誰がそう言ったかは定かではない。
「明日は」
「会議が一個。…って、昨日話したけど」
「そうだったか?」
ただ噂というものはいつしか一人歩きをするものだ。
「あら。おはよう、シュウ、カナメ」
「おはようジョディ」
「おはよう」
立ち止まった要人とは違い、1人デスクの方へと歩いていく赤井。それに苦笑いをするも、まぁ挨拶をしただけマシだろうと流す事に。
「なぁに、またあんたの所で彼泊まったの?」
「まぁね。気付けば合鍵で勝手に開けて入ってくるんだ」
「はぁー…、そう。相変わらずね」
とそう零すも、しかし昔は今よりもう少し距離があったかもしれないとジョディは考える。
「(…あぁ、そうだわ。あれは確かカナメが…)」
…1人、組織のある人物に撃たれた時だ。彼のハッカーとしての実力は健在。故にそれを求められ、しかし首を振った彼の腹部に…幹部の1人であるジンが拳銃を放ったのだ。勿論力を要求しただけあってか死なせず急所を外していたが、それでも出血は多かった。…あれからだ。あれから彼、赤井は組織と要人との接触を極力減らそうとしたのだ。
「(でも、カナメも中々強情というか、簡単に首を縦には降らなかったのよね)」
あの時は一触即発という空気で、赤井の纏う空気も要人の纏う空気もピリピリとしていた。
「ジェイムズに言った言葉は取り消させてもらった」
「…自分の身に何が起きたのか分かっているのか」
「勿論。腹部に一発弾丸を込められた。そのお陰でこっちは血液不足」
「………」
「…だからってこの仕事から降りるつもりはない」
FBIの管理下にある病院の一室。そこで向き合う2人に他の捜査員達は肩身を狭めて立っている。
「…いや、分かっていない」
「……」
「お前が撃たれたと報告を受けた時、…あの瞬間の俺の気持ちが分かるか」
一歩、要人の居るベッドへと近寄る。
「……以前お前は言った。そういう状況に陥った場合、その時は自ら潔く自害してやると」
「…あぁ、言ったよ」
「…もし今回撃たれていなかったら、お前はその言葉の通り自害をしていた。…違うか」
騒つく病室内。しかしそれに気を留めず、要人は静かに口を開いた。
「…この力を良いように使われて、後にFBIの脅威になるなら、俺は自分で自分を殺す」
「っ、カナメ!」
思わず声を上げたジョディ。そんな彼女に彼は目線だけをやり静かにさせた。
「秀一、お前は何を守ってる」
「…どういう意味だ」
「国?それとも、俺?」
「っ」
「もし後者だというなら、噂にされるお前の右腕とやらは降ろさせてもらう」
「ちょ、ちょっと待ってよカナメ…!何もそこまで…!」
言わなくても良いではないか、と話す彼女の言葉を遮るように、今度は赤井が口を開いた。
「……相変わらずお前は強情だ」
「それを知って、もう何年?」
「…ふ、…そうだな。今じゃ数えるのも億劫な程か」
ポケットに手を入れ、彼は要人に背を向ける。
「…ありがとう」
「……」
「分かってるよ、お前の気持ちくらい。だからジェイムズにあんな申し立てをした」
…でも大丈夫。
「…秀、俺はそう簡単には死なないよ」
「……、…なら、それを破ってくれるなよ」
「了解。お前もね」
そう向けられる背に伝えても、それに対する返事は片手を振るだけ。けれど十分言葉は伝わった事を知って、要人は仄かに笑みを浮かべた。扉の向こうへと消えていく背中。恐らく煙草でも吸いに行くのだろう。…ひと息を吐くために。
「…ねぇ、カナメ…」
「ん?」
「…シュウの言ったこと、本当に…」
「良いんだよ」
「……」
「…俺はこの仕事に誇りも責任も持ってる。そのことは秀一も良く知ってる事だ。……勿論俺を心配をして、あんなとこを言った事も分かってる」
" …秀一が俺を組織関連の案件から離す? "
" あぁ。先程私にそう言ってきた。…まぁ無理もない。君が撃たれたと聞かされた時の彼は、直ぐにこの病院へ飛んで来たんだからな "
" ………申し訳ありませんが、その件は取り消して頂いても? "
" …君ならそう言うと思っていた。だから一応頷きはしたが了承はしていない。何よりも志月くんの言葉が一番大切だと思ってね "
" お心遣い感謝します "
" 構わんさ。…だが、彼の気持ちも… "
" 分かっています。……十分、伝わっています "
" …そうか。それなら良い "
「…本当、朴念仁っぽい面してる癖に似合わない事するんだ」
見える窓からの空をに目をやって、ポツリと小さく呟いた。その姿はどこか小さくて、けれど形ある姿に彼が生きている事を再び感じさせた。
「(…でも馬鹿ね)」
ジョディはデスクに向かう要人の背中に目をやる。仕事をしようかと今書類に手を伸ばしているが、赤井に肩を突かれ振り向いている。
「コーヒー?自分で入れれば?」
「コーヒー」
「……はいはい。ったく…」
催促されて仕方なく立ち上がる。それを目で追って、それから小さく…本当に小さく笑えば彼は手に持つ資料に目をやった。
「…シュウがあんなに必死になるなんて、この世界どこを探してもあんたくらいよ」
作ったコーヒーを手渡しては背中合わせに座る彼等の姿を見て、ジョディは仕方ない人達だと笑みを零した。
Rumor.
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