。ザバァッと何かが出てくるような音。思わず後ろを振り向く。手が伸びてくる。手から布が落ちる。体は、そのまま池の中へと引きづり込まれた。



「…っ!」


水の中で目を開ける。目に入ったのは人とは言えない、獣。



「…っゴホッ!」



息が、続かない。






























柳「睡蓮!睡蓮!!」



いくら声を張り上げて呼んでも声が聞こえない。どこに行ったの…。どこにいるの…?




美「柳宿!」

柳「! 美朱、星宿様、翼宿、軫宿!」

翼「睡蓮は居らんのか!?」

柳「何度名前を呼んでも返答がないのよ…っ」

星「おかしい…。睡蓮の事だ、無闇に遠くへ行ったりしないはずだ…」






その時、軫宿は柳宿の後方にある池の近くに一枚の布が落ちているのを見付ける。



軫「おい…、あの布…」




その声にみんながその方を向く。



星「あれは…」

翼「睡蓮が柳宿って持ってった布やんけ…!」

美「なんで、あんな所に…」

柳「まさか……、池の、中っていうの…?」


誰もが柳宿の言葉を信じられなかった。あの睡蓮が何故水の中になんて入るのだ。しかも布だけをその場に置いて。





軫「……もし、敵に襲撃されたとしたら…」

柳「っ!」



バッと軫宿を見る。けれど、その顔は冗談を言っている顔ではない。考えないように、していたのかもしれない。睡蓮が敵に襲われたなんて。そんな嫌な想像をしたくなくて、頭の隅に置いていたのかもしれない。





翼「もしそうやったら、助けに行かなあかんやろ!ほら!行くで!」



翼宿はその場から走り出し池へと近付こうとする。しかし、翼宿は何かに跳ね返されてしまった。



翼「なっなんなんや!!」

星「これは…結界!」

美「結界!?」

星「誰かが意図的に作り出したものだ…っ!ここから先に、誰も入れないように…っ」

翼「…っじゃあ、ほんまにあの池の中に睡蓮が敵に捕まって居るっちゅーことか!?」





柳宿はその結界に近づいて、自身の怪力で結界を殴る。しかし、ビクともしない。


柳「壊れてよ…!っ壊れて!!」




拳を突き付けても、殴り付けても、壊れないそれ。



柳「っ睡蓮!!」

































水の中で戦うのは不利だ。体も水の重力で重たい。腕や足に纏わりつくこの手をなんとかしなければならない。



「(水中で足技は使えない…、! 糸…糸に気を流し込んで操ればなんとか出れる…っ!)」



睡蓮は糸を取り出すとそこに己の気を流し込んだ。しなっていた糸がピンと張る。その糸で掴んでくる手を切り刻む。
体が自由になる。糸を獣の体に巻きつける。顔を上に向け、外に向かって糸を伸ばす。近くには木があったはず。その木に糸を括り付け、敵と共にこの池の中から出ようとする。

暴れる敵をもう一度きつく締める。
















ザバァッ!



池から音がした。俯いていた顔を上げる。その池から出てきたのは細く長い、糸。



美「…糸が…」




その糸を見た途端、頭に浮かんだのはたった一人。



柳「…睡蓮?」



そう呟いた瞬間、池から睡蓮が出てきた。伸ばした糸を引き、体を宙に浮かす。そして片方の手から伸びる糸をグッと引っ張り、敵を池から出す。
地面へと敵を投げると、睡蓮も木から糸を取り、地面に着地する。





柳「睡蓮!!」



睡蓮は声のする方を向く。睡蓮の目に映るのは仲間の姿、そして柳宿の姿。柳宿の目に映るのは水に濡れ、敵を捕らえている睡蓮の姿。





「みんな…、柳宿…」




仲間の方へ顔を向けていた睡蓮に襲いかかるその獣。


美「睡蓮!!前!!」




美朱の声に視線を獣に戻す。鋭い爪が睡蓮を襲う。それを避けて距離をとる。




「…狙いはなんなのかしら」



問うも答えはない。




「朱雀の巫女?七星士?それとも…この私かしら」



図星だったのだろう。一気に距離を縮めて近付いてくる。




「光の…守護、一等星…殺す。青龍、付かない。朱雀、付く。言うこと、聞かない…。殺す。朱雀の巫女、邪魔。七星士、邪魔。いらない…、殺す」

「そう、貴方は青龍の者なのね」



大きな図体を物ともせず向かってくる。睡蓮はその場から動こうとしない。




翼「何やってんねん!!避け!」

星「そのままでは大怪我をする!!」

美「逃げて!!睡蓮!!」

柳「…大丈夫よ、きっと」

軫「どういうことだ、柳宿」



柳宿はただ睡蓮だけを見る。睡蓮のあの目を知っていた。普段は温厚な睡蓮があの目をするとき。それは…







柳「相手を、敵と見なした時の目よ…」















ゆっくりと手を前に挙げる。糸が宙を踊る。指を動かす。糸が敵へと向かっていく。その糸を切ろうとするが、切れない。絡みつき、動きを封じられる。腕、足、胴、首。





「どうしたって切れることはないわ。貴方のそんな柔な爪じゃね」

「ぐぁぁっ!」

「その糸からは逃げられない。どんなに足掻いたって無駄よ。…貴方の敗因は2つ。1つは私の大切な人達を襲おうとしたこと。2つ目は…」





くいっと人差し指を軽く折る。獣の首を縛っていた糸が更にその首を締め付ける。きつく、きつく。獣は泡を吹くと、そのままその大きな体を地面に横たえた。事は、切れている。





「私を女だと見くびったことよ」





睡蓮と柳宿達を遮っていた結界が破れた。恐らく、あの獣が張っていたものだったのだろう。結界の外から美朱達が駆け寄ってくる。




美「睡蓮!!」

「美朱様」

美「怪我してない!?」

「はい、大丈夫です」



美朱に微笑む睡蓮の目はいつも通り優しく穏やかな目。



星「怪我がなくてよかった…。心配したぞ」

「ご心配をおかけしました」

翼「しっかし睡蓮、お前めちゃ強いやん!」

「ふふ、そんなことないわよ」

軫「ずぶ濡れになってしまったな。宿に戻ったら体を拭かなければ風邪をひく」

「そうね。そうするわ」




笑う睡蓮の腕に誰かが手を伸ばす。そのまま睡蓮は引っ張った者の腕の中にスポッと入った。




「ぬり、こ…?」

柳「……」



ただ無言で睡蓮を抱き締める。それを見た美朱達は気を利かせて2人だけにした。






「あの、柳宿…服、濡れちゃうわ」


離れようとするけど離してはくれない。



柳「…よかった」

「え…」

柳「知ってるわ。睡蓮が、強いことくらい。そんなこと、誰よりも知ってた…。でも、いざとなったら怖くなった。もしもって、考えたの。睡蓮が宿にいないって聞いて、あたしを迎えに行ったって聞いて、でもあたしあんたに会わなかった…。嫌な予感がしたの。どうしようもなく…。だから、必死に探した。何度も名前を呼んだ。けど、声は聞こえてこなかった…」

「…」

柳「本当に怖くなった…。軫宿に敵に襲撃されたかもしれないって言われて、考えたくないことを当てられて」



柳宿の手が震えている。寒さとか、冷たさとかじゃない。それは、安心からくるものなのか、怖さからくるものなのか。




柳「実際、本当にそうで、あんたはずぶ濡れで…、でも戦って…。勝ったはいいけど、あたしの中の不安感は消えてくれなかった…。頭の中に、もしものことがちらついて離れない…っ」



柳宿はただただ睡蓮に縋った。どこにも行かないで、消えないで、と。




柳「睡蓮があたしを好きじゃなくなって構わないっ。あたしがあんたを好きなだけで良いの…っ。だけど、消えないで…!無理なんてしなくていい!だから…っ」



言葉を詰まらせる柳宿。そんな柳宿を睡蓮は柳宿よりも強く抱き締め返した。





「…柳宿、ありがとう。その気持ちはとても嬉しい。…でもね、私は光の守護・一等星で、朱雀の巫女と七星士を守らなくちゃいけないわ。これは私に課せられた使命」

柳「っ!じゃあその使命のために死ぬって言うの!?」

「死なないわ」

柳「…っ」

「死なない。言ったじゃない。死ぬときは一緒よって。私は貴方と交わした約束を破るつもりはないわ。それにね…、」












美「睡蓮も気持ち伝えないとね!」















「…大好きな貴方を一人置いてなんていけないわ」

柳「え…」




睡蓮は柳宿の顔を真っ直ぐ見て言う。体を離した柳宿は睡蓮をただ呆然と見る。



「…あの言葉ね、すごく嬉しかったの。あの時は驚いちゃってただ黙ってたけど…、本当はとても嬉しかった」

柳「本当に…?」

「本当よ」

柳「仲間として、好きとかじゃなくて?」

「貴方を、一人の男の人として好きなの」



柳宿は頭で考えるより体が動いていた。気付けば睡蓮を抱き締めていて、気付けば腕の中に睡蓮が居た。




柳「…夢じゃ、ないのよね」

「夢なんかじゃないわ」

柳「…知らなかった、睡蓮があたしを好いてくれてたなんて」

「私だってそうよ。それにずっとこの恋心は閉まっていたもの」

柳「どうして?」

「柳宿が康琳として生きるって決めて、柳宿が柳宿の人生を捨てた時私がこの恋心を打ち明けてしまえばきっと柳宿が困ってしまうと思ったから…」

柳「そうだったの…。あたしもね、ずっと小さい頃から睡蓮が好きだった。けど、康琳が死んで、あの子の為に生きようと決めた時、睡蓮への恋心を自分の中の奥底にしまい込んだわ。康琳の代わりに後宮に入って、あの子が憧れていた陛下に恋心を寄せることで死んだあの子の為になるならってね」

「うん…」

柳「でも、鳳綺に言われたわ」

「鳳綺に?」

柳「えぇ。自分の本当の気持ちに嘘をついてはいけない。その大切な気持ちをなくしてはいけないって」




柳宿は後宮に入った後、星宿に恋心を抱きも心の奥では睡蓮を思っていた。自分の共に後宮に入り、睡蓮が仕える者として働いている姿をずっと見てきた。
誰よりも良く働き、誰よりも穏やかに笑う。だから彼女はよく人に好かれ、慕われている。

隠しているつもりだった。睡蓮を見ていることも、この秘めた恋心も。だけど、睡蓮とあたしの親友である鳳綺にはすぐに見破られた。




鳳「駄目よ、康琳。自分の本当の気持ちに嘘をついてはいけないわ。そして無くしちゃ駄目。愛するという気持ちはとても大切なもの。本当に睡蓮を心から愛しているのなら、その想いを貫かなくちゃ。愛は何者にも勝る想いよ」




今ならわかるわ、鳳綺。あたしは、誰よりも睡蓮を愛してる。何よりも護りたい存在。共に生きていきたい人。



柳「睡蓮、好きよ。誰よりも何よりも愛してる」

「私も…、柳宿。貴方が大好き。誰よりも愛してるわ」




そっと体を離し、ゆっくりと顔を近付ける。月明かりに照らされた2人の影は、重なっていた。





























翼「んー…おっそいなぁ」

美「あのねー、翼宿。今2人は自分の想いを伝え合ってるの!大切な時間なの!」

翼「せやかて遅すぎひん!?」

美「別に明日の朝帰ってきたって良いじゃない!」

翼「アホー!風邪引くやろ!!」

美「2人は大人だからそこんとこちゃんと考えているわよ!」

柳「何騒いでんの。外まで丸聞こえよ?」

「遅くなりました」



宿の扉から姿を現したのは柳宿と睡蓮。パッと翼宿から目を離し2人の方に向く美朱。




美「おっかえりー!って、あー!あー!やだー!もう、見せ付けてくれるんだから!」


美朱の視線の先は柳宿と睡蓮の手。そう、2人は手を繋いでいたのだ。


翼「ななななな何を手ェ繋いでんねや!!」

柳「別にいいじゃない。あたしと睡蓮はもうそういう仲なんだから」

「///」




恥ずかしそうに下を向く睡蓮に美朱は抱き付く。



美「睡蓮ー!良かったね!柳宿に幸せにしてもらうんだよ!でも大好きな睡蓮が柳宿のものになっちゃうなんて〜!」

柳「そんな心配するこっちゃないわよ。今の睡蓮の1番は朱雀の巫女である美朱なんだから。でもま!いつかはあたしを1番にするけどね」

「わ、私の1番は…美朱様と、柳宿…だけど…」

柳美「……」



なんだこの可愛い生き物は。こんな可愛い生き物見たことない。2人の頭の中はリンクした。




美「もう睡蓮大好きーー!!」

柳「あたしの1番はいつだって睡蓮よ」



両サイドから抱き締められる睡蓮。だが、その表情は嬉しそうで、幸せそうだった。






















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