何も見えない。光がない。真っ暗闇。声だけが聞こえる。


柳「睡蓮!あたしが見えないの!?」


柳宿は睡蓮の肩を掴んで必死で呼ぶ。だが、睡蓮には柳宿の顔も何も見えない。ただ自分を呼ぶ声のみが聞こえるだけ。


「…柳宿…、どこ?どこにいるの…?」

柳「っ、あんたの…睡蓮の目の前よ!ここに居るわ!」


睡蓮の手を取りぎゅっと握る。自分はここにいる。目の前にいるんだと知らせるように。



星「柳宿!翼宿!美朱!すぐに都へ戻るぞ!」

美「うん!」

翼「おん!」

柳「っはい!」



柳宿は睡蓮を抱き上げ、馬に乗せる。いつもなら一人で乗るところを睡蓮を前に乗せ、都へ向かう。

都に着くと、ちょうど目の前に少華の姿が。




柳「少華さん!」

少「みなさん…!」

柳「お願い、少華さん!睡蓮の目を治して欲しいの!病に感染してしまったみたいで…っ!」

少「…それは、私にはどうすることもできません」

美「え!?」

少「私の能力は死んだものを蘇らせるもの。睡蓮さんが、命を亡くされたなら手の施しようもありますが…」

翼「せやったら睡蓮を死なせっちゅーんか!?他にどないかできひんのか!!」


それでも少華は首を横に振るだけ。本当に、どうすることもできないのだと。



星「睡蓮…っ」

柳「一体どうしたら…っ」

「…私なら、大丈夫です。この都にもお医者様はいらっしゃるはず。まだ諦めるのは早いわ」

柳「睡蓮…」

「大丈夫、柳宿。私を信じて」



健気に笑うその姿に柳宿はぐっと胸が痛んだ。自分が一番辛いはずなのに。真っ暗な中で、ただ音しか聞こえない。それがどれだけ不安なことか。





柳「必ず、医者を見つけてくるわ。だから睡蓮は少華さんと一緒にいて」

「でも…」

柳「こんな体で無理しちゃ駄目よ。これ以上何かあったらいけないもの」

美「柳宿の言う通り!絶対!ぜーったいに!お医者さん見付けてくるから、待ってて!」

星「今は辛いだろう。しかし必ず治してやる」

翼「目ェ見えへんのに歩き回ったってしゃーない。ここで大人しゅうしとくんが一番や!」

「みんな…」

柳「ね。だから待ってて、睡蓮」

「…分かったわ。ごめんね」

柳「何謝ってんのよ!今は自分のことだけ考えてればいいの!…じゃあ少華さん、睡蓮をよろしくお願いします」

少「はい、分かりました」





睡蓮を抜いた他四人が医者を探すべく歩き出した。睡蓮は少華に連れられ家の中へと。




少「こちらの寝台でしばらく横になっててください」

「お気遣い感謝いたします」


手探りで寝台に手を伸ばし、布団を捲り、中に入る。
目を瞑っても瞑らなくても真っ暗闇。光がないだけでこんなにも心細くなるなんて思わなかった。

無性に、柳宿の声が聞きたくなった。
無性に、そばにいて欲しくなった。



















柳「…!…睡蓮!」

「…ん…」

柳「睡蓮、具合はどう?」

「ぬり…こ…。…相変わらずだわ」

柳「そう…。ごめんなさい、医者を見つけたんだけど、頑なに来てくれなくて…」

「そんなに落ち込まないで、きっとその人だけってわけじゃないわ。でも、必死に探してくれたのね…」




見えない手で柳宿の頬へ手をやる。心なしか汗ばんでいるその頬。




「ありがとう、柳宿」

柳「…あんたを助けるためなら、これくらいなんでもないわよ」




カチャリと部屋の扉が開く。そこから少華がお水を持ってきてくれた。


少「睡蓮さん、お水を持ってきました。こちらの机の上に置いておきますね」

「ありがとうございます、少華さん」



言葉に甘えようと体を起こし、床に足を付ける。立ち上がろうとしたが、カクンと足の力が抜ける。思わず床に手を突くも、その手の力も失われ床に倒れてしまう。





柳「睡蓮!!」





柳宿の声を聞きつけたみんなも睡蓮の部屋に入る。そこでみんなが目にしたのは体に力が入らず倒れ、荒く息をする睡蓮を柳宿が抱えている姿。



柳「睡蓮!睡蓮!」

「ハァ…っ、ハァっ」

星「全身が少しずつ言うことを聞かなくなってきているんだ…っ」

少「とにかく寝台へ!床では体が冷えてしまう!」



もう自力で立ち上がることも苦しい睡蓮は柳宿に抱きかかえられる。





柳「!(この子、こんなに軽かった…?)」



あまりの軽さに驚きを隠せない。普段から体重変動には気を付けているのは知っていた。食事制限も自分なりなしている。しかし、こんなにも軽かっただろうか。






翼「くそっ!どないしようもないんか!?」

星「こんな状態では…っ」

美「睡蓮…っ、どうしよう…っ!」

柳「こんな状態でずっと生き続けるなんて、拷問だわ…っ!」


寝ている睡蓮の手をぎゅっと握りしめ、どうにかできないものかと頭を働かせる。それでもどうしたっていい案は浮かばない。
苦しんでいる睡蓮の姿をただ見ることしかできない自分に、変わってやれない自分に腹が立った。




柳「どうすればいいの…っ。どうすれば、睡蓮は助かるの…っ!」



握りしめた拳を額に当てる。助けたい。どんな事をしても。なのに、何も出来ない、何もしてあげられない。





少「…たった一つだけ…、方法があります」


少華の言葉にみんなが彼女を見る。しかし、その口から出た言葉は目を開く言葉だった。





少「…今すぐ、彼女を殺すのです」

美「こ、殺すって…」

少「すぐに私の能力で生き返らせば…、健康な状態に戻ることができます」

星「そんなこと!出来るはずが…っ!」

少「しかし、しなければ彼女はこのまま死を迎えるだけ。助かりません」

翼「それしか…、方法が無いゆうんか…」

少「…残念ながら」





殺す…。睡蓮を、殺す?






呆然と立ち竦む柳宿を、睡蓮への柳宿の想いを知っている美朱、星宿はただただ柳宿を見ることしかできなかった。

なんて残酷な選択。愛するものを手にかけなくては愛するものは助からない。




柳「……星宿様、刀を、貸していただけませんか」

星「!? 柳宿、お前、まさか…っ」

柳「お願いします…」

美「そんな、駄目だよ!柳宿!!」

柳「あたしだって嫌よ!!」

美「っ!」

柳「でも…っ、でもこのままじゃ睡蓮は死んでしまう!苦しんで、辛い思いをして、暗闇だけを見たまま…!!それなら…、そんな思いをして死ぬくらいなら…、あたしが…っ、あたしが睡蓮を殺すわ」



柳宿はただ真っ直ぐ睡蓮を見る。荒く息をし、もう動かない手足。目を開けても何も見えない。今も真っ暗な暗闇に一人立っている睡蓮。





星「…分かった」

翼「おい!正気か!?」

柳「…ありがとうございます。みんなは、外に出てて」

美「柳宿…っ」

柳「…大丈夫よ、美朱。あたしが、睡蓮を救ってみせるから」



精一杯の笑みを見せる。その笑みを見ることが辛かった。笑えるわけない。一番辛いはず。その手で睡蓮を殺さなきゃ救われないなんて…。


部屋からみんなが出て行き、扉が閉まる音が聞こえる。
星宿から借りた刀を鞘から出す。

手が、震える。怖い、怖い、怖い。
そんな震える手と心を無理やり押し込む。

真っ直ぐ睡蓮の胸の上に剣先を翳す。




柳「…っ」



目を瞑ればこちらに笑顔を向けてくれる睡蓮の姿が見える。
もう一度見たい。あの笑顔が、その瞳に自分を移す瞳を。


柳宿は思いっきり振り被り、刺した。






ドスッッ









睡蓮は聞こえた音に意識が戻る。何も見えなくても感じる。この気配は、柳宿のもの。
手に何かが落ちる。冷たい雫。これは、涙?





「…柳宿?泣いているの…?」

柳「ふ…っ」



ぽたり、ぽたりと睡蓮の手に雫が落ちる。


寝台に突き刺さった刀。それは僅かに睡蓮から逸れていた。
刀を寝台から抜く。それは手から抜け、床にカランッと落ちる。



「柳宿…?」



柳宿は睡蓮を抱き締める。強く、強く。



柳「…ごめんっ、ごめん!睡蓮!!やっぱり、あたしには出来ない!!あんたを殺すなんて出来ない!!殺して、少華さんの能力で生き返られるかもしれない…っ、それで睡蓮が楽になるかもしれない…っ!でも、出来ない…っ。こんなにも大切なあんたを殺せない!!」




部屋の外にいた美朱、星宿、翼宿、少華は柳宿の言葉にどれほど睡蓮を心から思っているか痛いほど思わせた。

美「柳宿…、本当に好きなんだね、睡蓮の事を」

星「…愛するものを、手にかけることがどれほど辛いか」

翼「…かっこええやんけ、柳宿のやつ」

少「(…羨ましいわ、睡蓮さん。そんなにも、想われていることが…)」














ごめんね、ごめんねと涙を流して謝る柳宿。あぁ、私はなんて酷なことをこの人にさせようとしたの。こんなにも涙を流して謝って、震えているというのに。



「柳宿…、ごめんね。こんなにも貴方を苦しめて…。誰かを亡くす苦しみや悲しみを知っている貴方にこんな事を…。ごめんね…」

柳「睡蓮…、苦しいでしょ…しんどいでしょ…、真っ暗な中にいて…寂しいでしょ?」

「ううん…。たとえ真っ暗な中にいても、私の心にはみんなが居る。貴方がいる。目が見えなくても、柳宿の声が聞こえる。それだけで、私は生きていけるのよ」

柳「っ、馬鹿…っ本当に、馬鹿なんだから…っ。…もう一度、あの医者に掛け合ってくる。何が何でも連れてくるから。だから、もう少しだけ頑張って…!」

「えぇ。頑張るわ。もう一度、柳宿の姿を見たいもの」



手探りで柳宿の頬に手を当て、流れる涙を指で優しく拭う。その手を、柳宿は上から包み込んだ。




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