鈍感、不器用、どれも同罪


和やかな朝は消えたな、とは思っていた。ゆっくりのんびり、というのも駆け足の如く遠ざかって行った。では残ったものはなんなのかというと…。



「うんま!えっうんま!」

「朝からこんな飯食えるとか幸せな〜!」


突然やって来た馴染みの深い者約二名と、意識的にもつい…と視線を横にしたくなるほどの無言さを貫く者約一名と、あまりに対極的過ぎる温度差に最早速攻逃げ出したい者約一名。この四つの存在だけであった。



「(…今日も洗濯日和だね)」


物理的な逃避が出来ない。ならば心理的な、脳内的な部分での逃避なら許されるだろう。柴崎は烏間の作ってくれたお手製の朝食を前にそんなことを思った。あぁ今日も彼の作ってくれるご飯は美味しい。こんな空気でなければもっと。前に目玉焼きを一度半熟で食べてみたいと言ったことを覚えてくれていたのか、自分のものだけがとろ〜り半熟目玉焼きだ。パカリ、箸先で割る。あぁとても美味しそうだ。こんな空気でなければもっと。



「(味が感じられない)」


これはもう、悲しいなんてもんじゃない。辛い。折角の半熟目玉焼きもこの空気のせいで台無しだ。柴崎は箸先でちょんちょんと卵を突く。おい、おい卵。美味しくなれ。ううん嘘。美味しくなって下さい。そんなお願い事を人知れずしていると、彼は隣から声を掛けられる。



「硬いほうが良かったか?」

「えっ!?」


何が!?何を!?柴崎は心の中で自問をする。だが直ぐに彼は閃いた。この話題は絶対に卵であると。


「う、ううんっ。美味しいよ。半熟食べたいって言ってたから、作ってくれて嬉しい」


ただ一言だけ言って良いのならこの空気の中では食べたくなかった。だって味が分からない。残念過ぎる。半熟の旨味はこんなものではないだろうに。



「え、柴崎のん半熟なん?」

「えー!いいなー!」


足を蹴る許可が欲しい。柴崎は烏間に向けていた笑みを固まらせてはそんなことを思った。空気を読めと言ってやりたい。もう何年の付き合いだ。分かるだろうに。究極の馬鹿なのか。それとも天才的な馬鹿なのか。いやどっちにしても馬鹿には違いない。



「(…いいな、俺も馬鹿になりたい…)」


なって良いかな。駄目かな。駄目だよね。烏間困るもんね。やめよう。柴崎はゆっくり前を向くと焼けているパンを持ち上げ端をさくりと食べた。うん、美味しい。…と思う。多分。



「烏間ー、なんで俺の固焼き目玉なん?」

「俺のもー」

「食えるだけでも有難いと思え」


全く。そう言って息を吐く彼は柴崎の入れたコーヒーを傾ける。そこで初めて柴崎はあることに気付いた。烏間の眉間から皺が消えている。声もなんだか、いつも通りだ。…ということは、



「いやぁ朝一訪問で中に入れてくれるとは嬉しいねぇ」

「本当なぁ!しかも腹もペッコペコだったから助かったわぁ」

「入れたんじゃなくて入って来たんだろうが。あと朝食くらいは食ってこい。道中が危ないだろう」

「へへっ、だーいじょうぶ大丈夫!」

「ちょっと食わねぇくらいじゃぶっ倒れたりしねぇって!」

「はぁ、相変わらず能天気な奴らだ」


柴崎は話をする烏間と、赤井、花岡をその瞳に順に映す。普通だ。普通に話している。いつも通りだ。何も変わらない。前二人はケラケラと笑っているし、烏間も少し笑っている。…なんだ、なんだ…。



「え、柴崎どした?」

「なん?やっぱ固焼き目玉が良かったんか?」

「そうだったのか?…作り直すか?」

「…ううん、美味しい。すごく美味しい」


味が分かる。半熟目玉焼き最高。これが熱々ならもっと最高。今度もう一度烏間に頼んでみよう。柴崎はほんの少し固まってしまっている半熟を箸先で摘む。そして頬を綻ばせてそれを口に運んだ。美味しい。卵って味がする。無味じゃない。嬉しい。



「…お前食べてる時の顔まで可愛いのな」

「可愛いは訂正するけど美味しいもの食べてたら笑っちゃうよね」


なんならさっきまでは味がしなかったのでより美味しく感じる。やっぱり烏間の作るご飯は一番だなぁ、なんて思いながらこれまたさっきまで美味しいのかどうか分からなかったパンに彼はカプリとした。うん、美味しい。パンって味がする。



「烏間、お前柴崎の胃袋掴んだな!」

「もうこいつはお前から離れらんねぇぜ!」


やったな!なんていう顔をして二人は非常に立派なドヤ顔を見せているが、烏間からすれば何を今更…と思うようなことなので。


「そんなこと胃袋を掴まずとも分かっていることだ」


戸惑いもなく、こうしてさらりと素面のままで言ってのけてしまう。お陰でコーヒーを飲んでいた柴崎は噎せてしまい、誤って気管に入った水分を取り除こうと幾度と咳を繰り返していた。気付いた烏間が大丈夫か?と背中を摩り、時折トントンと優しく叩いている。それでどうにかなるというわけではないが、一応、彼の優しさを柴崎は受け取っておくこととした。

次いでこの様子を目の前でにやにやと、にやけきった顔色で見続けている赤井と花岡には後でひと蹴り入れておこうと。柴崎は密かに心の中で決めるのだった。











「ところでさ」

「うん?」


いつもとは違う座り方。柴崎の前には烏間が居て、烏間の隣には花岡がいる。その花岡の前には赤井が居て、赤井の隣りには柴崎がいる。此処の家主二人は別にこの配置には特別文句はないらしく、はいはい、はいはい、と座らされた位置に今も大人しく腰を下ろしていた。柴崎は隣から話し掛けてくる赤井の方を向いては入れ立てのコーヒーをテーブルに置く。勿論彼はきちんと四人分を用意しており、各々の前には湯気の立つカップが用意されていた。



「どこまで行ったわけ?」


突然のその問い掛けに、された柴崎ではなく聞いていた烏間が肩をピクリとさせる。そうして腰を上げかけるのだが、それを目敏く止めたのが花岡だ。まぁまぁ!と笑って烏間の腕を引き、決して彼を立ち上がらせまいと言わんばかりにぎゅっとそこを掴んでいた。

対して。問われた側の柴崎はというと、これまた非常に…なんというか…。



「…?どこ?」


質問の本質を全くと言って良いほどに掴めておらず、小首を軽く傾げていた。何処って、一体何が?彼の表情は一縷の歪みもなくそう表している。なんなら若干の怪訝さも見えなくもないので、本当に、一ミリだって分かっていない。赤井は目をパチクリさせて、その後に彼は烏間の方へ顔をやった。そうして目をひん剥かせた。

見られる烏間は沈黙の後にこくんと頷く。それにはまたも目をひん剥く赤井忠広(29)。もう一度、彼は柴崎を見る。すると柴崎は呑気にもカップを傾けコーヒーを飲んでいた。赤井は天を仰ぐ。それは別に良い意味で、と言うものではない。Oh...no...と。おいマジか的な意味合いで彼は上を向いているのだ。



「…よしよし。もっと分かりやすく言おうな。ナニをしたよな?」


どうだ!これなら分かるだろ!な!期待を込めて赤井は再び柴崎に質問を投げかける。…が、


「何?……なに、なにを?何にもしてないけど。仕事仕事でスーパー行って買い物してるくらいだよ」


ずっこけてしまうとは正にこのこと。もう目も当てられない。花岡はケラケラケラ!と笑い転がり烏間は「んん…」と、知ってはいたが深刻だなというように眉間を揉んでいる。そして赤井はというと、もうこれ以上は剥けませんという程に目を見開いていた。



「…お前はど天然か?」

「は、?」

「こんだけ分かりやすく言ってんのになんで分かんねぇんだよ!!」


もうっなんで!?どうして!?もしかして俺の言い方に不備あり!?ってかどんな言い方が正解!?もうわっかんねぇよ!!

赤井のリアクションと表情は実にこんなことを物語っている。此処でもう片方の反応も見てみよう。花岡と烏間が赤井から目を離し柴崎の方を見ると、


「分かりやすくって、何処が分かりやすいわけ!何処までとか、なにとか!分かるわけないでしょ!」


もっと的確に言って!と。本当に何も分かっていない顔で訴えていた。

そこで話を聞いていた花岡は思う。いや的確て。初めのどこまで行った以外のナニは結構ナニで、それが伝わらないお前って…ええ、真からの純粋太郎だなと。だがしかしそんなことは最早十何年来継続し続けていることなので、今更特別に「ええ!?」と心底に驚くほどのことでもない。烏間もそれには同感というか、同意なのか分かり切っている様子で二人の成り行きを傍観している。



「なんでだよ!分かるじゃん!お前俺よりめっちゃ頭良いじゃん!」

「こんな前後の文脈がバラバラで察せられるか!」

「どーこがバラバラだ!一致してるわ!お前が察せられてねぇだけだわ!」


確かに。しかし柴崎なら分からなくても無理はない。烏間は静かに瞼を落としては一人密かに心の内で呟いた。その時にちょんちょんと肩を突かれて、彼は隣を振り返る。見えた先にいる花岡の視線は烏間には向けられていない。今もあーだこーだと言い合っている赤井と柴崎に向けられていた。



「…烏間ぁ。柴崎って相変わらず天然なぁ」


それはもう、いっそ清々しいほどに。なんだったら拍手を送りたいくらいには気持ちがいい。一体どうしたらマジであんな風に育つのかを教えてもらいたいと、花岡は目を細くさせ若干遠いものを見るような顔付きをさせた。それを横目で見た烏間は、視線を柴崎へと移し直す。そうしてしみじみ思った。


「……いや。あれはただ単に鈍感なだけだ」

「あーそっかぁ」


それなら、え、仕方ないのか?自問自答を始め出した花岡は答えのない海へ自らが身を投げた。憐れな。そんな事をしても無駄だと言うのに。だがそこで待ったとストップを掛けないのが烏間で、彼は身投げをした花岡をそのまます、と見過ごした。

止まらず進み続ける言葉の応酬。その中で天然!ど天然!なんでお前そこまで天然なんだよ!いっそ羨ましいわ!どんな成長過程辿ってんだ教えろ!!と言いたい放題言ってくる赤井に、普通に育ったし親よりお前らと居た時間の方が長かった!なんてクソ真面目に答える柴崎には「うん、そーだね」としか言い返せない。実際「確かにそうだ!」と赤井も返している。多分彼も何処かが馬鹿真面目なんだと思われる。主にツッコミとリアクションに関しては。



「大体何がどれと一致してるの!もっと分かりやすく言ってよ!」

「言って良いのか!?良いのか!?言うぞ!?」

「どうぞ!」


赤井は柴崎の方を見てはカッと目を見開く。そうして効果音らしきものが聞こえるのでは?というくらいにはぐんっと距離を縮めた。



「お前は烏間ともう初夜済ませてんだな!?」

「しょ…、…………しょや?」

「イエス初夜!漢字分かる!?初めての夜!平仮名退けてはい!初夜!!」


間が空く。てんてんてん、と。時間だけが過ぎていく。烏間は額に手を当て目を瞑った。花岡はずーっと笑っている。とても愉快そうだ。赤井は凄みのある顔をしている。こっちは真剣そうだ。柴崎は、



「ば…っ、し、してないよ!」


目に見えて分かるほどに顔を赤く染めていた。これでは答えが既に出ているようなもんである。分かりやすい。


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