そのやさしさがいちばんずるい


早いものであれから数日が経った。かと言って事が終わったからとゆったり出来るわけもなく、再びバタバタと忙しく過ごしていた。まず第一に、生徒達への賞金受け渡し。あの例の三百億は時間を置く事なく速やかに彼等へと支払われた。理由としては恐らく、国からの口止めなのではないかというのが烏間と柴崎の予想である。が、それも強ち間違いではない。

実際その賞金を前にすると生徒達の半数は目が眩んでしまい、しかししっかり者の生徒数名のおかげでそれは私利私欲の為に使われることはなかった。振り分けで行くと、まずは学費。それから一人暮らしにおける大体の頭金。残った賞金の一部は彼等に関係したところへ寄付が成され、大きな買い物といえば、思い出の深いあの山一帯の敷地を買い占めたことだ。そうする事で変に悪戯をされる事も、況してや手を付けられる事もない。永遠にあの頃の思い出を持ったままの姿で、あの場所はあり続けることが出来る。

それでもまだまだ余る賞金の山。どうするかと、本来ならば悩むところを生徒達はそうしなかった。それどころか「一年間の支援への感謝」として国に返し、お陰様で…言って良いのかは分からないが、烏間と柴崎の株は上がった。

月は少しずつ崩壊を始めており、だがいずれ自らの重力で小さな球形に纏まるらしい。大爆発のせいで地球との距離が縮まったこともあり、暫くもすれば地球から見た形や大きさ、重力や周期は壊される前と割りと似た感じになるそうだ。あれ程一年間見慣れていた三日月も、徐々に形を変えて忘れられて行く。暗殺教室の、あの場所で過ごした一年の象徴でもあった緩やかな形は、いつしか月の満ち欠けの一つとなって行くのだろう。





一つの部屋に、数個の段ボールが積まれている。中はファイルで殆どを占められており、見掛けたとしてもそれはノートパソコンであったり私物の何かであったりとサッパリしていた。



「これで全部か?」

「かな。粗方は詰めたはずだよ」


ぐるりと見渡し、あるのはもう何も置かれていないデスクくらい。隅に設置されている棚も、今では寂しいくらいに何もなく、爪で叩けば音がよく響きそうだった。



「…一年か。思えば此処で集まることも、そう多くはなかったな」

「あったとしても初めと終わりくらいかな。後は殆どあっちで過ごしてたから」

「あぁ。…だが" 臨時 "とはいえ、思い出は深い」

「…うん、そうだね」


任務を言い渡され、当てがわれた一室の部屋。それは防衛省上層部の指示により特設された" 臨時特務部 "のためのものであった。初めの頃こそ報告や会議で使用したが、四月中頃に来てしまえばあまり利用することも多くなかった。烏間と柴崎が兼任教師としてあの旧校舎で一日の大半を過ごせば、逐次の報告などは大凡メール・電話で済まされたからだ。



「烏間さん、柴崎さん」


呼ばれる声に反応し、二人は後ろを振り返る。そこにはこの特務部所属" であった "鶴田、鵜飼、園川の姿が見えた。



「こちらも整理の方が終わりました」

「後は運び出すだけです」

「そうか。休みの日なのに手伝いを買って出てくれて助かった」

「そんな!私達だって臨時特務部の一員です。なのでお手伝いをして当然です」

「ふふ。本当園川は逞しくなったね。これならなんの心配も要らないや」

「そ、そんなこと…っ」


言葉を詰まらせ顔を伏せる園川だが、言われた気持ちは嬉しいのか頬は緩んでいる。この臨時特務部唯一の女性職員で、何かと肩身も狭かっただろう。しかしそんな立場に負けず、彼女はいつだって自分のすべき仕事に一生懸命だった。初めの頃は緊張もあってか固い表情が多く見られたが、それも次第に消えていき、節々に見られる意見などにはきちんと主張が交えられていた。烏間も柴崎もその成長ぶりには感心し、今では立派になってと嬉しい心地である。

けれど次第に園川から綻びが消えていき、代わりに眉を下げては寂しげな色を見せた。



「…けど、もう今日でお二人の部下ではなくなってしまうんですね」


呟かれた声は音としては小さいもの。だというのに不思議とそれは拾われて、その場に居る者の鼓膜を静かに揺らした。釣られるように鶴田と鵜飼の表情も暗くなる。忘れていたわけではない。けれど、忘れようとしていたところはあった。尊敬する、彼等の下ではもう働けない。もう、部下とは言えない。烏間は情報部へ、柴崎は防衛監察本部と情報部へ、籍を移していく。臨時特務部はあくまで臨時なもの。例の任務が終わってしまえば、必然的に解散される部署だった。



「…部署が変わっても、三人はずっと俺達の大切な部下だよ」

「っ、」

「柴崎さん…」

「確かに今日でこの臨時特務部は解散する。しかしだからと言ってお前達との縁が切れたわけではない」

「…烏間さん、」


下がっていた視線はあげられる。そうしてかち合った先には誇らしい、敬愛する上司の姿があった。向けられる眼差しは優しくて、掛けられる言葉は今後の財産とも言えるほどの喜びを感じさせた。



「寂しい気持ちは俺と烏間も同じだよ。でももうずっと会えない訳じゃないし、遠くへ離れてしまう訳でもない。そう思うと寂しい気持ちも少しは薄まらない?」

「…柴崎さん」


園川は優しく語り掛けるように話をする彼を見上げる。そんな彼女に、柴崎は小さな笑みを浮かべては僅かにその目線を下げた。ようやっと同じところに来て、柴崎の瞳は園川の瞳と真っ直ぐに出会う。




「大丈夫だよ、園川。俺も烏間も忘れたりしないから」

「っ、!」

「なんならこんな優秀な部下が居たんだって、同期達に自慢してやりたいくらい」


だから忘れるなんてしない。残る二名の鶴田、鵜飼だって烏間と柴崎にとって誇りある部下達だ。それこそ今日限りで別れてしまう事を惜しむほどに。



「〜…っ柴崎さん!」


いつもの園川ならきっとあり得なかった。けれど今日という日が彼女の足を、心を駆らせた。目の前に立つ柴崎に抱き付いて、そうは言っても寂しいものは寂しいです!と。涙を流しながら小さな子供のようにただをこねる。これには彼の隣にいた烏間も意外だったのかその目を少し見開いている。しかし理由が理由なだけに微笑ましく、彼はそれを止める事をしなかった。



「私っ、ずっとずっとお二人の下で働きたいです!」

「うんうん」

「もっと沢山のことを烏間さんと柴崎さんから教わりたいと思っています…っ!」

「そっか、まだ教え足りてないもんね」

「だからまだ私達はお二人の下で働くべきです!」

「う、…ん?」

「どうして今勢いで頷いてくれなかったんですか!」

「あ、いや、つい流れで…」


頷いては駄目なところで頷いてしまいそうになって、だがしかし既で止めるという技を見せた柴崎。けれど園川はそれがむっとしてしまったのか涙目のままに彼を見上げて怒っていた。その様子を微笑ましく見ていた残る三名といえば…。




「烏間さん」

「烏間さん、我々も」

「待て。男三人が抱き合うなどむさ苦しいだけに過ぎん」

「部下の愛を受け取って下さい!」

「大切だと仰られていたではないですか!」

「それとこれとは話が別だ!」


あと訂正する点をあげるならば大切だと言ったのは柴崎だと、ジリジリやって来る鶴田、鵜飼に烏間はそう発言する。するとどうだ。途端に彼等の勢いは消沈する。これには然しもの烏間も少々動揺した。




「…烏間さんは、我々を大切だとは思われていないんですね…」

「…いや、」

「…そうとは知らず、烏滸がましいことをしようとしてしまいすみません…」

「〜…っ、」


暗い影を落とす者約二名。それを前に苦虫を噛み潰したような表情を見せる者約一名。雲行きはそろそろ雨なようだ。その様子をほんの少し前より気付いていた約二名の片方は涙も止まりどうしたのかと尋ねようとしたが、もう片方より「しー」と止められた為に足は前へと動かなかった。



「柴崎さん、あの三人は一体…」

「面白いものが見られると思うから、ちょっと見物しておこう」

「面白いもの?」

「確実にね」


だから今暫くはこれね、と。口元の前に人差し指を添えた柴崎はとても良い笑顔を浮かべていた。どうやらその様子からして彼にはこの後の展開が読めているようだった。何せ柴崎は烏間の性格を良く知っている身。ならばこの後烏間がどうするかなど、彼には目を閉じていたって分かることであった。しかしそこで目を瞑らず見物する辺り、酷く彼らしく思われた。

所は変わり目の前で見事なしょんぼり具合を見せる鶴田と鵜飼に悩ましさを滲ませる烏間。別にそういう意味で言ったわけではないと言いたい気持ちはあるものの、この暗さを前にして果たして伝わるのだろうかという不信感が募る。けれどこのままではいけないと思う自覚はあるのか、彼は一度咳払いをした。



「…勘違いをするな。何も大切でないとは言っていない。ただ男が三人寄って集って抱き合うなどという行為にはいかんせん抵抗が…」

「烏間さん!!」

「貴方の部下で居られたことを誇りに思いますっ!」

「最後まで聞け!それと抱き付くな!」

「問題ありませんっ」

「後ほど柴崎さんとも抱擁をさせて頂きます!」

「そういう事を言っているんじゃない…っ」


なんともカオスな光景である。結果園川はポカンとし、隣に居る柴崎は笑いを堪えるに懸命だ。これだから笑いのツボが浅いと辛い。そう本人も心から思っている。が、直せないものは直せないため彼はそれをもう諦めていた。



「っ、ふ、ふふ…っ」

「……柴崎」

「っ、あははは!いや良かったね、烏間。そんなに抱擁される事なんてまぁないよ。記念に写真撮っておこうか?」

「要らんっ。って、こら構えるなっ!」

「一枚位減るもんじゃあるまいし。ケチ臭いこと言わないの」


そう言ってパシャリと取られた一枚の写真。物は勿論携帯でだが、今時のこれは機能がいい。大変高画質に出来上がった。



「あ、見て園川。さり気なく鶴田と鵜飼がピースしてる」

「あっ、本当ですね!」

「…お前らな」

「いえ、つい」

「出来心故です」

「なんのついと出来心だ」


漸く離れた二人に向かって鋭いまでのジト目を向ける烏間は先程の抱擁のせいか、少しばかり二人から距離を取っている。すると彼の視線は立つ柴崎に向けられ、目が合えばその口角を僅かに持ち上げた。




「鶴田、鵜飼。あっちが寂しそうだぞ」

「え、」

「柴崎さん!」

「我々とも最後の抱擁を!今までの感謝を伝えせて下さい!」


まさかの逆襲。それは予想していなかったらしい柴崎は一歩二歩と後ろに下がった。



「言葉で良いよ、間に合ってるし」

「それは遠慮だ。気にするな」

「横槍要らないんだけ、っど、!」

「ありがとうございました柴崎さん!」

「またお会いした時は宜しくお願いします!」

「あー…うん、そうだね。宜しくね。でもちょっと苦しいかな…」


成人男性二人にこうもされると窮屈で仕方ない。序でに狭い。なので柴崎ははいはいと伝えるように二人の背中を叩いた。すると離れて行ってくれるので、やはり素直な部下達である。



「埋もれたな」

「凄くね。あの二人あぁ見えて体しっかりしてるから」


だから細身な柴崎は埋もれてしまう。しかしこれだけ最後の日を談話で過ごせられるというのも、また良いことだ。悲しくしんみりしてしまうより、余程。笑ってまたと言えたなら、それ以上に良い別れはない。

話す二人のその側には、ニコニコと。笑顔を浮かべる部下三名。全く、良い臨時特務部最後の日であった。



「帰りに上でコーヒー入れていこうか」

「わっ、良いんですかっ?」

「構わないよ。休日だから人も少ないし丁度良いね」

「烏間さんはいつから柴崎さんのコーヒーを飲まれているんですか?」

「彼此十年以上は飲んでいるな」

「十年以上…」

「流石です…」


次に此処で集まる日はもうない。けれどそう寂しさが滲まない今の心は、これでさようならではないと知ってしまったからなのかもしれない。






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