なんて素敵な一方通行



日々の出来事に前置きなんてない。
ことが唐突にやってくるなんてざらにあって、それに一喜一憂、プチパニックなんてしていたら気疲れ以上に生命力が底を尽きる。
とはいえここは日本。日本といえば、表向きは平和で、礼儀が正しくて、争い事はないかのように見える国。
そんな日本で、ここ最近はよく爆破事件やら爆破事件やら爆破事件やらどこかの橋が爆破でやられるやらとよくない出来事がまるで絶えない。
これには日本を防衛する機関、防衛省も頭を抱える案件であり、ここ最近の上層部は会議会議の連続である。
そしてそれは、何も上層部だけではないのだ。


「ますます来るべきだと」

「思いません」


少し、否結構深く車体が抉られている黒のセダン、レクサス。
その側には本心を隠さず述べる柴崎と、肩を竦めて笑う赤井の姿が見えた。
加えて近くには言葉も出ないと態度から表す烏間もいたり、凹みに凹んだ車の傷具合に顔を青くするコナンと、赤井に対するふつふつした怒りと柴崎に対する言い切れない申し訳なさに襲われる安室の、否降谷の姿が見られた。


「ほんっっっっとうに申し訳ありません!!」

「いえいえ、気になさらないでください。それに傷に関しては全てFBIが責任を持って全額支払いしてくれるので」

「全額とは言っていないんじゃないか?」

「"責任は全てこちらが取る" そう仰られていたかと思うんですが…」


ね?と。柴崎は隣に立つ烏間へと意見を求める。それには彼もまた、特に発言はせずとも表情と目で表すので、全くもって目は口ほどに物を言うを体現していた。
赤井は向けられるそれらに軽く口角を持ち上げ、再び肩を竦める。恐らく認めるべくところは認めると言ったところなのだろう。


「…しかしまぁ、結構行ったな」

「…うん、思った以上にはね…」


実際に見てみると、少し引いてしまう。それくらいにぐりっと抉られていた。
それから顔を上げて向けられる先には、FBIの職員に連行されている一人の男性。見るからにしょぼんとしていて、あれだけ柴崎の運転から逃げ回っていた某犯人とは思えない。
コナンは丁度今車に乗せられたらしい男性の姿を見送ると、その視線をそのまま近くに立つ柴崎へと向ける。

顔や雰囲気に似合わない、あのドライブテクニック。過去アメリカに三年間居たとは本人から聞いていたが、これでは降谷や佐藤とほぼ互角だ。
ギャップというギャップを悉く彼は持つと、コナンは柴崎を見上げてはそんなことを思った。
そのまま、彼はその隣に立つ烏間へと視線を向ける。この彼はどうやら柴崎の運転には慣れているのか(とはいえマックス180で走る車の助手席に乗るのは初体験らしかったが)、大した動揺も見られない。
だが唯一の反応を挙げるのだとすれば、それはこの見事なまでの車体の抉られ具合に対する、不憫な色であろう。


「(いやでも、本当俺も今回ばかりは寿命が縮まったな…)」


そうして思い出されるは、大凡一時間ほど前の話であった。

FBIと公安と。偶然なのか、必然なのかは兎も角、ターゲットを共にしていた彼等は案の定どちらがそのターゲットを捕まえるかである意味公私混同も甚だしい争いを繰り広げていた。
それも首都圏で。全くもって迷惑千万。
けれども彼等にしてみれば、捕まえなければならない相手であることも間違いではない。

だが先手を取っていたのは降谷率いる公安部隊で、赤井の所属するFBIは足となる車のタイヤを惜しくもパンクさせられていたのだ。
お陰で彼等は公安よりも遅れを取り、さぁどうする、どうしたらと考え込んでいた。

そこに偶々(いや、もはやお馴染みなのかもしれないが)コナンが鉢合わせをし、なんやかんやと今回の出来事に足を踏み入れることになったのだった。



「でもやっぱり車が無いと捕まえられないよ」

「そうなのよね……んもう!パンクさえしてなければ今頃こっちがリードしていたのに!」


誰が嵌めたのか分からない、恐らく犯人ではあるのだろうが、罠にまんまと引っかかってしまったことに悔しさが募る。
とはいえ現状その悔しさを持っていたところで劇的な変化や、湧いて出てくるような運もない。
はぁさてどうしたらいいものか。

そう悩んでいた時に、一人ずっと黙って立っていた赤井が、何やら一つの方向を見るや否やその足を動かし始めた。
突然の彼の行動に、その場に居たジョディとコナンはきょとんとした表情を浮かべる。


「?シュウ?」

「赤井さん、どこ行くの?」


その問いに対する返答はない。
少しずつ遠ざかる彼の背中に二人にして小首を傾げながらも、未だ足を止めない赤井の背中を追うよう彼等も足を動かした。

向かう先は、車道の端に止まった黒のセダン。車体の形からして、あれはレクサスだろう。
赤井はその歩みを止めることなく進み続け、コンっと。いとも軽やかに、その誰のものとも分からない助手席の窓をノックした。
すると中の者も響くノック音に気付いたのか、運転席側へと向けていた顔をそちらへと遣る。
そして酷く、その眉間に皺を寄せてはため息交じりに前を向いた。


「ちょっとシュウ何してるの!」


見ず知らずの、しかも誰のものかも分からない車の窓を突然ノックするなんて。
駆け寄ったジョディはコラ!と、まるで子どもを叱るようにして赤井を咎めた。しかし本人は至って普通の顔をしており、ピクリとも堪えていない。
現に彼は目の前の窓の向こうを見ようと、腰を折るまでしている。
するとだ。この車に乗る人物も諦めが出たのだろう。隔たりを生んでいた助手席側の窓がゆっくりと下へ下がった。
そうして見えた顔に、ジョディは勿論コナンまでもが驚いた表情を見せる。


「え!?烏間さん!?」


なんで!?
そんなコナンの思いとは裏腹に、呼ばれた本人は大層嫌な顔を明け透けと、隠すことなく表している。
というのも、彼と赤井はあまり(結構)仲が良くない。理由は言わずと知れた、ある一人の人物が関わっているから。
烏間からすると、赤井という存在から"彼"をなるだけ大幅な距離を持って遠ざけたい。
しかしその反対に赤井はというと、烏間の存在があろうがなかろうが関係なく、"彼"に近付こうとする。
これが、烏間と赤井がある意味犬猿の仲である理由だ。


「てことは、まさか隣に居るのって…」


ちらり。ジョディが少し覗いた先に見えたのは、苦笑を浮かべて運転席に座る、


「やぁ柴崎くん。久しいな」

「…そうですね、お久し振りです」


柴崎がそこにはいた。
ということは、この車は柴崎のものであり、赤井はそれを知っていたから何も迷わず、真っ直ぐと此処へ向かったというわけだ。
一体どこからどうやって彼の車を知ったのかは知らないが、もしかするとそこはFBIクオリティなのかもしれない。
だがしかしそれで「へぇ!すごい!」と完結出来るほど烏間は甘くないし、なんなら窓を下げる前より見せる嫌な色は尚も継続中だ。


「何の用だ」

「急な話なんだが、俺を乗せてくれないか?」

「……。はい?」


二秒、いや五秒。たっぷりと間を持たせた柴崎は見える赤井の顔を凝視した。途中そんなに見られると照れるな、などという発言を小耳に挟んだ気もしたが総じて無視である。
今彼はなんと言ったんだろう。
確か、「俺を乗せてくれないか」みたいなことを言っていたように思うが。


「実は今FBIが追っている相手が逃走劇を始めていてね。だが元々俺たちが乗り込む予定だった車をパンクさせられてしまったんだ。それで困り果てていたところに君の車を見つけた」


するともうこれは神の与えた幸運としか思えないと続ける彼に、烏間は呆れ顔をそのままに「パンクさせられるとは迂闊の極みだな」とつい、口に出て言葉になっていた。
それについては柴崎も若干同意せざる終えないのか、かのFBIの、しかも凄腕と謳われる彼が居てなんというイージーな罠に嵌められたのかと。終ぞ烏間と同じような顔を浮かべていた。

だが心情としてはそれだけではない。
ここで彼を乗せれば、自分たちまでもがFBIの問題に巻き込まれてしまう。
自分だけなら良い。どうにでも出来れば、被るものも飛び火はしない。しかし、今此処には烏間も居る。
すると否応無く彼もその問題とやらに巻き込まれることになってしまうのだ。
柴崎としては、前々から烏間までもを巻き込むことを良しとしていない。
あのノックリストの件に関しては、上からの通達と命令があったから仕方がなかったが、今回は違う。

となるとだ。彼本心から行けば、烏間までそちらの厄介ごとに巻き込まないで欲しいというところなのである。


「申し訳ないんですが、そういうのは…ってちょっと…!」


何勝手に乗ってるんですか!
柴崎は後部座席の扉を開けて中に入ってきた赤井に向けてそう言い放つ。しかしながらその声は全く彼には堪えていないようで、何食わぬ顔をしてその座席へと腰を下ろした。


「ロックを掛けていなかったのが敗因になったな」

「勝負なんてしていません。降りてください」

「彼に迷惑はかけない」


それなら良いだろう?
そう掛けられる言葉に、柴崎は何が良いんだか…と溜め息を吐かざるを得ない。
迷惑をかけないというのなら、自分たちで車を用意し、それで飛んで走って行けば良いものを。
思えば思うほどに愚痴と文句しか頭に浮かんでこない。あぁ全く…。柴崎は痛い頭を抑えるようにして額に手を当てた。


「…烏間、巻き込んでごめんね」

「俺は構わない。お前が承諾するならそれに従うまでだ」

「君は柴崎くんに対しては従順だな」


じろり。とまでは行かないが、いつもよりかは機嫌が良くない柴崎からの視線に赤井は肩を竦めて笑う。
どうやら烏間関連を今此処で持ち出すことは確実に雲行きが怪しくなるようだ。

前を向いた柴崎は止めていたエンジンを再度付け始める。どうやら今回の件についての承諾と受理は彼の中で降りたらしい。
赤井はその姿を視界に止めたあと、外に立つジョディへと顔を向けた。


「というわけだ、ジョディ。ジェイムズに伝えてくれ。これから追いに行くと」

「そ、それは構わないけど、でも…」

「心配するな。何かあった時の責任は全てこちらで取る」

「だそうなので、大丈夫ですよ」


そうなった時にはきっちりちゃんとご本人に責任を取ってもらうので。
だから気にしないでくださいと話す柴崎だが、そんな彼の顔を見た烏間と、そしてコナンは同じことを思ったそうな。

──さっさと終わらせてやる、な色が出てるな。
──…適任っちゃあ適任かもしれねぇけど、遂行に手段選ばなさそうだな…。



僕も乗りたい!と言い出したコナンにもうこうなると「危ないからダメ」と言うのも時間のロスなような気がした柴崎は、後ろにいる赤井に彼を任せてハンドルを握る。
そんな彼の様子を烏間は眺めた後、サイドガラスの窓の縁に肘を立てて軽く口角を持ち上げた。


「噂でしか俺は聞いたことがないが、こんな形で体験が出来るとはな」


聞いた話では、二つとも彼がアメリカにいた頃の話。状況はどちらも似たようなもので、逃走を図ろうと車を走らせるその後ろをアクセル全開180kmで追ったとか。
烏間自身、普段は柴崎を乗せるか、乗せられてもそんなに飛ばして走る柴崎の運転姿を見たことがない。
聞くところによるとなかなかのドライブテクニックを彼は持っているらしく、一度はお目にかかりたいとは思っていたが、そんな機会はそうやって来ない。
だが今回、飛び入りな出来事のおかげで(と言えば柴崎からは嫌な顔をされるかもしれないが)見ることができるというのは、まぁ、運が良かった方だと捉えるべきなのだろう。


「当たり前でしょ。烏間が隣に乗ってて、荒い運転なんて出来るわけないし」

「ふ、そうか。なら俺の前じゃ今回限りか」

「本当はやなんだけどね。けど、」


アクセルを踏む。車のタイヤが地面を削ると、車体は速度を持って動き始める。


「さっさと終わらせて、買い物行きたいじゃない?」


だって今日はそのために、休日という長い時間を利用して外へやって来たのだから。本当なら家でのんびり、過ごすという手もあった。
しかしいかんせん家の中には日用品から食材云々が底をつきかけている。となると、否が応でもこの日を使って買いに行くしかなかったわけだ。

柴崎は車を走らせながら後ろに座る赤井へと声を掛ける。


「なんだ?」

「追ってる車のナンバーは?」

「杯戸 300のさ 56-21だ」

「分かりました。色は?」

「色は確か黒だ」


その後も繰り返される会話にコナンは後ろから見える柴崎と、そして隣に座る赤井をちらりと一瞥をする。
片や過去三年間という短い期間のみFBIに所属していた男と、片や現役でFBIに属し、そこでの頭脳と言ってもいい男。
更には、と。コナンは自身の前に座る烏間へと視線を動かす。


「(…なんつー面子だよ)」


防衛省きっての2トップの頭脳に、FBIの頭脳に…。もしここに公安の降谷が居れば計4つの頭脳が此処に集まることになる。
なんとも、ある意味濃い顔振れに追われる現在まさに逃走中の犯人には…さすがのコナンも最早ご愁傷様としか思えなかった。




「俺の予想じゃ、向かう方向は一つだと思うんだけど、烏間はどう読む?」

「話に聞く限りでの予想だが、グループで動いているのなら尚のこと、総出になって車を走らせることは危険でしかない。逃げるなら地道よりも、俺なら海を選ぶ」

「だとすると、やっぱり場所はあそこか…」

「あぁ。追っ手を払って尚且つモノは海に沈めて自分は仲間が用意した船に乗り込む。たとえ海に投げ捨てたとしても、紐でも巻き付けておけば手放さない限り手元に戻ってくる」


そうなると、最も適した場所が浮かび上がってくる。
海に近く、逃げやすい場所。信号という妨害のない首都高速都心環状線をただ一直線に。そしてその先に降りつく場所として挙げられる場所は、ただ一つだ。

──東京国際コンテナターミナル。

最もここから海が近く、そして外へと逃げやすい場所。普通の速度で走っても三十分と少しは掛かるが、それは"普通"を前提にした話だ。


「グリップは持っておくべきだな。でなけれは頭を打つらしい」

「烏間の前じゃ二度はないんだから一回くらいの強打は許してくれたっていいんじゃない?」


速度が増したのか、窓の向こうに移る景色が早々と変わる。
目的地が決まった柴崎の運転に迷いはない。
信号が赤に変わる前に切り抜け、最短のルートで向かおうとしている。
その巧みと言わざるを得ないハンドル捌きと運転技術には、然しもの赤井も感嘆したような声を漏らした。


「なかなかの腕だ」

「喋るとそろそろ舌噛みますよ」


都道415号線を走り抜き、柴崎の車は早くも首都高速都心環状線へと入り込む。
今よりもアクセルが踏まれたのか、過ぎ行く車の数は追えない。エンジン音が轟き、ターボは震えを起こしていた。
軽く背中を伸ばし、コナンは運転席側を覗くようにして見遣る。そうしてギョッとしたように目を見開いた。


「ひゃ、180!?」


マックスもマックス。アクセル全開でこの車は今この環状線を走り抜けていることになる。
コナンは運転席に座る柴崎を見る。その横顔はいつもよりかは穏やかさが薄れているものの、あの先日起きた東都水族館での彼。それとどこかダブル感覚をコナンは覚える。と同時に、今この時彼が運転に集中していることが十二分に窺えた。


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