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秋は穏やかな季節。春も穏やかだけれど秋とはまた違った穏やかさがある。春はどこかふんわりした穏やかさが。秋はしっとりした穏やかさが。
「ここに来たかったのか?」
「うん。ここに来たかった」
見上げれば大きな木。風に紛れて甘い香りがする。2人が立つ地面には綺麗な橙の小さな花弁が。人なんて居なくてとても静か。時間の流れも遅く感じる。
「…好きなんだな、この花が」
「…昔からね」
「金木犀」
橙の、黄色の花を咲かす。秋の花の代名詞だ。原産地の中国では「桂花」と言うらしい。
ここは小さな神社。こじんまりとしていて、奥に小さな拝殿がある。その趣がまたこの木に咲く金木犀を映えさせる。
2人はその金木犀の木を眺めていた。
「覚えてる?昔ここに来たの」
「あぁ。…あの時は真夏だったな」
蝉は煩く、日差しが厳しい。遠くに大きな入道雲があって、夏らしさを感じさせる、そんな日だった。
「あの時は咲いてなかったな」
「時期じゃなかったから。こうして見に来るのも…何年振りかな。随分見に来てなかった」
防衛生になればなかなか来れず、教官になればより来れず、防衛省で本格的に勤めればそれこそ来れなかった。
「でもなんでここに来たかったんだ?今ならたまに来れるだろ」
そう尋ねてくる烏間に柴崎は見上げたまま、一つ笑みを零した。
「来れたけどね。来るなら、烏間と来たかったんだ」
「……」
「初めてここで、烏間に打ち明けたから。誰かに何かを相談して話したのは初めてだったから、思い出深いんだ」
「柴崎…」
「それに、」
金木犀から目を離して、その木に背を向ける。そして少し歩いた先の石畳にある金木犀の花を見付けて手に取る。そんな彼を、烏間もまた振り返り見る。
「大好きな場所で、大好きな花を見るなら…、大好きな人と見たいしね」
「…!」
手のひらにあったその花は風に吹かれて宙に舞った。飛んで行ったそれを何となしに見る。舞い上がってしまい、どこに行ったのだろう。分からなくなってしまった。
「…!…烏間?」
烏間は柴崎のその手を取ると歩き出す。数段しかない石階段を降りていく。そして近くに留めていた烏間の車まで着いた。
「柴崎」
「ん?」
烏間はその手を離すと柴崎を振り返った。
「海、行くぞ」
「海?でも今の時期じゃちょっと寒いんじゃ…」
「入るんじゃない」
「?」
「歩く。それだけだ」
「……ここから千葉まで行くの?」
少し笑い、首を傾げて柴崎は烏間に尋ねる。そんな彼に烏間もまた小さく笑う。
「あぁ。…嫌か?」
「…ふふっ、ううん。行こっか。連れてってくれる?」
「そのつもりだ」
2人は車に乗る。特に多く会話することなく、烏間は前を柴崎は移り変わる景色を窓から見ていた。そして海に着く。海沿いに車を留め、外に出る。
「あ、あの自販機まだあるんだ」
「ん?…あぁ、本当だな」
見覚えのある自販機。それは少し遠くにある。あの頃と変わらずそこに存在している。
「寒…」
「まぁ、少しな」
砂浜まで行けば迎え来る海風が肌を撫でる。少し冷たいその風が季節を感じさせた。
「人居ないね」
「この時期にそうそう海には来ないだろ」
「まぁそうだけど」
寄せては返す波は穏やかで、砂を巻き込んで海に戻ればまた巻き込もうと戻って来る。
「この辺りだったか」
「ん?」
砂浜を歩いているとある場所で2人の足は止まる。ああ、ここからの光景は覚えがある。酷く鮮明に、脳裏に残っている。
「…懐かし。烏間は、ここに居て…俺はここだっけ」
あの当時を思い出してそこに立ってみる。
「あぁ。で、そのあと俺は自販機に行った」
「残された俺は1人ここで泣いたんだっけ」
「あの時は1人の方が良いと思ったからな」
「その気遣いのおかげで泣かせてもらいましたよ」
本当、懐かしい。と2人は笑う。まるでお互いに昨日のようだと。
「わざわざあんな遠いところにある自販機に行くって言うんだからさ」
「あそこにしかなかっただろ。自販機」
「そうだけど、あの時言うのがさ。…本当、優しいなって思った」
「……」
「あの頃から烏間は優しくて、人の事よく見てて…、…心配性だ」
海を見ていた目を烏間の方に向けて柴崎はそう行った。口元に小さく笑みを浮かべて。そんな彼を烏間も見る。
「…波打ち際に居るお前を見て冷やっとした」
「……」
「腕を掴めば驚いてるお前がいて、驚いてるのはこっちだと思った」
「…死ぬと思ったんだっけ」
「そう見えた。1人にしたのは間違いだったか、もう少し早く帰って来れば良かったかと思ったもんだ」
「そんな事思ってたんだ」
「思ってた」
柴崎は驚いたように烏間を見る。まさかそんな事まで思っていたとは。
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