ふるえふるえ、地の上へ


兼任での部署配属に特別な辛さはない。要所要所のやり方やその部署での仕事内容を覚えてしまえば、然程のことではないからだ。

なので今日も今日とて、柴崎は二部署を行き来する。といっても七割、八割は監察本部での仕事だが。

パソコンを前に、手元の書類を見ては何かを打ち込む。時折入れたコーヒーを飲んで、また同じ作業を行う。周りの職員のデスクはあそこにファイル、あそこに書類となんだかお祭り騒ぎであるが、彼のデスクはスッキリしていた。恐らく散らかっていては集中出来ないという彼の性格故であろう。



「…んー…?……柴崎〜…」

「白のファイルに直されていましたよ。その書類に関係するもの一式」

「えっ嘘マジ!?」


ガタゴトと音を鳴らしてその職員は重なり置かれているファイルの山から白色の物を抜き取る。そうして中を開けば、確かに。今欲していた資料が全てきちんと直されていた。



「うおーっ、サンキュー柴崎!助かった!」

「いえ。でもこれを機に少し整頓をされてはどうですか?また何かを無くしてしまうかもしれませんよ」

「んー、って言っても、俺整理整頓とか苦手でさぁ」


している筈なのに何故か途中脱線をし、これいつのだよ〜とかなんとか言っていればあっという間に十分経ってる。なんてことがざらにあるそうだ。これがまた自宅ならばより厄介で、漫画などを置いていたら勝手に手が伸び勝手にページを捲り勝手に次の巻へとレッツゴーしているそうな。



「ヤバイよな、これ。マジ可笑しいあのループ」

「ループさせているのはご自身の行いだと思いますけどね…」


だからこんなにもこの人のデスクは色んなものに溢れているんだと柴崎はそっと目を逸らす。きっといつか大事な書類を無くすなと、あり得そうな想像をしながら。

暫くそうして仕事をし、粗方の書類整理が終わりを迎える。ここら辺りで一息吐こうかと、中身の無くなったカップを手に取った、その時だった。




「あ、柴崎」

「?はい」


入口あたりから名前を呼ばれ、彼はそちらを振り返る。見ればそこには佐伯が立っており、彼はちょっとちょっとと柴崎を手招きした。それに何であろうかと小首を傾げながら、彼は手に持っていたカップを置いて席を立つ。扉近くまで行くと、佐伯は部署の方に背を向けて口を開いた。



「情報部本部長がお前をお呼びだ」

「…本部長が?」

「あぁ。…まぁなんでも、先の事案に関係した人物に関することらしいが…。お前知ってるか?」

「…と言われても、実際あれに関与した者は全員臨時特務部所属であった人間です。他にあの件に関わった者なんて…」


そこまで言い、柴崎は言葉を止める。……いや、居ないことはない。もう半年以上も前になるからすっかり忘れていたが、あの時、あの任務で特務部以外の人間が関与した機会は確かにあった。




「その反応は、覚えがあるみたいだな」

「……えぇ、まぁ。とはいえ、もし当たっているのだとしたら二人のうち一人でしょうけどね」

「んん?二人のうち一人?なんだ、特務部以外に二人も関与してたのか?」

「とんでもないですよ、本当。国が焦りを持った結果です」

「…はぁぁぁ。ったく、柴崎と烏間の二大トップ使役しといて良くやるぜ」


あんな任務、聞いただけでも首を振りたくなる程のもの。重圧やら責任やら…。本当に彼等二人には良くやったと褒めてやりたいくらいだと佐伯はぼやく。



「ま、いいや。とりあえずこれからお前は情報部本部長室へ行け。予定時刻は三時からだそうだ。多分烏間ももう部屋の前には居るだろう」

「分かりました」


首肯して、柴崎はその場から足を動かす。しかし伝え忘れがあったのか、一旦足を止めては彼は佐伯を振り返った。



「先日頼まれていた資料をまとめて佐伯さんのデスクに置いてあります。また確認の方だけよろしくお願いします」

「お前は本当にマジで優秀な!!サンキュー!!」


助かった!本当に!本当にありがとう!そう伝えると二度柴崎の背中を彼は叩いた。それはもう、バシバシと。お陰で柴崎は一歩二歩ほど前へつんのめっていた。
















情報部本部長室前。そこに着くと、扉近くには一人の男性が立っていた。彼はやってきた柴崎に気付いたのか、その面を上げ視線を遣った。



「来たか」


声を掛けたのは烏間。柴崎は彼に向けて少し笑みを向ければ、その隣に足を揃えた。前に見えるのは一枚の扉。質の良い木材で作られているのか、光が当たれば綺麗な反射を見せていた。



「…随分早いね」

「…自らが従って動いていたわけではなく、洗脳による動きだったからな。その点を含めての判断なんだろう」


しかし監視の目。それが暫くの間は必要となる。さてではそれに誰を当てるか。上も審議をした結果、事情を深く知る者が適任であると判断した。だからこそ、この二人が呼び出されたのだ。



「烏間を呼んだのは、その選択肢もあるってことなのかな」

「だろうな。だがあいつの事だ。恐らくどうあってもお前を選ぶ」


何せ1に教官、2に教官、3に教官、4に教官な人物。となれば例えどれだけ多くの選択肢を前にしたって、結果は同じだろう。敬愛する人の力になりたい。側に居たい。もっと沢山のことを学びたい。そう思うからこそ、" 彼 "が選ぶのはただ一つだ。



「半年以上経とうが、あいつの柴崎馬鹿は直らん」

「やめてよ、それ。言霊になりそうだから」

「なるだろう」

「やめなさいって」


…とはいえ柴崎も薄々感じている。なんとなく彼を受け持つのは自分になりそうだと。新しいことを知るためにも烏間の下に就きなさい、などと言ったところで恐らくテコでもその場を動かない。ついでに首を動かさない。そう思うとなんて想像のし易い子なのだろうと彼は軽く肩で息をした。

時間になった。二人は軽く横目で見合うと、烏間が先導を切って前の扉を三度ノックした。中からの返答が聞こえてくる。それを耳にしてから、彼はその取っ手に手を掛け開けた。




「失礼します」


中は少々薄暗く、きっとそれは閉められているカーテンのせいであろう。外は今日も晴天だというのに勿体無い。性分が根暗なのだろうかと、突っ込める人間が居たなら心中であっても突っ込んで居ただろう。

烏間の後に続いて柴崎も中に入る。その際に軽く一礼をし、姿勢を正せば顔を前に向けた。その時、本部長の前に立って居た一人の男性が僅かに息を飲んだ。ぐっ、と。拳が握られる。口を噤ぎ、一文字にする。



「烏間、柴崎。君達二人を呼んだのは他でもない。彼の今後についてだ。時期にして尚早だという声も、まぁ中にも上がったが…それでももう半年以上も経つ。それに二度目に関しては彼が自身の意思で従ったわけではないという点もある」


故にそれらを含めた結果で、今回の処遇に至ったという話だそうだ。大凡の内容は烏間の言った通り。柴崎も薄々読めていた流れである。



「だが復帰と雖も上はそのまま放してしまうに不安心があるそうだ。そこで、あの件に携わっていた君達二人、どちらかの下に就かせようという話になったわけだ」


烏間も柴崎も、各部署において優秀な人材。教育者にしても申し分がない。プラスしてあの例の一件にも携わっていたし、当てるならばこの二人のどちらかだという一致の意見で決定したという。



「…と言っても、これに関しては本人の意見も聞いてやるべきだと私は思ってね。そのことを思い、今日は彼も此処に呼んだ」


そう言ってから、本部長の視線は斜め前に立つ一人の男性に向けられる。



「林、君はどちらの下に就きたい」

「……私は…、」


久方振りの声だ。少し硬く聞こえるのはきっとこの場のせい。緊張しているのだろう。多少の判断を委ねられている事と、選んで良いのかという不安感とで。




「……私は、もう一度柴崎教官の元で学びたいと思っています」


隣で烏間が小さく笑った気配を感じた。それはまるで、言った通りだっただろう、と表しているよう。だから柴崎は頷くようにその瞼を静かに下ろした。



「…だそうだ、柴崎。君の意見を聞こう」


まさかこちらの意見まで聞いてくれるとは思わなかった。僅かばかりの喫驚を抱きながら、彼は本部長が向けてくる目を真っ直ぐと見つめ返した。




「私の方は構いません。後の決定権は本部長に一任します」

「ふむ…。では本日付けより、林浩介を防衛監察本部配属として君の下に預けよう」


カタリ。彼は腰を上げて数枚の書類を手に持った。それから軽く柴崎に目配せをする。どうやらこれを受け取りに来いとのサインらしい。意図を察した柴崎は本部長の方へと足を運び、差し出された書類を受け取った。



「もう一度、躾の方を頼んだぞ」


書類から手が離された時に小さく伝えられるその言葉。一瞬、それに柴崎は動きを止めるも、視線を持ち上げ本部長に向けた。



「分かっています。また一から教育し直します」


躾、と言えば言い当てが悪い。だから教育だ。あの時、あの当時、伝え切れなかったことを、教えられなかったことを、もう一度。きっとこれは良い機会なんだろう。ならば無駄にしてはいけない。


烏間と柴崎は本部長に頭を下げると、林を連れて部屋を出る。パタンと。静かな音と共に閉じられた扉。少しその場を離れるために歩き出すも、足音以外になんの音もしないこの空間が、林をそわそわとさせた。頭を上げれば本近くに、ずっと会いたいと思っていた人がいる。ずっと、話したいと思っていた人が居る。手を伸ばせば触れられる程近く、名前を呼べば振り返ってくれるほど側に。




「林」

「は、はい!」


ぼんやりとしていた意識が戻ってくる。いつの間にかあの部屋から離れていたのか、前を歩く二人の足は止まったいた。周りに人影はない。返事をした声が通路の奥まで良く響いた。

名前を呼ばれたと同時にバッと顔を上げた林。その時、彼は今日初めて柴崎の目と目が合った。真っ直ぐと見つめられる瞳に、名前を呼ばれたことに、じわりじわりとした嬉しさが込み上げてくる。


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