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巡り巡って世界がうごく

あるところでは三雲修の援護を。
あるところでは新型ラービットの殲滅を。
そしてあるところでは、これ以上基地付近へ勢力を向かわせないための戦闘が、やむことなく繰り広げられていた。

全体無線より流れる、戦地や本部からの情報の数々。その中には、烏間隊の隊長、副隊長を務める烏間、柴崎両名が黒トリガーを所有する人型近界民と交戦中であることも通達されていた。
激戦が繰り広げられているのか、報告にあった南東方面では大きな爆発音に衝撃音が絶えず鳴り響き、建物が倒れるたびに地響きに似た音が、聞く者の鼓膜を揺らす。


「柴崎さんと烏間さんが、」

「黒トリガーと交戦中……」


ドォン……という音が揺れと共に足元まで伝わって来た。
あの二人が相手をしているのなら、下手な手出しや手助けは逆に足を引っ張ることになる。それでなくても彼等は阿吽と言える動きをして敵を確実に殲滅する。
烏間の孤月と、柴崎のイーグレッド、そしてスコーピオンを以ってして、仲間の敵と見なしたのなら、絶対に。
それを知っているから、報告を受けた東も、そして離れた位置で忍田からの伝達を聞いた太刀川も、彼等の元へ足を向けることはなかった。
それが最も正しく、もしも向かえば来るなと言われるに違いないと分かっていたからだ。

お前はお前のやるべきことをしろと、烏間からは。
援護のする必要のある箇所とない箇所を見極めて動けと、柴崎からは。
叱咤に似たものを受けることだ。
だから彼等は手に孤月を、イーグレッドを。互いに持っては目の前の敵の殲滅に向かう。それが今、自分たちのするべき一番のことだと思うから。



思っていた以上に、いや。確実に先程よりも強い。
振りかぶられ落ちて来る大鎌の刃を、重ね合わせ強度を増させたスコーピオンで受け止めた柴崎はビリ、と腕から肘まで伝う痺れにそう察する。
一対一で戦っていた時はまだ本気ではなかったのだろう。
それについては柴崎にも同様に言えることであるが、こうして烏間が加わり勢力が増したことで、カーターも下手に出し惜しみをしていれば寝首を掻かれると思った可能性がある。
現に今、彼は烏間と柴崎からの攻撃を一人で往し、そして一人で攻撃を与えている。


「(強度がさっきより増したな。特殊能力もまだ分かっていない)」

「(黒トリガーはまだまだ分からないことが多いからね。それが敵国のものとなれば、余計だよ)」


本当ならもう少し情報が欲しいところではあるが、それが容易く叶うような状況でもない。
彼と敵対しているのは今烏間と柴崎のみ。すると分析し、そこから攻撃の術を出し合うのも彼等だけで行うことになる。とはいえ此処に味方の援護があっても、隊を同じくする赤井や花岡が居なければ連携も厳しい。

普段はおちゃらけ満載な彼らでも、1言えば10通じ合えるだけのチームプレイ力がある。
だがその彼等も、今は烏間の指示で三雲の方へと向かってもらっている。自分達は黒トリガーを此処から先には行かせない代わりに、お前達は出来る限り彼を守れと。
そんな中で従った彼等に戻って来いとも今更言えない。だからと言って他の隊の仲間を呼べば、正直勝率は今よりも下がる。

だとすればだ。此処は烏間と柴崎、二人で押さえ込み、倒すしかない。



「柴崎もなかなかだが、あんたもなかなかだな!!」


大振りな攻撃。それを烏間は避けるも、僅かに刃が毛先を斬り落とす。利き腕を落とされるよりかはマシだが、柴崎が相手の片腕をやっても尚戦力の差は際どいところだ。
体勢を立て直しながら、烏間はカーターに向けて旋空を打つ。それにニヤリと片方の口角を持ち上げた彼は、大胆にも片手で鎌を大きく振りかぶった。

ピンと糸が張るような、第六感に似た感覚。
特段柴崎はサイドエフェクトなどは持っていないが、恐らくこれは幾度と戦闘を繰り返して来た末に身に付いた直感だ。
それを感じ取った彼は、地を蹴り烏間の元へ向かう。
振り被られた鎌が、カーターの引き寄せる腕の力によって地面へと引き寄せられる。
それが確実に地面へ突き刺さり、斬撃波が襲い来る前に、柴崎は烏間の腕を取り彼の体を肩に担ぐと、グラスホッパーを出現させ大きく空へと跳躍した。

刹那、罅なんて言葉では収まらない程の深く、巨大な亀裂が地面を抉り、盛り上がらせる。
地震なんてもんじゃない。警戒区域を超える領域にまで広く揺れは轟き、波紋を広げるが如く地鳴りように音を立てる。
あんなもの、受ければ一溜まりもなかった。


「っ、助かった、柴崎」

「いや……勘が働いてくれて良かったとしか言えないよ」


近くの路地に着地をした柴崎は烏間を降ろし振り返る。
見えた先にいる彼は、どうやら今の攻撃に気付かれるとは思わなかったのか、瞬きを数回させては目先に居る柴崎を見ている。
それから浮かび上がるのは心の底からの、歓喜にも似た快哉。それを彼は声にして表に現した。


「っく、ははははは!!いいねぇ、お前。最高だよ。今のでそいつの首を飛ばしてやろうと思ったっつーのに、まさかその勘とやらで防ぐとはなァ。ますます欲しくなる人材だわ」


楽しい。楽しい。頗るに。
狂気にも見えるその姿に、烏間と柴崎は再び態勢を立て直す。
行く手を阻むための妨害。それが一応彼に課せられた使命でもあったのだろう。だが此処に来てカーターの目的は変わりつつある。


「…面倒なことに一瞬の隙がお前の命取りだ。俺以上に気が抜けないな」

「いやぁ本当にね。けどこれじゃあ目的が変わって来るね」


こちら側の目的は今や三雲修自身と、彼が手に持っているキューブ化された雨取千佳を守ること。そのために敵を排除し、援護に迎える者は向かうといった流れだ。
しかし目の前の彼の、カーターの目的は当初ハイレインから告げられていた玄界の足留めから外れている。今の彼の目的は、敵対し、前方で構え立つ柴崎を引き抜くこと。

滲み出る執着。それを烏間と、そして柴崎に肌で知らせた。


「まぁだからって、守ってくれとは言わないけどね」


ブレードが光る。
彼とて易々と捕まってやる気はない。足掻けるところまで足掻き、最後は勝つ。勝って彼等アフトクラトルを退却させる。
小石でもなんでも放り投げて、三雲に迫る死の影を少しでも遠ざけるためにも。
これ以上、C級隊員や民間の人間に被害を浴びさせないためにも。



「先陣は俺が切る。接近戦なら柴崎より俺の方がまだ慣れているからな」

「うん、それで行こう。油断はしないでね」

「ふ、抜かせ。お前が懸かっているなら尚の事だ」

「、それ今言う?」

「今言わずにいつ言えって言うんだ」


鞘に納められていた孤月の刃が現れる。切っ先が微かに地面に触れると、鈎柄を手に鎌を回すカーターへと烏間は向かっていく。
彼は精鋭の隊長を務めているだけあって、現役の攻撃手では最も強い。忍田が加われば五分五分といったところだが、それでも戦場経験の積み重ねは年々烏間の方が数を増やしている。
そのためか、今やノーマルトリガー最強はどちらなのかという話すらもボーダーでは流れているくらいだ。
実力も、技術も、力量も。
衰えるどころか未だ伸びている烏間の動きに、付いてこれる相手は数少ない。

そんな彼の太刀を受け止めるカーターは、やはり中々の戦闘員とも言える。
斬り掛かる彼の孤月を鎌で防ぎ、振り被っては地を削り取る。激しい攻防を続けていく中で、烏間は再度彼に向けて孤月を放った。


「ハッ、さっきのか!」


だがその技が繰り出す湾曲的な動きは見切ったと話すカーターは、鎌を逆さにし、地面に突き立てるとブレードから放たれた旋空を真っ二つに割いた。
余裕な笑みを浮かべる彼は今の攻撃を放った烏間を見る。だがその彼もまた、僅かにその口角を軽く持ち上げていた。
眉を顰め怪訝な様子を見せるのも束の間。
カーターは地面から鎌を抜くとそれを自身の真上へと向ける。

刹那、刃と刃が擦り合う音が響く。だがそれが手に持たれているものではなく、上からの奇襲、柴崎の足から生まれているものだと知れば、カーターは僅かに目を見開いた。


「足……?」


しかしそれをじっくりと見る暇もないままに、もう片方の足からも同じ様にブレードを生やした柴崎の蹴りがカーターの頭を狙う。
それを既で後ろへ上半身を傾けることで避けるも、ぐらりと揺らいだ体を二本の足で彼はグッと堪えた。
だがその小さな体への力の入り方を見逃さない柴崎は、態勢を立て直すと直ぐ様接近戦へと持ち込む。
懐へ入り込み、肘や腕。時には手に。スコーピオンを自在に出現させることでカーターに切り傷を生んでいく。

あまりに近過ぎれば鎌の攻撃は当てにくい。
それを見込んでのこの距離だ。
烏間は柴崎の攻撃を時折受けながらも避けることに意識を向けるカーターに、背後から孤月を振りかぶった。
しかし彼もまたこうして戦争の参加に名を連ねる戦闘員。間一髪とも言える距離感で彼の刃を鎌の峰で受け止める。


「……っ、なるほど。普通に殺り合ってこのザマなら、出し惜しみなんてしてらんねぇな」


空気が一瞬張り詰める。それに気付いた烏間は自分よりも近くに居る柴崎に避難の指示を出した。


「っ離れろ柴崎ッ!」


刹那、一筋の光と共に湾曲を描く弧が放たれる。
大きな音はしない。しかし辺りにあった廃墟とも言える民家の数々は、一瞬にして熔解されたかの様にドロリと溶けてしまっていた。
不幸中の幸いとも言えるだろう。烏間は左肩を。柴崎は右の横腹を。避けきれず、しかしそれだけの箇所のみで退避することが出来た。


「俺の黒トリガー、融解の鎌ジオロボスだ。この戦いで出すつもりはなかったが、あのハイレインも初っ端から出してるみてぇだし、出さずにやられちゃあ後から小言が煩ぇんでな」


融解の鎌ジオロボス。カーターが所持する黒トリガー。
此処に来てようやくお出ましである。
機能としては見たままだ。物を溶かす機能を持ち、相手が有機物なら全てが対象になり得るのだろう。しかもただ溶けるだけでなく、熱まで持っているところを見ると、まるで火山の噴火により流れ落ちるマグマに近い。
今は換装体であるから烏間も柴崎も痛覚は切っているが、あったままで戦闘に及んでいれば立っていることすら困難に感じる熱だろうことは間違いない。

広範囲な攻撃なだけあり、被害が大きい。今以上に距離を下げて戦えば、確実に本部へ近づくことになる。
そうなれば三雲だけじゃない。本部自体に影響を及ぼす。
本体が機能しなくなれは、そのときはボーダーの終わりだ。



「………これ以上ラインは下げるな。最悪、警戒区域内の障害物はこの際無視しろ」


そちらを気にして制御をしていては本当に守るべきものは守れない。
此処ら一体の民間人は既に他の地区で生き、そして今は避難している。帰る家が別にあるのなら、此処の建物を守る理由はない。
石になっても、岩になっても瓦礫になっても、今するべきことは今以上後ろへ下がらず相手を鎮圧させることだ。


「勿論。気なんて配って勝てるような相手じゃない」

「…違いないな。だが過度な漏出だけはするな。そうなれば俺もお前もただの人間だ」

「分かってるよ。烏間も、あんまりトリオンを無駄にしちゃ駄目だよ」


そうなったら本当に、味方の援護を待たずして死ぬしかない。


敵の黒トリガーの能力は溶解。攻撃範囲は予想しにくいが、今放たれたところの被害から考えてもかなり広い。武器の形状が大鎌であることも大きく影響はあるだろう。
目視の範囲で推測すれば、刃の部分は大凡150cm。加えて今までの攻撃威力も換算して考えられる被害規模。それらをざっと計算し、柴崎は予想を立てる。


「本部、こちら烏間隊の烏間と柴崎。現地点から大凡500メートル圏内にいる隊員達を避難させてください。敵の黒トリガーの機能は溶解能力です。武器の形状が大鎌であることから、今指定した範囲内に居れば確実に攻撃の余波を受けます」

『こちら本部。柴崎くん、了解した。直ぐに退避命令を出そう。敵の黒トリガーの能力は溶解と言っていたが……援護の有無はどうする』


必要であれば直ぐにでも手配するが、と無線より聞こえてくる忍田の言葉に、柴崎と烏間は互いに横目で見合う。どうやら思うことは同じなのか、烏間は忍田への返答を彼に任せ、孤月の柄を再度手に馴染ませていた。
それを視界に入れた柴崎もまた、自分自身に残されているトリオン量を確認したあと、スコーピオンを握り直す。


「援護の必要はありません。俺と烏間で敵を討ちます」

『……分かった。くれぐれも気を付けてくれ。幸運を祈る』

「了解」


未来の分岐点まで、残り僅か。
それまでに彼を仕留めることが、今の彼ら二人に課せられた最大の任務だ。

忍田を通じて全体に伝令が下される。
『烏間隊の烏間、柴崎の両名が居る南東方面に散らばる隊員は直ちに退避。敵の黒トリガーは溶解能力を有している。攻撃範囲が広い。直ぐに避難、もしくは撤退しろ』
これを耳にした南東部に散らばっていた隊員たちはそれぞれが思わず動きを止める。
だが此処にいては自分達までもが敵の黒トリガーの餌食になる。それをさせないためにも、彼等は本部に居る忍田を通じて指示を出しているのだと受け止めれば、各隊の隊長はすぐに自隊の隊員たちに撤退命令を下した。


人気の少なくなった南東部では烏間、柴崎両隊員と、アフトクラトルの人型近界民カーターによる激しい攻防戦が始まっていた。
辺りにはどろりと溶けた、元の面影も見えない建物の、変わり果てた姿が見受けられる。その中で未だ初太刀で受けた肩、そして横腹以外に攻撃を受けていない彼等は、流石は精鋭部隊の隊長副隊長と言えるだけの戦闘技術を持っていた。

柴崎のスコーピオンがカーターの片足を削る。その後すぐに烏間の孤月が彼の肩から腹にかけて、斜めに刃が入った。
それでもまだ、片足に片腕になっても戦いを続行し続ける姿には、狂気以上に戦闘に対する愉悦の色が垣間見える。


「言っちゃなんだがバケモノだな」

「同感…そろそろ倒れるかと思ったんだけど、」


もう何度刃を交わしたか分からない。
どれだけ傷を負わせたか分からない。
それでも尚立ち上がり、斬り落とされていない片腕で鎌を持ち上げるカーターのトリオン量は黒トリガーの影響もあってか未だ底が見えない。
漏出はしているものの、顔色から余裕の色が消えないのだ。だから手っ取り早くと頭と心臓を狙おうにも、そこだけは守ろうとしてくる辺り、急所は同じだ。


「……だがいつまでも此処で時間を割いているわけにもいかない。聞いていた迅の話からいけば、タイムリミットももう先が見え始めている」

「そうだね……ちょっと荒っぽくなるけど、仕留めに掛かろうか」

「あぁ」


カーターが大鎌を振り上げる。それと同じくして烏間が先陣を切り、落とされる大鎌からの攻撃に合わせて、彼もまた旋空を放った。
ドォォンッ という深く重い音が響き、土煙が一気に舞う。爆風とも言えるそれに巻き込まれた民家やマンションの硝子は割れ、木は崩れ、地面には亀裂が入り盛り上がる。罅のいったマンションはぐらりと不安定に揺れると、衝撃と轟音を立てて倒れていった。

立ち込めて視界を邪魔する煙をカーターは鎌を振るうことで払う。そして身を沈めては鎌を片足代わりにして前方へ飛び出した。
だが視界の先、砂塵に紛れた向こう側に見えた光景に彼は目を見開く。本能的に止まる足と、地面に突き刺さる矛先。擦れる靴底に体は引かれるようにして後ろへと重心が僅かに傾いた。

瓦礫の上。目標を射抜く鋭い銃口。引き金に指が掛けられる。
スコープ越しでも、土煙越しでもない。
確かに存在する僅かな空白と、空間。その一直線上で二人の目が合った。
煙の立ち込める先でイーグレッドを構えて立っている柴崎は、真っ直ぐと目の前の敵、カーターの脳と心臓に狙いを定める。
そうして二発、彼は続けて射線に弾丸を乗せた。

後ろへ傾き、倒れていくカーター。鎌が手から離れ、カラン……という音を立てた後、体に罅が入り行く。そして換装体の解ける音と共に、彼はドサリと地面へ仰向きになって倒れ込んだ。
空が見える。未だ雲行きの怪しい、どんよりとした色だ。だがそれに反して気持ちは随分と晴れ晴れとしている。


『カーター、無事か…!?』

「……おー、無事無事。悪りぃなハイレイン。負けちまった」

『いや……お前が相手をしていた玄界の戦闘員は精鋭…と言っても、これでは意味が無いな。無事なら構わない。だがついさっきヴィザ翁もやられた』

「えっ嘘マジで?おじーちゃんやられたのかよ」


マジか〜……やるなぁ、玄界の人間も。
そう呟き、カーターは目の上に腕を乗せて大きく息をつく。それから腕を退かすと、彼は再び空を見上げた。

本当なら、もう少しくらい話をしたかった。
玄界の人間とはいえあの動き、あの勘、そしてあの目。興味を唆るものばかりで、持って帰りたいと思ったのは事実だ。
けれど自分は負けてしまい、今はこうして空を呑気に見上げている。そして先程まで刃を交え、最後は真っ直ぐと銃口を向けては撃ち抜いてきた彼等は、直ぐにハイレインとミラが居る方向へと行ったらしく、近くに気配は感じられない。

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