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得意不得意ってあると思う。
「…んー…」
不得意に対して取り組むか取り組まないかは自由だけど、私は取り組むタイプだと思う。
今だって放課後の教室に一人残って参考書とノートを目の前に頭を悩ましている。
「…覚える事が多いよね」
地理って。社会系はどれもこれも覚える事が多くって大変だ。
「北アフリカはイスラム教…」
かつてイスラム帝国に支配されていたため…。そうなんだ。
参考書に書かれているその部分に指を置く。
「あれ、柴崎?」
「?…あ、磯貝くん」
開いていた扉から顔を見せたのは磯貝。彼は教室の中に入ってきて柴崎の近くに立った。
「勉強してたのか?」
「うん。家じゃなかなか集中出来ないから」
少し上体を前に傾けている磯貝に柴崎は笑ってそう言った。すると彼は小さく地理か…と呟くと前の席に腰掛けた。
「俺地理得意なんだ。良かったら教えるよ」
「え、でも用事あるんじゃ…」
「平気さ。柴崎が迷惑じゃなかったら」
「迷惑だなんて!…私社会系が苦手で。覚える事多いでしょ?だから、頭こんがらがっちゃうんだ」
「丸々暗記すると大変なんだ。地理は特に原因と結果を繋げて覚えると良いんだ」
「原因と結果…」
そう呟けば磯貝はうん、と笑って頷いた。例えばー…と参考書を手に取りパラパラ…と捲る。
「あ、ここ」
「?」
「ドイツが自然保護に目覚めたっていうところ。この原因は、シュバルツバルトが酸性雨で失われかけたからなんだ」
「そうなんだ!それで自然を護ろうって思ったんだね」
「あぁっ」
それからまたここは…と磯貝は原因と結果で説明していく。
「磯貝くん凄いね。詳しいし、分かりやすい!」
「ははっ。こういうのに興味あってさ。それで色々調べて本とか読んでたら覚えちゃったんだ。柴崎は国語が得意なんだっけ?」
「うん、国語が得意!特に古典が得意で、助動詞の活用表とか見るとなんか楽しくなってくるのっ」
「でも助動詞の活用だって覚える事が多くないか?結構量あるし…」
「何回も書いて書いて、声に出して読むの。そしたらもう表なんて見なくても書けちゃうようになるんだよ」
柴崎が笑ってそう言えば、磯貝はそれは凄いと反応する。そして、じゃあ…と古典文法書を鞄から取り出す。
「ましの接続は?」
「未然形!」
「まじくの活用は?」
「まじく・まじから・まじく・まじかり・まじ・まじき・まじかる・まじけれ・◯!」
「じゃあ次はちょっと難しいので…。べしの意味!」
「べしはねー…。推量、意志、可能、当然、命令、適当!」
「それぞれの訳は?」
「推量は「〜だろう」、意志は「〜たい」、可能は「〜出来る」、当然は「〜はずだ」、命令は「〜せよ」、適当は「〜のが良い」!どう!」
「完璧だよ柴崎!」
「好きなんだ〜」
「それに凄い楽しそう」
「そ、そうかな」
確かに古典をしている時は楽しくて、自然と笑っちゃうのだ。それが今出ていたようで、少し恥ずかしい。
「だから良く古典文学本読んでたんだな」
「うんっ。…って、あれ。私が古典文学本読んでるの知ってたんだね」
「え?…あ、あぁ!うん、知ってたんだ」
「そっか〜」
それは知らなかったなー、なんて照れたように笑う柴崎を見て、磯貝は少しだけ目を泳がせた。そしてちらりと前の彼女を見れば、前読んだおらが春はね〜とそれは楽しそうに話している。好きな事を嬉しそうに、楽しそうに話す彼女を見ていれば自然と笑みが浮かんでくる。
「…って、わ!ごめんね、磯貝くん!」
「へ?」
「私ばっかり話しちゃって…!こんな話聞いたってつまんないよね、ごめんね…」
途端に眉を下げて申し訳なさそうに言う。そんな彼女に思わず笑ってしまった。
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