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「あ、あった!ここ」
「ん?」
スマホの画面を見せる。
「…隣町の水族館?」
「うん。ここ最近オープンしたの。でも行った事なくて…」
「志貴らしいね。地図ある?」
「あるよ。待ってね」
地図地図地図…と探して下の方にスクロールすれば見付けた。
「んー…。…うん、分かった」
「え、もう良いの?」
「良いよ。案外駅から降りたら近いみたい。5分か10分かな、歩いて」
「…なんで分かるの?」
「え、地図見たらなんとなく」
「…やっぱり志貴くん、凄いね」
「何に感心してるんだか。ほら、早く行かないとゆっくり見れないよ」
「行く!」
スマホを直して歩き出す。ここも駅からそう遠くなくて直ぐに着く。切符を買って改札を通りホームへ。丁度タイミング良く電車が来た。
「座ったら?」
「え?あ、空いてる。…でも私だけ座るのも…」
「良いから」
空いていた席に座らされる。その前に立つ志貴くん。
「ここで少し座って休憩しないとね」
「どうして?」
「ヒール。慣れないのに履いてるから」
「あ…」
そう。今日は少しいつもよりほんの少し高めのヒールを履いた。それでも彼には届かない。
「…気付いてたの?」
「音でね」
「音?…あ!ヒールの?」
「うん。水族館内にも座る場所はあるだろうけど基本は立ち見だから。今のうちに足休めておいた方が良い」
「ありがとう」
「気にしないで」
見て気付く、とか。そんなんじゃない辺りが職業柄だなって思う。彼の昔所属していた部隊は空挺団。だから音にも敏感だし、気配にも敏感。その癖は未だ健在。それに、空手だってしてるから尚更。
「ねぇ」
「ん?」
「今の仕事はどう?烏間さんとだよね」
「そうだよ。…まぁ、忙しいかな」
「そっか。でも烏間さんとだったら気兼ねないんじゃない?」
「付き合い長いからね。色々と事がスムーズに運ぶ」
「なら安心だけど、あんまり無理しないでね?」
「分かってるよ。志貴もあんまり無理しないで」
「私は大丈夫!ちゃんとリフレッシュしてるからっ」
「なら良いけどね」
そして着いた駅。降りて少し歩く。本当に地図なんて見ずに歩いていく。そして…
「水族館だ…」
「水族館行かずにどこ行くつもりだったの」
「本当に着いた…」
「はいはい。券買いに行くよ」
大人二枚、入場券を買って中へ。休日という事もあり、家族連れも多ければカップルも多い。友達同士も居れば高齢の方も居る。
「人多い…」
「休みの日だからな。…はい」
「え?…あっ。…いいの?」
「今さら遠慮?…しなくて良いよ」
「……お邪魔します」
「ふふ、どうぞ」
差し出された手に手を乗せて握る。そして歩いて行く。
「志貴くん!見て!ラッコ!かわい〜!」
「あ!あっちに…あれなに?…ボウズカジカ?…なんか怖い」
「クラゲ気持ちよさそー…」
「……私も餌やりたいなぁ、あのニモに」
「…ふっ、くくっ」
「え、なに、どうしたの?」
今はペンギンを見ている。寒くないのかな?と呟いたら隣で笑われた。
「あははっ」
「え、なに?なんで笑ってるの?なんで?」
「っふふ、志貴、面白いから…っ」
「面白い?」
「餌やりたいとか、寒くないのかとか。可愛いとかじゃないんだ?」
「か、可愛いけどさ!餌やりたいなぁとか寒くないのかなぁとか思って…!」
「そういうちょっと周りと違うところ、志貴らしくて好きだよ」
「〜っ、や、もう…そんな、こんなところで言わなくても…っ」
「あと直ぐ照れるところね」
「もう!」
「ははっ、ごめんごめん」
それから色々話しては魚を見て、たまに休憩して、また歩いた。全てを見終わって外に出る。もう夕方で空が茜色に染まっている。少し歩いた先にあったベンチに座る。
「楽しかったっ」
「それは良かった。ずっと来たかったんだっけ?」
「うん。ここは魚が多いから見応えがあるって雑誌に載ってて、行きたいなぁって」
「そっか。じゃあまたどこか探してて」
「え?」
隣に座る志貴くんを見る。彼はベンチに背中を預けて前を向いたままだった。
「次は俺が行きたいところで、その次は志貴の行きたいところ。また時間作るから、その時に行こう」
「志貴くん…」
「なかなかゆっくりした時間取れなくてごめん。その分、こういう時はちゃんとしたいと思ってるから」
「…っううん、良いの。そう思ってくれるだけで嬉しいから」
「今度、また楽しみにしてて」
「うんっ」
じゃあそろそろ帰ろうか、と立ち上がるから、私も立ち上がる。今度は、私から手を繋いだ。握り返してくれるそれに心がほっこりする。
いつまでも、こうありたい。優しい貴方の隣で笑っていたい。
「ありがとう、志貴くん」
「俺も。ありがとう、志貴」
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