いくつでも恋うよ


烏間、柴崎。互いに会えない遠距離恋愛の巻。
とまぁ、一応タイトルを付けてみたが、あの一件があって以来。烏間と柴崎の空気はより、なんというか、甘い。
もっと細かくもっともっと詳細を話すのだとしたら、烏間は隠す気がほぼゼロだし、柴崎はただただ純粋に烏間からの言葉や想いに素直な反応を見せている。
嬉しいのなら嬉しそうにするし。恥ずかしいのなら恥ずかしそうにするし。好きなら、言葉や声に表さないものの表情や目で表す。
あの離れていた二週間、十四日間は確かに柴崎にとっては寂しい期間で、烏間にとってもそれは然り。だが見るからに、あの一件は二人の仲をより深く、そして顕著な愛を生ませた。

と。例の件で花岡と共に柴崎と烏間の二人をサポート(?)したうちの一人、赤井はそんなことを思う。

今だってそう。赤井は前に見えた例の二人を見付けては声を掛けることはとりあえずと後回しにし、観察をすることにした。



「席は空いてるし、こちら側は問題ない。あるとすればただただお前の周辺と上司だ」

「ん〜…それは、そうなんだけど…」

「…まぁ、佐伯さんと春風と林がいるからな。壁が分厚いといえば分厚い」

「あはは…」


推測するところによると、多分烏間は柴崎を情報部に誘っている。というより、彼は前々から柴崎に早く来いと言い続けている。だがそれでも中々彼の席が動かないのは、三つの大きな壁のせい。
一つは佐伯。二つ目は春風。そして三つ目に林。確かに分厚く、そして高い。烏間が辟易するのも分からんでもないなと、話を盗み聞きしている赤井はうんうんと首を縦に振った。


「俺もね、烏間と一緒に仕事したいよ?」

「、だったら、」

「でも、」


少し口籠る柴崎は、隣を歩く烏間から目を離して自分の手を見下ろす。対する彼の言葉を待つ烏間はというと、そのでもに続くものがなんなのか、知りたいけれど決して急かすことなく待っていた。
時間の経つことそろそろ20秒。ようやっと此処で、躊躇い気味に柴崎の口が開かれる。


「…その…仕事に、なりそうにないなぁ…なんて、」


少し、烏間の歩みに揺れが生じる。だがそれに気付いていない柴崎はほんのりと頬を染めていた。烏間は隣に居る彼を見て、堪らず息を吐く。
そんな風に言われては、なんと返すが正解か分からない。それでも良いから来いと言うべきか、それなら…と引き下がるべきか。
しかし本心を優先するなら、その心は早く、彼には情報部に来て欲しいという思いばかり。だが柴崎の思いを優先すると、気持ちは憚れる。
一緒に仕事はしたい。けれど一緒にすると、仕事にならない。なんとも言えないジレンマだ。
烏間は軽く首の背に手で触れる。柴崎は気を紛らわせるように組んだ指に視線を落とした。


「(24時間365日永遠初恋かよお前らは)」


はー!もうなん!?良いじゃん行けば!!烏間も誘っちゃえば良いじゃん強引に!!だって一緒に働きたいんだろ!?柴崎だって気持ちはそうなんだろ!?じゃ良いじゃん!!え!?仕事にならない!?そんなんやってみなきゃ分かんねぇよ実際仕事にならんかもしれんけど!!!

という心の声をどこにも吐き出せず、どこにも持って行けない赤井は頭を掻き毟る。
ううっ焦れったい…っ、此処の二人焦れったい…っ、だけどもなんでか呆れ切れないのマジ謎過ぎる…っ。
赤井は喉から出そうな本心をどうにか堰き止めようと今度は喉を掻き毟る。側から見れば彼の方が視線を集めることこの上ない。なにせ奇妙な行動を先程からずっとし続けて居るのだから。


だがしかしあれ以来。赤井から見るに本当に烏間は隠す気がない。これは本当に、本当と書いてマジと読むほどにマジな話だ。
だから所謂アレな目で柴崎を見る何かがいたら確実に牽制をしているし、最近では結構普通に防衛省の通路でも彼は柴崎の頬に触れる。
加えてこの間なんて、後ろからの台車に柴崎が気付く前に、烏間が気付いてその肩を抱いていた。
加えて加えてもっと言うと、飲んでいたパックのコーヒーを柴崎が傾けると、なんの躊躇もなく烏間はそれに口付け飲んでいたし、階段で躓きかけた柴崎の体を迷うことなく(ファイルを手放して)抱き止めていたし(そのあと散らばるファイルを二人で仲良く拾ってるのを見た時は気分も顔も菩薩になった)

もう本当マジでなんも隠す気ねぇな。
赤井は前方を歩く烏間の背中を見ると、その思いをしみじみとさせた。









今日は厄日だろうか。
赤井は運悪く鉢合わせてしまった状況から身を隠すように壁に貼り付けになった。


「どうしても、ですか…?」

「あぁ」


聞こえてくる声は確かに烏間と、自分も存じ上げていない誰か(だが女性職員)のものだ。
初めは「おっ、烏間じゃん」くらいだった。だからよ!っと声をかけるつもり、だった。しかしその彼の前に彼以外の誰か、もっと言うと柴崎以外の誰かが立っていて、気軽によ!と声を掛けるにも掛けられず、早くも壁とお友達状態になってしまった。解せん。
だがこの文脈や雰囲気から察せられてしまうルートというと、もう一つしかない。
くっそ烏間お前マジかよ…っ!
そんな思いばかりが赤井の脳内をぐーるぐーる巡る。

所謂これ、告白シーン。そして既に事後の振っちゃったシーン。どうせなら振ったところをこの目で見たかったと心底思うも、事後ならば仕方がない。
というかあの烏間が告白されて受け入れるなどあるはずがないので告白シーンでこのルートは想定内過ぎた。


「でも、烏間さん奥さんいらっしゃらないんですよね…っ?」


奥さんはいないけど奥さんと同類でニアリーイコールな存在はいる。
喉元まで出かかったその言葉を既で飲み込み、赤井は口を両手で塞いだ。でなければなんだか、あそこに出て行って余計なことの一つや二つや、三つや四つを抜かしては、後ほど烏間から拳骨を貰いそうな未来が見えたからだ。
絶対回避。駄目乱入。


「それを知って君になんの利がある」

「それ、は…」


視線を落とし、口籠る女性職員。を、赤井は壁からちらりと覗き見をする。
外見は、まぁまぁ、美人だ。しかし女装をした柴崎には負けるなと普通に思ってしまって赤井は自ら自分の頬を殴った。
こんなのが烏間にバレたら絶対零度で見下げられる。駄目絶対。回避必須。


「現状、俺に妻が居ようが居なかろうが、さっき伝えた答えは変わらない。君が望む状況にはならないし、そういった関係にもならない」


なれない、ではなく、ならないと言うところが実に烏間らしい。というのも、彼は不可能ではなく否定で表しているのだ。今後の未来を見越しても、そんな先はないと伝えるために。
しかし変にズルズルと引き摺らせて、後ろ髪を引かれるような思いを残させるより、あぁやってスパッ!ズバッ!と切ってあげたほうが彼女のためにもいい。と、赤井は腕を組んで思う。


「まだ若いんだ。俺に固執することもない。もっと他を見れば、君に合う人が見付かるだろう」

「…そんな人、居るんでしょうか…」

「居る」


うお、断言した。
赤井は堪らず壁から再び顔を覗かせ二人の方を見る。女性職員の方は若干涙目。そりゃあ、まぁ、好きな人に振られては涙も浮かぶだろう。
だがそれに動揺のどの字も見せない烏間は、どうあっても気持ちが揺らがないからだろう。マジで男でも惚れる。


「無理だと思うから無理になる。だが可能性を持ち続けていれば、自分にどこか似通った人物というものは不思議と近くにいるもんだ」


だから可能性を閉ざしてやるな。
そう言って、ちょっと笑ったせいで女性職員が余計に泣いちゃったので、そりゃ今のはお前が悪いと心底赤井はその光景を見て思ったのだった。








あーーーーなんで今日はこうなのーーー??教えて〜〜〜〜!おじーさーーーん!!!
という某台詞に似せた思いが吹き出しになって溢れ出すのは整備局所属の赤井忠広(30)。
ほんまなんで、なんでやねん。彼はファイルの入った籠を腕に抱えながら真顔になった。
彼の現在地は防衛省庁舎A棟の4階通路の、階段付近の壁。そこでまたもや息を潜めて彼はそこに立っていた。


「私、柴崎さんが好きです」


だが違う点を挙げるならば、それは偶然鉢合わせた場面が超本番のど真ん中で今がかなりのピーク地点であったこと。そして今度は名前まではっきりと、柴崎、と出ていたことだ。


「(今度はお前かい!!!!!)」


なんなんだよお前らは!!同日に告られやがって!!!しかもそれにまた遭遇する俺もなんなんだよ!!なんで今日!!こんなに!!!出会すの!?神様の意地悪か!?それとも遊びか!?俺で遊ぶんじゃねぇよ!!!!他で遊べ!!!!!

赤井は荒ぶる心を止められない。
なんなら今すぐにでもこの腕に持つ籠を投げて捨てて、「そいつには烏間が居るので諦めて!!!!」と声を大にして言ってやりたい。
だがしかしそれをすると柴崎から鳩尾に何かしらの何かを入れられそうだし(何より彼は烏間が絡むと結構顔に出る)、どこから情報が!?さすが情報部侮れねぇな!?と言っても強ち外れそうにない烏間からも拳を頂きそうで、全く本当に米粒程度も何も言えない。


「…気持ちは嬉しいんだけど、ごめんね」

「(まぁそりゃ振るわ)」


なんたって柴崎の一番は烏間で、そこは何があっても揺るがない。あの全く泣かず、弱音も吐かず、我慢が癖な柴崎が、唯一寂しいと泣いた相手が彼だ。
とするとそれは余程のことで、柴崎にとって烏間が、どれだけ特別な存在なのが明白だった。
おまけに此処の二人は数ヶ月だとか、数年だとか、そんな短いスパンでの片想いをしていた訳じゃない。
桁で言えば二桁。それだけの長い時間を掛けてようやく、二人は一緒になれた。
するとだ。最早ぽっと出の誰かがこの二人の間に入ったところで勝ち目がない。

ちらりと見た先の女性職員の顔は、柴崎の返答に徐々に下へ下へと下がっていく。
誰だって好きな人に告白をして、それに応えられずに振られてしまえば悲しかろう。人によれば告白するかどうかを迷って、最終的には一大決心までして臨んだのかもしれない。


「…やっぱり、彼女とか、奥さんがいらっしゃるんですか…?」


同ルート。同ルートです。まさかの同じパターンを一日に二度体験しています。非常にこれは珍しい。最早運が良いと言えるでしょう。
なんていうテロップが頭の中を流れたが即切り、即丸めて赤井はそれを蹴り飛ばした。

何が運がいいだ!!逆に運悪いわ!!なんでおんなじルートを!!しかも俺じゃないし!!相手烏間と柴崎だし!!俺が告られた末のルート二度目とかじゃないし!!!それの何が運がいいに繋がんねん!!

赤井は持っている籠を腕の力でグググッと締め上げる。
別に苛立っているだとかそういうのではない。
ただ単純に、羨ましいルートに羨ましメーターが振り切りを見せているだけである。
俺も告白されたい。それ一心だ。


「彼女も奥さんも居ないけど、」

「じゃあ…っ」


じゃあ。その先に続く言葉は、居ないなら考えて欲しい、とでも繋がっていたのだろう。
だがそれは、柴崎がでもね、と。続けた言葉の中へ混ざるようにして消えて行ってしまった。
赤井はそれを聞いていて思う。多分、その続きを言えたところで了承はされないと。

柴崎は確かに優しい。男にも女にも、子供にも老人にも、親にも他人にも。
けれどそれは100%全てが優しいわけじゃない。必要であれば切り捨てるし、相手にとって為にならないことであれば、彼は有耶無耶にせず決断の出来る男だ。


「君が望む形を俺が選択したら、きっと今以上に悲しませてしまうと思うんだ」

「それは…」

「可能性の話は正直いくらでも出来る。でもそれは、凄く君を不安にさせるよ」


好きになってもらえるかもしれない。
思いが通じ合うかもしれない。
仮初めなんかじゃなくて、本当の恋人になれるかもしれない。
いつかいつかと信じていれば、叶うかもしれない。

全てが「かもしれない」の世界ばかり。
それは、ただの夢だったら良いのかもしれない。けれどそれが現実の話なら、待たれる方も、そして待つ方も、ただ辛いだけだ。

赤井は隠れたままで柴崎の言葉にまぁな〜と首を一度縦に振る。
間違いじゃない。一理もある。曖昧な形というのは一番不安定で、だから心も不安にさせる。
それを思うから柴崎は断るし、彼女に対して次を見て欲しいとも思っているんだろう。


「(それにあいつは烏間一筋だし、烏間だって柴崎一筋だから間引き裂くとかまず無理だしな)」


南無南無。どこの部署だか分からない女性職員よ。
さっきも言ったような言わなかったような最早曖昧だけれども新しい恋を見つけろ。そいつは既にお手つきだ。
とかなんとか思っていたら、いつの間にやら修羅場シーン(ではない)が終わっていて、柴崎は踵を返してこっちへ向かってくるようだった。

そう。
こっちへ、
向かってくる、
よう、
なんだ。


「(嘘やんなんでこっち!!?!?)」


もうこっちにこれ以上の退却場所はありませんしなんなら俺はお前らがいたその先の階段に用があった!!
ここはアレか!?某お笑い事務所の真似事をして「偶然じゃーん!」と噛ますべきなのか…!それとも極々、本当今来たところなんだぜってな感じを装うべきなのか…!
どの道装う事実は変わらないし、装わなければならないことは確定なので声をかけるか掛けないかの二択に…!!



「あれ、赤井こんなと、大丈夫?」

「おう、平気だぜ…」

「でも、すごいその…足に落としてたけど、」

「平気、平気、のーぷろぐれむ」


本当はめっちゃ痛い。本当の本当はめっちゃクソ痛い。だって声掛けられて動揺して籠足の上に落としたんだからそりゃ痛ぇだろ。痛ぇよ。しかも角から落ちて痛ぇよ冗談抜きで。
赤井は足をさすりながら近くで少し腰を折って心配げに見てくる柴崎を一瞥するようにして見る。

昔から思っていた。
いや、昔からというと語弊がある。烏間と彼が恋仲にだったんだということをきちんと知ってから、というのが正しい。
柴崎は、誰にでも優しかった。それこそ老若男女問わずと言っても間違いがなさそうで。


「足平気?」

「へーきへーき!問題なし!」


だからこうやって良かったって言って笑う彼を見たら、つい絆されるような、距離感の縮まりというか、そういうものを勝手に感じる。
──柴崎は誰にでも優しかった。
本当に、誰にでも。けどそれが唯一、色の違う相手が確かにいた。


「なぁ柴崎」

「うん?」


彼もそいつも、この防衛省じゃ有名人。顔も良ければ成績も良ければしっかりしていて、仕事の出来る奴ら。ってなると、今日みたく彼らに好きだと言って告白する人は少なくない。
それでも彼らが二人揃って未婚なのには絶対的な理由があって、切れないものがあるからだ。


next




.
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -