人生の春が一気にやってきたようです


俺の名前は花岡勇人。29歳のこれでも防衛省職員。性格はちょーっとお馬鹿で、大分能天気のなんとかなるぜ精神がありありってとこ!ある日っつーか防衛大に入学する前、俺は一人の男に出会った。そいつっていうのがめちゃくちゃ空手が強くって、構え一つにしても技一つにしてもすんげぇ綺麗!そんでその偶々見に行った空手の大会で、そいつは見事優勝をしたんだ!

本当はその時名前を聞いて、すげかった!って感想を伝えたかったんだけど、残念ながらそいつとは会えずじまい。だからってしょんぼりするような俺ではないから帰ったら直ぐに中学から親友の赤井ん家に飛んで走った。ただベッドに寝転んで週刊少年ジョンプを読んでいたところに飛び込んで行ったのは駄目だったみたいでそのあとめちゃめちゃに怒られた。

って。別にめちゃめちゃに怒られたことが重要なんじゃなくて、俺が言いたい一番のことは、そのすげかった!って言いたかった相手が防衛大で一緒だったってこと!赤井から名前を聞いた時はまさかなぁ、まさかなぁ、でもなぁ!とか思ってた。でも会えた瞬間俺は飛んでそいつの元へ走ってしまった。そん時のあいつの顔は今でも忘れらんねぇ。ポカンっつーか、きょとんっつーか。とにかく目をパチパチさせてた。

確かそん時に烏間とも初めて話したんだよなぁ。あいつもまさか自分にまで話し掛けられるとは思わなんだみたいな顔をしてて、柴崎と似たような反応を見せていた。




「(お、噂をすれば)」


烏間は居ないけど柴崎は発見。別に噂なんて自分の中でしかしちゃいねぇけど。

しっかしあいつは相変わらず真面目なぁ。腕に積んだか積んだかなファイルを持って、仕事中なのがありありと分かる。俺なんて今日の議事録の先が進まねぇから自主的休憩を入れているくらいだと言うのに。



「(昔っからだけど良くあの細腕であんだけの量持てるよな)」


しかもそのほぼほぼを片腕で支えて、もう片方はファイルを持つ腕に添えられている程度。顔に似合わずとは正しくこういうことを言うんだよなぁなんて遠目から見てしみじみとする。



「(…ん?)」


俺花岡勇人、現在防衛省三階通路にて何やら不埒な輩っぽいものを発見。とりあえず近くの壁に身を潜めてからのちに状況の監視観察に励むなり!とかなんとか俺は一人で思っちゃってるけど内心はぶっちゃけ気が気でねぇ。

確かに柴崎はしっかりもんだ。そりゃもう俺とは比べもんにならんくらいにはしっかりしている。でもそんなあいつにも、俺以下なところがある。



「仕事は順調かい?」

「はい」

「それは良かった。いやぁ、この間の会議資料。非常に良かったよ。あれも君が作ったんだろう?」

「会議資料…?…ああ、あれは烏間が作成したものです」

「烏間?情報部のか?」

「はい。前回の会議進行は彼が担当をしていたので」



それは柴崎の鈍さ加減。こいつは本当マジで過去最高の鈍チン男だからなぁ。おらぁ心配で心配でならんよ!仕事とか昔の訓練・実践の時の勘は偉く研ぎ澄まされているのにどーーーしてこう人からの好意というものには発揮されなんだか!!

……あれ、いやでも烏間への好意には気付いてちゃんと受け取って返してるんだよな。

てことは何。烏間限定?限定もんなの?まじか〜〜良いけどな別にそれで。何も他に支障は、ないことはないな!めっちゃ支障出てるな!あ〜〜ほらも気付けよ馬鹿〜〜!!その男の顔!目!お前に対するナニがいっぱいだ!!え!?ナニって何!?馬っ鹿ナニっつったらナニだろうがよ!



「でもそのように言って頂けるのなら烏間も喜ぶと思います。次は是非本人に向けて伝えてやって下さい。反応は薄いかもしれませんが、内心はそうではありませんので」


にこりと笑う柴崎は今日も今日とて変わらず眩しい。その真っ白さ加減を保つ秘訣はなんなのか。俺はお前程に白さの滲む男は正直この方見たことがねぇよ。



「そ、そうか。なら今度彼に会った時にでも伝えておこうか」


…だがしかしここで俺は察した。めちゃめちゃに察した。あのモブAらしき上司は柴崎が作った(と思っていた)会議資料であいつのことを褒めようとしたんだな。つか褒めてこう、好感度を上げようと思ったんだな?そうだろ?百点満点と言いたまえよ。でもそれっつーのが烏間が作ったやつで、つまりあのモブ上司Aは空振ったんだ。だってひいては柴崎に向かって烏間の作った資料を褒めていることになるんだから。



「あぁ、そうだ柴崎くん」

「?はい」


一礼をして立ち去ろうとする柴崎を引き止めるあのモブ上司A…こいつ強いな。ハートが強い。俺と赤井以上に強いんじゃね?


「今晩時間はあるかい?」

「今晩ですか…?」


乗っちゃダメだ柴崎!!乗るな柴崎!!それは罠だ!そいつはお前にあれやこれやナニをしようと企んでいるんだよ!!だから乗るな!!ああ〜〜こうなったら俺が出るしかないかなぁ!?大事な親友の貞操を守るために一肌脱ぐしかないのかなぁ!?あぁでもあいつの貞操はもう烏間のもんか!!(?)だったら貞操云々の心配は…ないこたない!!柴崎の貞操が烏間のもんでもこの状況は良くない!よろしく無い無い!



「良ければ一緒に食事でも思ってね」


おいこらモブ!!その手!なんだその手!!柴崎の尻に触れようとす…



「申し訳ありませんが、今晩は忙しいので。他の方をお誘い下さい」


それと、と。言葉を置く柴崎の手にはモブ上司Aの手、というか手首が握られていて…。



「お戯れも程々に。互いに面倒事は避けて通りましょう」


…俺忘れてた。いや忘れてたわけじゃ無いけど…いつもの柴崎を見ていたらつい頭の端にやられるっつーか…。でもこれを見せられるとそういえばあいつってあんな風であんな雰囲気を持つ奴だけど、言うことはちゃんと言う奴だったなぁって思い出す。まぁそんなところが俺も赤井も烏間も好きなんだけどな。モジモジしてねぇっつーか。言うべきことはたとえ相手が自分の立場より上であっても物申すところとか。多分こういうのをギャップって言うんだろうなぁ。

モブ上司Aの顔色が若干悪くなって、ははは、みたいなめちゃめちゃ乾いた笑いを残して去っていく姿を目で追ってから俺は壁から身を出した。その足で柴崎の方に向かうと、小走りの勢いを保ったままに抱き付く。瞬間ふわりと柔らかな香りがして俺の頬は容易く緩んだ。



「(って違う違う!そんな為に抱き付いたんじゃない!)」


ガバリと頭を上げる。と、そこには目をパチパチさせる柴崎がいて、あ〜〜可愛い〜〜とか思ってしまうのは本当に本当に許して欲しい。



「柴崎の貞操は俺が守る!!」

「大声で何言ってるの」


やめなさい。恥ずかしい。そんなお母さんちっくなことを言っては頭をペシンと優しく叩く柴崎からは愛を感じる。え?大袈裟だって?だまらっしゃい。


「だってさぁ、今のセクハラじゃん」

「見てたんだ」

「一部始終をしかとこの目で!」


抱き付いた体勢から少し立て直して今俺は柴崎の隣にピトリと引っ付いている。こんなことをしてもこいつは嫌な顔も、況してや距離を置く振りもしてくれないから心の距離を強く感じる。つまり許してくれてるっつーの?絆してくれてる感じがして嬉しい。



「減らねぇよなぁ…昔からさ」

「そうだね。でも大丈夫」

「?なにが?」


なにが大丈夫?首を傾げて尋ねればこいつはものすごーーく爽やかな笑みを浮かべていた。なるほどこれが人事部女性職員が一様にして柴崎を王子様と話す謂れか。本人はそんなつもり一ミクロンもないんだろうけども。



「もう慣れてるから」

「それでいいのか柴崎よ」


良くないだろ!!どう考えても良くない!!諦めも時には大事だとは思うけど慣れるのは良くないと思うぞ!!!慣れは怖いからな!!

って思っているのは今の所この場では俺だけのようで。柴崎は実に涼しい顔をしている。おいおいお前のことだぞオイ。当事者がそんな風でどうするよ。お前もうこんなの通算何回目だ?数えるのも億劫?だからそんな風なのか?…そりゃ…なんだ…。



「労しいわ〜〜〜!」

「よいしょ、っと」


片や当人よりも嘆く俺。片や腕に持っていたファイルを着いた部屋のテーブルに置く柴崎。なんだこの温度差は。俺は指の隙間からちらりと柴崎を覗き見る。するとこいつは極々平生な顔をしてファイルを指定の場所へ直していた。まじでお前、真面目な。



「お前さ〜そんな真面目で楽しい?」

「ふふ。可笑しなことを聞くんだね」


柴崎は昔からそうだ。一見からして、いや一見からせずとも話して接すれば分かる。品行方正で勤勉実直。その上文武両道なところもあるから、それら全てを併せ持って真面目人間。俺とは到底程遠く、似ても似つかないものをこいつは持っている。これは烏間にも言えることで、だからたまにじゃなくても結構思う。こいつらの気の抜ける時ってあるのかねぇと。

真面目過ぎるとしんどいってよく聞くし、空気を抜くのが下手な奴はどっかで体を壊したりするときもある。なんて話だって耳にしないことはない。烏間と柴崎が下手かどうか分かんねぇけど、烏間の場合は柴崎の存在が多分大きい。これは多分じゃねぇな。絶対だ。あいつが生真面目さを持ち続けて今に至れるのも、ひとえに柴崎があいつの肩の荷を下ろしてやっていたからだ。



「…柴崎のさ、」

「うん?」


…じゃあこいつは?俺はそう思うんだ。こいつの息抜きは何処にあるんだろうって。烏間、の存在は柴崎にとっても大きい。こいつはあいつにしか見せねぇ顔とかあるし。ちょっと悔しいけど。


「ガス抜き方法ってなに?」


柴崎が不器用なのは良く聞くし、俺も察せられるところだ。こいつは不器用だ。甘えることも然り、我儘を言うのも然り。兄気質だからだからなのかもしれねぇし、元々そういう質なのかもしれねぇ。でも、だからってそっか〜とかで済まそうとは思わねぇ。



「ガス抜き方法かぁ…」


遠くの、何を見ることもなく宙に視線を移す柴崎の横顔を見る。窓から差し込む光が逆光になっていて、こういうのなんつーんだろ…。幻想的?あれ違う?でもなんかそんな風に感じられる。



「こうして花岡と話すのも、俺には息抜きだよ」

「へ、?」


思わぬ変化球をもらった気がする。顔を上げて柴崎を見ると、今まで資料の仕舞われる棚を見ていたあいつの目が俺を見ていた。優しい色だなぁとか。夜の色に似てるなぁとか。めちゃめちゃ語彙力の少ない中で俺は感想を心の中で述べる。



「仕事仕事な俺を気にしてくれてるんだね。ありがとう」

「や、別に…」


別にっておい俺なんだ。別にじゃねぇだろ何こんなところで恥じらい出してるんだよ馬鹿野郎が。視線を逸らすな!このこの!


「ふふ。花岡も照れるんだ」

「ば、ばかやろー!照れてねぇぞ!」

「あははっ、そう」


本当に、ほとほと痛感させられる。烏間がこいつに惚れる理由も、他の老若男女もほの字になる理由も。だってこいつは綺麗なんだ。それは外見だけじゃなくて、中身も。寧ろこいつは中身の方が綺麗だ。偏に綺麗といえば汚れのない、真っ白なイメージがある。でも柴崎の綺麗さはそうじゃねぇ。辛さも、悲しさも、楽しさも嬉しさも。人の感じる全てを自分なりに受け止めて生きて、感じて、一つ一つを自分の色に変えている。だからこいつの見せてくれる表情一つにしても、言葉一つにしても、柴崎らしさを感じて…それがすんげぇ綺麗に感じるんだ。

あとは、内面の強さと、弱さ。人としての表裏をこいつはちゃんと持っている。どっちかだけに偏らないで、決して完璧人間じゃない。良いところも悪いところも持ち合わせている。そんなんだから、俺も赤井も、烏間も。みんなこいつのことが大好きだって思えちまうんだろうな。



「でもさっきの話は本当だよ」

「…さっきって?」

「息抜きの話」


最後の一つを棚に直して、柴崎はその背を指でそっとなぞった。



「俺にとって、赤井や花岡や烏間と話している時間はすごくリラックス出来るんだ」


その繊細とも言える仕草に俺は目を奪われて、こいつの目に映っているのがファイルだとしても…頭の中には俺たち三人の姿が浮かんでいるんじゃないのかって。勝手な想像を抱いた。でもなんとなく、それは当たってる気がする。だって柴崎の目がすげぇ優しいものに、俺には見えるから。



「烏間の隣は安心するって部類に入るけど、赤井や花岡の隣は…んー、」

「…悩むなよぉ〜!」

「ふふ、ごめんごめん。…そうだね、つい笑ってしまうくらいに気の抜ける場所かな」

「へ、?」


俺の目は点になる。それは言葉通りに。目線の先にいる柴崎は自分の発言に少しの照れがあるのか、軽く肩を竦めて眦を柔らかくしていた。



「誰にも言わないでね」

「誰にも、って…」

「花岡と俺だけの秘密」


だから赤井にも、そして烏間にも。内緒にしていて欲しいと言うのだ。理由はきっと照れ臭いから。柴崎はこう見えて恥ずかしがり屋だ。照れて、それで赤井によしよしされるのも烏間から行動にされない無言による抱擁感を受けるのも出来れば避けたいんだろうなぁ。恥ずかしがり屋だから。大事なことなので何度でも言う。

…でも、そっか。柴崎と俺とだけの秘密ごとか。なんかそれ、なんだ。なんだなんだ。嬉しいじゃん。あの烏間と赤井が知ることの出来ない、柴崎と俺だけの秘密!



「なに?にやにやして」

「へへっ、べっつにー?」


資料室を後にしても、俺の頬が引き締まることはない。柴崎の言葉通り、めっちゃめちゃにニヤニヤしている自覚がある。だって嬉しんだもんな。



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