休日といえば人の集まるところは分かりやすい。
「わぁっ、此処が最近出来たと噂のショッピングモールですね!」
「沢山お店がある〜!」
「俺腹減って来たぞ!」
子供達、曰く少年探偵団の面々は目をキラキラさせて広がる店の数々をぐるりと見渡した。あそこには雑貨屋さん。あっちには服屋さん。見付ける度ごとに声を上げる彼らに同伴者である蘭と園子は少しの注意を促した。
「あんまり遠くに行っちゃ駄目よ。どこかに行きたいときは必ず私達に言うこと」
「そーよー。こんっな広いところで迷子になられたら見付けるのも大変なんだからね」
しかし楽しい場所へ赴いていることが彼等の心を高揚させているのだろう。分かっていますやら、はーいやら、おうやらと元気な声が返ってくる。それには彼女らも苦笑を浮かべ、けれどまぁ折角来たのだからとそれ以上の小言は止しておいた。
「コナンくんと哀ちゃんももし行きたいところがあったら言ってね」
「うん。ありがとう蘭ねぇちゃん」
「えぇ」
立派な子供を今日も今日とて違和感なく(?)演じているのはコナンと灰原。彼らは前で騒ぐ探偵団の子供たちとは雲泥の差で落ち着きを見せている。とはいえ中身の年齢は高校生なのだから落ち着いていて当然であろう。
「でも本当、流石は最近出来たってだけあって人も凄いわね」
「あぁ。若者向けに作っているところもあれば、ちゃんと年配者向けに婦人系統も兼ね備えてる。恐らく年齢問わず客を呼び込むっていう企業側の意図なんだろうな」
「のようね。さっきから老夫婦の姿もちらほら見受けられるわ。狙いの結果は上々ってところかしら」
見渡したところに点々と。笑い合い腕を組んで歩く老夫婦の姿。若者とはまた違った空気を醸し出すそこは微笑ましく、つい笑みを浮かべてしまう光景だ。時折エレベーターやエスカレーターなどで若者が手を貸したり譲り合っていたりする光景は実に心を温かくしてくれるものだと言えよう。
「…売上だけじゃないコンセプトもあるのかもね」
「…だな」
目に映る光景を見送るよう視線で追う。そのとき、もう随分聞き慣れたと思える落ち着いた声が後ろから聞こえて来た。
「やっぱり、蘭ちゃんと園子ちゃんだ」
それには名前を呼ばれた二人も振り返る。そうして捉えた思わぬ人の姿に彼女らは驚いたような声を上げた。
「烏間さんと柴崎さん!」
「久しいな」
「どうしたんですか?お二人で一緒にこんなところへ!」
「少し買い物をしにね。君たちもかな?」
「はいっ。ここって色んなお店が入ってるって聞いたので!」
「だから子供達を連れて一緒に来ていたんですっ」
「子供達?」
そこで二人、烏間と柴崎の視線は彼女達より後ろの方へと流される。そうして見知った姿を発見すれば彼等は少しばかり目をパチクリさせた。けれどそれは子供達の方も同様なので、互いに相手を認めては些か喫驚した面持ちを見せ合った。
「わー!志貴お兄さんと惟臣お兄さんだ!」
「本当ですね!」
「久しぶりだなっ!兄ちゃんら!」
我先にと飛んでいくのは少年探偵団の歩美、光彦、元太の三名。彼等は先の大観覧車事件で二人から身を呈して守ってもらったこともあってか、あれ以来更に烏間と志貴に懐くようになった。
「本当だね。元気にしてた?」
「うんっ!すっごく元気だよ!」
「風邪も引いてません!」
「俺朝にお茶碗3杯ご飯食べたぞ!」
「それだけ食べているならなんの心配も要らないな」
ニコニコと笑う子供達は元気いっぱい。最後に会ったあの頃から何一つ変わらないその様子に二人も安心したような面持ちを見せた。それを遠巻きで見遣るコナンと灰原はまさかこんなところで彼等と会えるとはと少々目を瞠っている。騒がしい人の多いところは苦手なように見えるからこそ余計にだ。
「珍しいな、あの人らがこんなところに来るなんて…」
「そうね…彼等、こんな人の多いところは好まないと思っていたけど…」
どうしてだろう?二人して小首を傾げていると蘭の発したある言葉になるほどと納得した。
「え、弟さんの誕生日プレゼント?」
「うん。それで何が良いかずっと悩んでて。そうしたら、烏間がこういうところなら色々置いてあるだろうから行ってみたらどうだって」
「そっか、此処なら色んなお店が集まってるし選んで回るには丁度良いかも!」
「こいつは弟のことになると一つを選ぶのにも時間を掛けるんでな」
だったらあちらこちらと行くより、こういうところの方が合いそうだというのが烏間の言い分だった。確かに、その意見は分からないこともない。決めている何かを買いに行くならまだしも、決まっていないとなるとあそこ此処と見て回らなければならなくなる。だから烏間の言い分は分かる。しかし初めのフレーズがどうにも柴崎の頬を心持ち小さく膨らませるようなものであった。ので、彼は側に立つ烏間を見遣れば意義ありだというような面持ちを見せた。
「だって折角あげるならあの子の喜びそうなものを買ってあげたいでしょ」
「お前からなら何を貰っても彼は喜ぶだろ」
「…それは、まぁ…、」
今までを思い出して全くと否定の出来ない柴崎。過去、彼は弟である雄貴に渡してあげられる時は誕生日プレゼントあげてきた。その度に「うわ〜…っ、ありがとう兄貴!」と満面の笑みで喜ばれるため、渡す側としても悪い気はしない。だが何をあげても、何を買っても、毎年彼はそうして嬉しそうにするのできっと中身の問題ではないのだろう。大好きな兄からプレゼントを貰えた。そのことが雄貴とっては何よりの贈り物なのかもしれない。
「でも初めて知りました。柴崎さん、弟さんが居たんですね」
「10離れたのがね」
「えっ!10歳も離れてるんですか!?」
「ふふ、そうだよ。だからあの子は今年で…19歳かな」
若いよね、19歳だよ。そう笑って話す柴崎にお前もまだ若いだろうがという目で彼を見るのは烏間だ。29歳といえば一生に置き換えるとまだまだ若い。なので年行ったなぁ…としみじみとした風に言えるのは…恐らく50に差し掛かった頃くらいだろう。
その時だった。
「兄貴?」
ある者にとっては非常に聞き覚えのある声。それを耳にしてから振り返ると、柴崎はその者の姿を認めてはこちらもまた驚いたような表情を浮かべさせた。
「雄貴」
「どうしたんだよ、こんなところで。兄貴こういう人の多いところ苦手なんじゃねぇの?」
歩み寄って来たのは柴崎の弟、雄貴だ。彼もまた此処に実の兄である柴崎が訪れていることに驚いているようだった。同時に彼の隣にいる烏間の存在にも気付けば、これまた目を瞠っては「お久し振りです」と頭を下げている。雄貴の中で兄の柴崎と烏間は人混みを苦手とする枠内に入っていたので、彼らが此処にいることがただただ意外でならなかった。
こうして思わぬ出会いに兄弟揃って喫驚な面持ちを見せる傍ら。蘭や園子達はコソコソとこんな話をしていた。
「ねぇねぇっ。柴崎さんの弟さん、イケメンじゃない!?」
「うん、顔が整ってるよね。流石柴崎さんの弟さんって感じがする」
話をしながらもう一度、ちらりと横目で見てみても、やはり。柴崎とはまた違った端正さがある。しかしそこにはまだ少年の面影を残しているので、幼さの垣間見える青年と表現するが良いだろう。
「買い物?」
「少しね。雄貴も?」
「おう。ちょっと欲しいもんあってさ」
「欲しい物…」
そこでピンと。柴崎はあることを閃いた。そんな彼の様子を側で見ていた烏間も、彼の考えていることに察し付いたのか確かに間違いは起こさないなというような様子を見せる。
「ねぇ雄貴」
「ん?」
「雄貴は今一人?」
「?おう」
それがどうした?と小首を傾げる雄貴に柴崎はこれ幸いと笑みを浮かべる。
「じゃあ雄貴の買い物に俺も付き合わせて」
「…え?」
「駄目?」
良い案だと思ったんだけどな…。残念。なんて文字が(烏間には)見えなくもなく、しゅんとした顔色を見せた彼に雄貴はあわあわとした様子を見せた。
「だ…っ、だっ、駄目なんて、言ってねぇだろ!」
「じゃあ良いの?」
「…お、おうっ」
別に買い物一緒にするなんてどうってことねぇし、此処で会えたのも運だと思うし、並んで歩くのも久々だし、だから云々…と。恥ずかし紛れに別に聞いてもいない事をつらつら話し出す雄貴。しかし柴崎といえば烏間に向けてやったねと笑って見せていた。
ああ悲しきかなこの光景図。まるで弟の漏れる思いが彼には届かない。それには柴崎より笑顔を向けられる烏間も、雄貴に対して不憫だなと思いながらも表面上では良かったと言うように彼へ首を縦に振って見せた。
その様子をずーー…っと見ていたその他面々といえば、柴崎家兄弟の関係性を知ってははーんと。何かを察したような、将又何かを悟ったような反応を示した。
「…彼、雄貴くんっていうのかしら。お兄さんである柴崎さんが好きで好きで堪らないのね」
「…あぁ、らしいな。あの柴崎さんが駄目かどうかを聞いた時の反応なんてそれが見事に明け透けだったぜ」
声から分かる慌てよう。必死に繕う照れ隠し。随所随所に見られる雄貴の反応は、外野の彼等にも伝わる程に兄への好意を表していた。勿論好意といってもそれは家族としての好意のこと。きっと彼は柴崎に対して憧れや敬愛な気持ちを抱いているのだろう。目や反応を見ればそれは一目瞭然のことであった。
「ありゃあ完成形のブラコンね」
「ちょ、園子…!」
「だってそうじゃない。見なさいよ、あの雄貴って男の子の顔。柴崎さんと一緒に買い物出来て嬉しいって顔が言ってるじゃない」
何処に行きたい?何が欲しいの?尋ねる柴崎にえっと…と口籠もりながらも何かを話している雄貴の頬は綻んでいる。それを横で見ている烏間も、雄貴の気持ちを知ってか何処か微笑ましそうにして立っていた。
「それに柴崎さんも」
「…うん、それは分かる」
大切なんだろう。彼にとって弟である雄貴の存在が。見ていても伝わってくる。弟の欲しいものを買ってあげたいと、彼の喜ぶ顔が見たいと。兄心から来るそれが今の柴崎の表情を作っている。
「烏間さんは宛らあの子の第二のお兄さんかもね」
「ふふふっ。だったら幸せ者だね。あんな二人がお兄さんなんだもの」
三人の様子を伺っていると、どうやら雄貴は烏間にも懐いている。勿論接し方に多少の差はあれど、和やかなのは確かだ。
そこでそうだと。柴崎は何かを思い出したような仕草を見せると雄貴の手を引く。それからくるりと彼の体の方向を変えて、向けたのは蘭や園子、子ども達のいる方だった。
「紹介が遅れてごめんね。この子は雄貴。俺の弟なんだ。ほら、雄貴もご挨拶して」
「分かってるって。…柴崎志貴の弟の、柴崎雄貴です。よろしく…お願いします」
途中これって敬語がいいのか悪いのかと迷い、けれど結局は敬語を選んだ雄貴。浅く会釈をした彼から紹介を受けた面々はこちらこそと笑みを浮かべる。
「私は毛利蘭です。こっちは私のところで一緒に住んでいる江戸川コナンくんと、そのお友達の右から小嶋元太くん、円谷光彦くん、吉田歩美ちゃん、灰原哀ちゃんです」
「それで、私はこの子の親友の鈴木園子です!どうぞよろしくっ」
「よろしく」
挨拶をすれば子どもたちからもよろしくねと返されている。それにうんうんと。まるで親のような心地で柴崎は彼の様子を見守っていた。
「…馴染めたようだな」
「うん、良かった。雄貴って少し人見知りしちゃうから、初めが肝心だと思って」
けれど思っていたよりも打ち解けているので柴崎もホッとした様子を見せる。烏間はそんな彼を横目で見て、つくづく弟思いのやつだと小さく笑った。
「そういや兄貴」
「うん?」
「兄貴はなに買いに此処に来たんだ?」
「へ、?」
だってさっきも言ったけど兄貴はこんな人の多いところには自分から足向けたりしないし、物欲もないし、どっちかっていうと静かなところで本読んだりしてるような質じゃん?
「なぁ、なんで?」
とてもその理由が知りたい。そんな目と顔を向けてくる雄貴に、柴崎は本来の目的を奥の奥の奥の方へと追いやって笑ってみせた。